深窓令嬢の余暇
リリーは、薫子へ「お嬢様すみません、少し失礼させていただきます。」と告げるとマリエッタの部屋から出ていった。
(リリーはハインツやお父様へ報告に行ったのね)
薫子は、うーんと伸びをすると自室の扉をそっと開けた。
薫子にとって、毎日が勉強、習い事、将来の教育が詰め込まれた生活だった。
嫌ではなかったが、暇ではない。
決められたスケジュールをこなす毎日に、遊びの部分はなかった。
品行方正なお嬢様の薫子だったが、それは好きでやっているわけではなく義務感で自分を律していた。
マリエッタの人生は、自分がすでに学んできたこともあり比較的に余裕がある。
薫子は、自分に与えられた余暇みたいだと思った。
(昨日会ったシェフに声でもかけてみようかしら、自分で決めて何かをするってワクワクするわ!)
階下に降りると厨房へ向かう。
「こんにちは〜誰かいらっしゃる?」
すると昨日の若いシェフが今日は落ち着いて答える。
「マリエッタお嬢様、こんにちは。今日はなんのご用ですか?」
「お菓子を作りたいのだけど、できるかしら?」
「はい、ご用意しますね。クッキーを焼きますがよろしいですか?」
「あのね、わたくしが作りたいのだけど・・・」
「え?!マリエッタお嬢様が?そうですね・・・火傷されたら大変ですし。皆さんもダメだとおっしゃるんじゃないでしょうか?」
「では焼くところはあなたにお願いするわ!それ以外を作ってみたいの・・・お願い?」
若いシェフは困り顔で、奥のシェフに助けを求める。
「バリーさん・・・どうしましょうか?」
バリーと呼ばれた、いかつい男は振り返り、ニカっと豪快に笑うと
「サライやらせてやれ!!」
と快諾した。
「嬉しい!ありがとうバリー!!サライよろしくね!!」
2人は、照れたように笑うと「さあ始めますよ。」と準備を始めた。
「マリエッタお嬢様どうぞこちらへ、あとエプロンつけてくださいね。」
バリーがエプロンを渡してくる。
「サライ、エプロンつけてやれ。」
「えー!!!」
「わたくしエプロンくらいは一人でつけられますよ?」
薫子は、ささっとエプロンをつけると、
「よろしくね、サライ、バリー!」
やる気十分に挨拶をした。
「クッキーは、小麦粉、砂糖、ベーキングパウダー、バターを計ります。計量したら、バターを練り上げて砂糖と卵をだまにならないよう3回に分けて加えます。そして小麦粉とベーキングパウダーを合わせたものをふるい入れたら成形し焼き上げて完成です。まずは、計量からしましょう。」
薫子は、「集中、集中」とすごい勢いで計り、練り上げ、成形していく。
唖然と見つめる2人を他所に、どんどん成形したクッキーが出来上がる。
「わたくし、お菓子作りやってみたかったの!焼き上がりが楽しみだわ!」
薫子は、習い事のお料理じゃなくて素朴なお菓子が作ってみたかった。
見た目にこだわった綺麗なお菓子じゃなくて、ただ楽しく作ってみたかった。
ちょっと歪でも全然良い。たかがクッキーなのに、なぜか愛着も湧いてくるから不思議だ。
「焼き上がったら、わたくしの部屋へお願いね。」
薫子はほくほく顔で部屋を後にした。
バリーとサライは、
「中の人が変わると、こんなに違う日常になるんだな・・・」と苦笑した。
しかし彼らの顔は、とても楽しそうだった。