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グレッグ様と私は連れ立って騎士団を後にした。
「先程も名乗ったと思うが、私はグレッグ・ハモンドだ。良ければ、君の名前を聞いてもいいか」
『私は、ソフィアです。ソフィア・エリオット。』
母と暮らしていた時の名前…
私はずっと口にすることがなかった名前を口にした。
「エリオット嬢か。」
『ソフィアとお呼びください」
「ならば私もグレッグと呼んでくれ」
『はい。グレッグ様』
私達はその後、黙って歩いていた。
沈黙に耐えかねたのか、グレッグ様が時々声をかけてくれた。
「三日月亭に、ソフィアが働いていたとは知らなかった」
ダンさんルイーザさんの営む宿屋の名前は三日月亭という。
『グレッグ様は三日月亭をご存知なのですか?』
「あぁ。宿屋として利用することはないが、食事をしに時々利用している。最近は利用してなかったな。」
『そうなのですね。ならご存知なくて当然かもしれません。私が働き出したのは数ヶ月前ですから。』
「数ヶ月前…」
グレッグ様は私の方を向いて立ち止まる。
『グレッグ様?』
グレッグ様は私を見据えて
「ソフィア…
数ヶ月前まではどこかで働いていたのか?」
『え』
私は動揺して瞳が揺れる
あの頃のことを知られたくない
「ノーマン伯邸にいたのではないか?」
『あの、それは…どうしても…お答えしないといけませんか?』
あの邸にいたこと、
使用人以下の扱いを受けていたこと、
なにより私にもあの人達と同じ血が流れているという事実を知られたくない
ただ耐えるしかなかった辛い日々、決して消えることのない心の中の醜い感情、
どれも消し去りたい私の過去
走馬灯のように蘇って言葉に詰まる
「すまない…酷なことを聞いたようだな。
私は、ノーマン伯の件を明らかにしたいと思っている。色々と黒い噂が他にもあってな。
なかなか迂闊に手は出せないから、以前より証拠を集めている。
いずれは王城へ報告するつもりでいる。決して悪いようにはしないと約束する。私はこれ以上苦しむ者をみたくない。
時が来たらソフィアにも、今日起こったことなどの証言の協力をお願いすることがあると思う。
その時はすまないが証言してくれるか?」
私はグレッグ様を見つめた。
真剣に問われるグレッグ様。
苦しむ者を見たくないというのは本心なのだと思う。
貴族を告発することは、きっと簡単なことではない。
でも、少しでも望みがあるのなら、
その時は私が今まで受けた暴力のことを、お話ししようと思う。
今でも怖い。
でも逃げるだけでは解決できないこともある
『グレッグ様。私がお話しすることで、お役に立てるのであれば、その時が来たら、協力させてください』
「ありがとう。ソフィア…すまない」
そう言って私に軽く頭を下げられた。
『グレッグ様、そんな大げさです』
動揺して焦る私に
「ソフィアにとってはつらいことだと思うから…」
と。
あぁ、この方は、よく知りもしない私なんかを気遣ってくれるとても優しい方なんだと実感した
理不尽な扱いを受けてばかりだったけど、ダンさん、ルイーザさん、そして、グレッグ様。
世の中には優しい方もたくさんいる。
私は人の優しさに触れて、母の言葉を思い出した
誰かを憎んだり、恨んだりすることはやめようと改めて心に誓った。
 




