深窓令嬢の戯れ
リリーは、ハインツと主人へ薫子について報告をしていた。
「・・・ということで、カオルコ様は大変優秀な方です。」
リリーに続きハインツも同意する。
「なぜか、カオルコ様は語学、マナーがお出来になります。立ち居振る舞いから貴族だろうと考えますが、カオルコというお名前が大変珍しいので、前の憑依者ハナエ様と同じく別の世界からいらしたのではないかと思います。」
バーリ家当主のシャルールは、深く頷いた。
信心深いシャルールは、ステラ神に感謝していた。
ハナエが憑依した時、シャルールは娘のため、全てを仕様人たちに打ち明けた。貴族は噂が命取りとなる。バーリ家の令嬢がご乱心とは外聞が悪すぎる。さらには、他者が憑依しているとなれば王家より処罰されることもあるかもしれない。打ち明ける人数が多いほど、秘密が漏れバーリ家が傾く可能性もあったのだ。
そんな娘第一のシャルールでも、ハナエが憑依し1年経ち2年経った頃にはもう諦めなければならないと思った。あまりにワガママな様子からマリエッタの交友関係もマリエッタへの評価も最低となってしまった。これは娘があまりに可哀想だ。
そう思った矢先、なぜか憑依者が替わり一筋の希望が見つかったのだ。
「ステラ様のお導きか・・・カオルコ様はマリエッタが帰ってくる希望の星だ。」
そうつぶやくと、ハインツとリリーへ、「カオルコ様を大切にもてなしてほしい。カオルコ様のお心に従い尽くしてほしい。」と命じた。
主人の切実な願いに、仕様人たちも胸が熱くなった。
「もちろんでございます、旦那様。バーリ家の仕様人一同、旦那様のご意向を最大限尊重し勤めさせていただきます。」
2人は、主人のためカオルコに仕えることを決意した。
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そんな熱いやり取りがおこなわれていた最中、薫子は中庭を眺めて先ほどのクッキーをどう食べるか考えていた。
(クッキーを作ったら、温かいまま食べてみたい)
薫子は、クッキーを温かいままムシャムシャと食べたことはない。
お茶の時間以外にクッキーを食べたこともない。
侍女がバスケットに入れて持ってきたクッキーを、指先でそっと押し、そのフカフカとした温かく、やわらかい感触を感じて薫子はニコニコしていた。
「クッキーを持ってきてくれて嬉しいわ。ところでわたくし庭に行きたいのですが案内していただけるかしら?」
侍女は、「かしこまりました。」と薫子の先に立つ。
(わたくしの希望がすんなりと通るのですね、なるほど)
薫子は、仕様人の変化を感じながらもウキウキとした気持ちを抑えられず表情を緩め庭へ向かった。
庭は広く綺麗に手入れがされていた。
開けたスペースにあるベンチを見つけそっと腰かける。そしてバスケットに入れたクッキーを1つ取り出すと、はむっとかじった。
(これがクッキー?硬いクッキーがこんなにもやわらかい。もちろん硬いクッキーも美味しいけれど温かいクッキーはもっと美味しいわ・・・)
薫子は、初めての体験に興奮し脳内へ幸せ物質を大量に放出した。
幸せを噛み締める薫子。
すっかり幸せに浸り油断した薫子のもとへ、突然「マリー姉さま〜」と下の弟が抱きついてきた。
薫子は大変驚いたが、名前がわからないので呼びかけることが出来ない。仕方なくマリエッタの弟へ優しく頭を撫でて応えた。
(わたくし一人っ子ですし女子校なので男の子と触れ合う機会がないけれど、なんて可愛いのでしょう)
「とても元気なのね?」
と薫子が、マリエッタの弟へ話しかけると恥ずかしそうに顔を赤くし、
マリエッタの弟は「昔の姉様に戻ったようで、ボク嬉しい。」と呟いた。