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数ヶ月後──。
私はいつものように、三日月亭の受付に立ち、お客様へ笑顔で声をかける。
ここへ来たばかりの頃は、オドオドしていて、なるべく誰とも目を合わせないように、下を向いて接客していた。
そんな私に、ルイーザさんは優しく、時には厳しく接客の仕方を指導してくれた。
「慣れるまでは失敗はつきものさ、焦って覚えようと無理しなくていい。
ソフィア、あんたに受付は任せる。この宿屋の顔だよ。
お客さんが入ってきて、最初に目にするのはソフィアさ。
だから、とにかくどーんと構えて、笑顔だよ、笑顔。笑顔があんたを助けてくれるから。はは、なーに、ソフィアみたいに可愛い娘に話しかけられて、嫌がる人なんか誰もいないよ。だから、きちんとお客様の目をみて、笑顔でお迎えをよろしくね」
あまり、人目につきたくなかった。けれど、ここで働くからには、そんなこと言っていられない。
それに、三日月亭に訪れるお客様達は、皆、感じが良かった。
「いらっしゃいませ、お泊まりは何日ですか?」
「3日だ。食事も頼む」
「承知しました。ごゆっくりどうぞ」
「ソフィアちゃん、今日もかわいいね~」
「いつもお上手ですね、ありがとうございます!」
主な仕事内容はお客様のご案内や部屋の掃除、洗濯、簡単な料理などだった。
どれも小さい頃から体に染み付いていることばかりなので、そつなくこなせている。
顔馴染みのお客様も増えた。
最初の頃は、義姉に見つかって連れ戻されるのではないかと怖くて、毎日落ち着かなかった。
けれど、日が経つに連れて、段々と恐怖や警戒心も薄れてきていた。
夜中にうなされて、飛び起きることはしょっちゅうあるけど……。
その度に、ここは三日月亭なんだと確認してほっとする。
食事、住む場所、それにお給金まで支給してもらえている。ダンさん、ルイーザさんには感謝してもしきれない。
それに衣服に困ることもない。
亡くなった娘さんのお洋服を、お言葉に甘えて使わせてもらっている。痩せ気味なので、どれもちょっとサイズが大きいけれど、着替えの服があることが本当に嬉しい。
それでも 時々、細々とした小物が必要になる。そう言う時は、目的のお店にのみ買い物に行っている。この宿屋から外出することは、極力控えている。
許されるなら、このままずっと、ここで働けるといいな。
「ルイーザさん、休憩入らせていただきます。ちょっと買い物に行ってきますね』
「ソフィア、知らない人に声かけられてもついていくんじゃないよ」
「はい、いってきます」
目的のものを購入した後、いつもなら寄り道をしない。けれど、今日は天気も良く、気分も晴れやかで、なんだかこのまま帰るのがもったいない気がした。
少し街を出歩いてみよう。
ルイーザさん達は、私を本当の娘のように大切に扱ってくれる。
日頃の感謝の気持ちを込めて、何かお礼ができないかな。
こうしてぶらぶらと街中を歩くことができるようになるなんて、本当に夢を見ているようだ。
そうだ、 ルイーザさん達にケーキを買って帰ろう。
甘いものが好きだと言っていたから、喜んでくれるかも。
どこのお店がよいかな、と悩みながら歩いている時だった。
「ソフィア……?」
「⁉︎」
自分を呼びかける声が聞こえて、浮かれていた気分が一転する。ゾワッと体中に鳥肌が立った。
この声は、もしかして……。
どうか、気のせいでありますように。
心の中で祈りながら、恐る恐る声のした方へと顔を向ける。
「お嬢様……」
そんな……どうして……こんなところに?
義姉が貴族街ではないこのような所を出歩くのは珍しい。よりにもよってこのタイミングで遭遇するなんて……。
身体中が拒絶反応を起こしている。一秒たりとも義姉と一緒の空間にいたくなかった。
逃げよう。
義姉が近づいてくる前に、駆け出した。
「ちょっと!待ちなさいよ!ソフィア!」
背後から義姉が追いかけてくる。
来ないで、来ないで、お願い!
義姉を振り切るべくジグザグに角を曲がりながら走る。
次は、右、次は左。
まだ追いかけてくるの? 嘘でしょう……。
振り向くと、鬼のような形相で義姉が追いかけてきていた。
まるで、獲物を逃すまいとする獣のような勢いだった。
外出用に着飾ったドレス姿であるにも関わらず、こちらに目がけて迫ってくる。
逃げなきゃ、早く、
次は……この角を曲がろう。
義姉に気づかれないように、まっすぐ走ると見せかけて、急いで角を曲がり路地へと走った──。




