12
けれど、路地に逃げ込んだのが失敗だった。
行き止まりだわ。
引き返そうと踵を返したちょうどその時、路地へ入りこんで来た義姉とバッタリと鉢合わせをした。
意図せず義姉と対峙する形になった。
「ソフィア!!」
「あ……お、お嬢様」
「まさかとは思ったけど、やっぱりあなただったのね。まさかこーんな所で会うなんて。
ソフィアのくせに、この私を走らせるなんて、随分と生意気になったじゃない。
どうしてくれようかしら、ねぇ?あなた、まさかこの私から逃げおおせるとでも本気で思っていたの?
あははは! 絶対に逃すものですか! 自分がどんな罪を犯したのか、分かっていないようね?
あの時は、よくも恥をかかせてくれたわね! 」
義姉の目は血走っており、憎しみの感情が込められている。
怖い……。
怯える私にズカズカと近づいて来たかと思うと、勢いよく肩を押された。
「っ!!」
突然のことで対処できずに、そのまま突き飛ばされて倒れ込んだ。
「いいこと? これは、あの時あなたが私を突き飛ばした分。 いいえ、まだまだぜーんぜん、足りないわよ」
私は思わず義姉の顔をきつく見上げる。
「なによその顔は! あなた、自分の立場が分かっているの?」
義姉は私を見下ろしながら、不適な笑みを浮かべる。
「うふ、頭が悪くて分からないのね?
あの後、随分と捜させたのよ。
なぜかお父様は放っておけとおっしゃるから、表立って動けないし。本当にお父様がうるさくて……。
うふ、でも、偶然会うなんて、私は神様にも愛されているのね。あなたと違ってね、あははは!
ねーえ、ソフィア? 逃げ出すなんて許される訳ないでしょ、ねぇ、そうでしょう? あなたは死ぬまで、一生私の奴隷なんだから」
身体中に染みついた数々の痛みや恐怖が、フラッシュバックしてくる。
「あ……あ……」
早く逃げなければと思うのに、恐怖のせいで手足が鉛のように重く動かない。
口元からは、ガチガチと歯がぶつかりあい音が漏れ出ている。全身が震えているせいだった。
ただ黙って、義姉を見ることしかできない。
義姉はそんな私の様子を見て、まるで楽しむように目の前を行ったり来たりする。
「どうしてくれようかしら~?」と呟きながら。
ふと、何か閃いた様子で立ち止まると、地面から小石を拾いあげる。私に小石を見せつけるように、手で弄びながら見せつけてくる。
義姉がその手を動かす度に、目線で追ってしまう。
ニタリと義姉が嫌な笑みを浮かべる。
次の瞬間、ゴツンと鈍い音が頭に響く。
「痛っ」
コロコロと 小石が地面に転がるのが見えた。
顳顬から、生温かいものが流れ出てくるのを感じる。
痛い……。
また、こうやって義姉の癇癪の捌け口にされるのか……。
幾度となく繰り返される暴力、浴びせ続けられる罵声。
逃げても逃げても、こんな風に見つかってしまうなんて……。
どうしてこんな酷いことをされるの?
どうして……。
既視感しか覚えないこの状況。
やっぱり、私には抜け出すことはできないのかな……。
義姉の言う通り死ぬまで一生……。
この数ヶ月は、束の間の幸せだった。
三日月亭で過ごした穏やかな日々。
ダンさん、ルイーザさん……。まるで、本当の家族みたいだと思っていた。
でも、大きな勘違いをしていた。
私なんかが、 あんなに優しい二人の家族になんて、なれる訳がないのに──。
きっと、幸せな夢を見ていただけなのね。
近づいたら、消えてしまう蜃気楼と同じ。
自分の浅ましい願望が作り出した、分不相応な夢だったんだわ。
ダンさん、ルイーザさん……ごめんなさい……
どうか、私のことは忘れてください。
お礼も何もできなくてごめんなさい、最後まで心配かけて……。
義姉に、ダンさんやルイーザさんのことを知られてはいけない。何をされるか分からない。
絶対に巻き込みたくはない。そんなの耐えられない。
私はどうなっても構わないから。
とりあえず、動かなきゃ。
立ち上がろうとしたものの、足に力が入らない。
どうして、動かないの?
早く、動いて、お願い!
義姉が手を振り上げるのが視界に入る。
叩かれる!
歯を食いしばり、目を瞑りその衝撃に備えて身構える。
まだなの……?
襲ってくるはずの痛みが来ない。
確認するつもりで、おそるおそる目を開けた。
「⁉︎」
目の前には、騎士服を纏った若い男性がおり、義姉の手を掴んでいた。
「何をしている?」
「ちょっと放して!」
「言い分があるなら本舎で聞こうか」
義姉は強引に手を振り解くと、男性を睨みつける。
「は? 私を誰だと思ってるの⁉︎ 《《それ》》は、家の《《もの》》よ。家の《《もの》》をどうしようとあなたには関係ないでしょ」
「それとは?あなたは、人をまるで物のように言うのだな」
「なんですってー!」
怒りを露わにして、義姉が男性に掴みかかろうとする。
「お嬢様!お捜ししました、さぁ、お嬢様、戻りましょう」
「アン、放しなさい! 許せない!」
「お嬢様、お嬢様、参りましょう、さぁ。し、失礼致します!騎士さま」
侍女が勢いよく駆けてくると、義姉を抱き止める。
義姉を探し回っていたのだろう。息も切れ切れの状態だった。
慌てた様子で、男性に深々と頭を下げると、義姉を諭し強引に連れ帰っていった。
義姉がいなくなり、ほっと胸を撫で下ろした。
「もう、大丈夫だ」
「?」
放心状態で蹲る私に、男性は膝を折りそっとハンカチで血を拭ってくれた。
私の手にそのハンカチを持たせると「ちょっと失礼する」とぐっと近づいてくる。
何をされるのか分からず、思わずぎゅっと目を閉じる。
「えぇ!?あ、あのっ、下ろしてください」
抱き上げられたのだと分かり、ジタバタもがく。
必然的に男性に密着した状態となっているので、羞恥心から両手で顔を覆い隠す。
鍛えられた胸板の感触が伝わる。
「手当てが必要だ」
騎士様は、悶える私を気にも止めずに、そのまま歩きだした。
「自分で歩けますからっ、お、降ろしてください」
私は必死に懇願する。
「この方が早い」
断言されて、それ以上抵抗することもできなかった。
男性との距離が近すぎて、恥ずかしくて鼓動が早くなる。
心臓の音が聞こえてしまうのではないか、と心配になるくらいだった。




