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丁寧に手入れされた草花。
自然の匂い。
渇ききった心を潤すように、深く息を吸い込む。
久々に感じる外の空気。
先程までの出来事が夢だったのではないか、と勘違いしてしまうほどに、幻想的な雰囲気の庭園だった。
こんな状況の中でも、新鮮な空気は心を癒してくれる。
もう、消えてしまいたい。
「なにぼーっとしてるの? ソフィアのくせに!
全く!もうっ! あなたのその顔を見る度に虫唾がはしるわ!さっさと消えて!
そろそろ夜会を楽しみたいから、あなたは用なしよ。アン、連れて帰って!」
義姉は顎で指示を出す。
やっと、苦痛の時が終わる。
思わずほっとして、強張っていた身体の力が抜ける。
気が緩んだのを察知した義姉は、「待って」と呼び止める。
義姉を刺激しないように、必死に顔を取り繕う。
目を合わすこともできずに、ビクビク震えていると、バンッ!という音と共に頬に衝撃がはしった。
「うっ!」
長年強要されていたので、咄嗟の暴力にも悲鳴をあげることはなかった。
声をあげることも許されないなんて……。
「あーもう!ほんとにむかつくわ!」
もう一度頬を叩かれる痛みに備えて、歯を食いしばる。
義姉の機嫌を損ねると、何かのスイッチが入ったように何度も暴力を振るわれる。
「うっ」
予想通りに義姉は執拗に叩いてくる。
苦痛で顔が歪む。
痛い、やめて、助けて……
心の中で、誰かにいつも助けを求めている。
何度叫んでも、叶うことのない願い。
私は、ずっとこうして耐えてきた。
地獄のような、この苦痛の時が過ぎ去るのを待つだけ。
自分では、何も行動を起こさずに。
この先もずっと?
どうして?
このまま耐えるしかないの?
自分の境遇に嘆いてばかりで、何も行動を起こさなかった。
本当にそれでいいの?
前に逃げようとした時は、ジャックを巻き込んでしまった。誰かを巻き込むのはしたくない。
でも、今なら?
今なら、誰も巻き込むことはないのでないだろうか。ここには義姉の味方しかいない。
招待状も持たない私は、義姉がいなければここへ入ることは難しいと思う。
けれど、ここから出ることは可能なのでは?
試してみようか。
子供の頃に住んでいた場所は、もう分からない。もし分かったとしても、引き払われてしまっているかも。
路頭に迷うことになるかもしれない。
それでも、ここにこのままいるよりは、ましなのではないだろうか。
一度芽生えた疑問は、後から後から湧いてきて、怯える私の心を奮い立たせる。
逃げよう! 死ぬ気でやれば出来る!
決意を固めた私は、ドンッと義姉に思いっきり体当たりした。
「きゃぁ!な、なにするの!」
義姉の上に覆い被さるように倒れこんだ。
すぐに立ち上がると、脱兎の如く走り出した。
「お嬢様!大丈夫ですか?」
「ちょっと、さっさと起こしなさいよ!何してるのよ!
ソフィアのくせによくも私を突き飛ばしたわね!汚らしい。許さないわ!あら、どこにいったの⁉︎
あれを、あの女を、ソフィアを捕まえなさい!」
背後から、追っ手の気配がする。
逃げなきゃ!早く!急いで!
出口はどこ⁉︎
死に物狂いで走り続けた。




