表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

2話 ある青年の怒り

「場所を変えるか・・・大事な話と言ったら屋上だろ?」


何様のつもりなんだ、この男は。と、そうは思うのだが、場所を移してサシの会話をすることについては賛成だ。


「危ないよ!道明寺くんまでやられちゃうかも!」


理由は、このお気楽な大衆である。羽虫のように鬱陶しく、見え透いた好奇心が不愉快極まりない。僕を気遣うような台詞を吐くが、怒りを表した僕が珍しく、興味本位で傍観したいだけだろう。外野は黙ってくれと言われて尚も囃し立てるのが、自分たちは悪を糾弾する内野、当事者だという思いからなのだとすれば、もう救えない。


「大丈夫だ。分かった、要求を呑もう。」


だから、僕はこの男の醜い要求に乗ることにした。『みんなに悪口を言われない場所に行きたい』とでも思っているのだろうが、その浅はかな願いが叶うのは癪だと、そう感じるような僕ではない。男は醜悪にも安堵の表情を浮かべ、荷物を大事そうに持ちながら立ち上がった。


「・・・お前みたいなのがいるから、ね。楽しいことを言ってくれるじゃないか。」


教室を出てすぐ、男は大衆に聞こえないよう捨て台詞を吐いた。そうでもしないと気を保てないのだろうが、本当に救い難い。しかし僕は聞かなかったことにして、学校の薄汚れた階段を上った。


「・・・。」


僕は屋上へと続く扉のノブに手をかけ、開く。扉を押さえてやると、彼はおそるおそる、おもむろにそこを通った。


「ああ、これはどうも。・・・おお。人っ子一人いないのは、やたら長いあの階段のせいか・・・?まあなんにせよ、こいつはいい気分だ。昼飯スポットにするのも悪くない・・・っと、悪いな。なんの話だったか。」


能天気なことを口ずさむのは、自分が悪だと気づきたくないからだろう。だが、僕は情けをかけてやる気なんてない。彼女を傷つけたこの男だけは、絶対に許すわけにはいかないのだ。


「玲子は・・・玲子はつい最近まで虐められていたんだ。それがやっと収まったのに、今度はお前が虐めるのか!玲子に謝れよ!!」


謝ったところで、許されるべきじゃない。だが、必死に謝ったこの男に『許されない』という現実を突きつけでもしなければ、彼女を包んだ悲劇の結末は余りにも惨すぎる。


「・・・俺の前のそれは、どうして収まったんだろうな?」


そんな僕の怒りを他所に、この男は話を逸らそうと企てているようだ。だが、彼女の苦しみが伝わることなどないと分かっていても、僕は言葉を紡いでしまうのである。


「彼女は別の女子たちに陰口を言われていたんだ。そこに僕が割って入って、陰口だって立派ないじめだからもうやめろと言ったら、すんなり受け入れてくれたよ。」


前は陰口で、今度は暴力だ。彼女に罪はないのに、形容しがたい悪者どもは彼女に群がって、彼女はいつも傷つけられてしまう。だからこそ、僕が彼女を護るのだ。今回も僕が、彼女を取り巻く悲劇に終止符を打つ。



(僕が、彼女のヒーローになるんだ。)



さびれたコンクリートの屋上に、僕がそう誓った、直後である。



「・・・・・・で、どうして俺が謝るんだ?───」


「──ッ!!!」



考えるより先に、身体が動いた。僕は怒りのままに握りしめた拳を、男の顔面に放ったのだ。

ところが、どうしてだろう。この男は怯みもせず、ただ少し不機嫌そうな表情をするのみなのだ。


「・・・あーあー。十七にもなって、人を殴るんじゃあない。成熟したのは拳だけか?・・・っと、それは俺もなんだったな。」


頬を擦りながら強がる男に、絶句する。この悪は、何処まで醜ければ気が済むのだろう。自分がしでかしたことを、よくもまあ冗談交じりに呟けたものだ。成熟したのは拳だけ、そっくりそのまま返そうじゃないか。お前は拳を振る理由を邪悪に染め上げ、恥ぢもせずに清いものを殴った。力は、誰かを護るために振るうものだ。気に食わないものをいたずらに傷つけ、お前は誰かを護るための拳で、誰かを傷つけたのだ。それがどれだけの悪か、お前は想像もできていないのだろう。虫唾が走る。彼女への、大切なものへの想いを、僕はこの時ありったけ燃やした。



ちょうど、そのときだった。



「・・・いや、もうお前には隠す必要もないか。・・・何度でも言うが、よく聞けよ道明寺。本当に雨宮を殴ったのは、虐めを悪化させたその女子たちだ。」


「・・・は?」



「──もう一度言うぞ。お前は、虐めを悪化させたんだ。」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ