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「もう嫌ぁー!!」
「ちょっと、マジュカ。大丈夫?」
「大丈夫じゃなーい!」
マジュカはミーベルを抱き上げると、そのフサフサの体に顔を埋めた。
グリグリと顔を動かすと、ミーベルは堪らずその腕から逃げようとする。
「ちょっと!僕に当たらないでよ!」
「少しくらい良いじゃない!モフモフに癒されたいの!」
「嫌だ!いい加減離してよ!」
「絶対に嫌!!」
二人の争いは暫く続いた。
一向にその手を離さないマジュカに、ミーベルが冷たい視線を送る。
「そんなに嫌なら、見なければいいじゃん」
「見たくなくても視界に入るのよ!」
マジュカは部屋の片隅に置かれているプレゼントの山を見ながら、プリプリと怒り出した。
五年以上、マジュカの家に出入りしていたグレンは、この家の構造とマジュカの習慣をキッチリ抑えてあった。
マジュカの為に持ってきたドレスなどの贈り物は、マジュカが普段日中をよく過ごす部屋、本を読む部屋の片隅に置いて行ったのだ。
本を読むと言う安らぎの時間を過ごそうとその部屋に行くと、服がある。
絶対に行かないわよ!と思うのも束の間、グレンが見せる悲しそうな顔が浮かんできてしまう。
やっぱり舞踏会で踊る相手が居ないのは可哀想かしら・・と思いながらもやっぱり行きたくないと首を振った。
グレンが帰ってから三日間、ずっとこの調子だ。
しかも今日はグレンの言っていたパーティーの当日。
朝からずっと頭の中でグルグルと意見が回っていた。
そしてとても悔しいのは、これが全てグレンの策略だと言う事だった。
態々全てのプレゼントをここに持って来たのは、こうやってマジュカに悩ませる為だ。
マジュカの性格上、視界に入るプレゼントを見て見ぬ振りは出来ない。
見ないようにしようとした時点で、結局は考えてしまっているのだ。
そして考えれば考えるだけ、出席しなかった場合のマイナス面が浮かぶ。
一国の王子が、舞踏会で壁の花になる・・。
あり得ない、そんな事あり得な過ぎる。
しかしグレンは、一度言った事を曲げる事はしないだろう。だから本当にマジュカがいかなかったら誰とも踊らない気がする。
いや、仮にも王子という身分の人だし、他の人から誘われるのでは?とも思うが、もしかしたら正妃の存在を気にして、誰も声を掛けて来ないとか、踊る相手が見つからないと言う状況になるかもしれない。
国王主催の宮廷舞踏会で王子が踊らない。
反逆とも取られそうなだけに、本当にまずい状況なのだ。
行きたくないのに行かなければならない。
マジュカの発狂は、その所為だった。
マジュカの様子を見ていたミーベルは、フウッとため息をついた。
互いを知り尽くしたこの心理戦は、グレンに軍配が上がりそうである。
マジュカの腕から何とか逃れたミーベルは、ふと机の上にある水晶玉を見た。
透明な水晶玉には、ルイサが森の中を歩いて来ている姿が映し出されている。
自身の身の危険回避の為、ミーベルはルイサの前にゲートを出す。
数分の内に、家にルイサが顔を出した。
「マジュカ、薬は出来てる?」
ドサドサッと、自分の家で出来た野菜の入った袋を床に置いたルイサに、マジュカが頷きを落とす。
「ええ。出来てるわ」
薬剤の調合部屋へと行ったマジュカは、沢山の薬を持って戻って来た。
「えっ!こんなに沢山?どう言う風の吹き回し?」
ルイサは薬を受け取りながら目を丸くする。
マジュカの作る薬はとてもよく効く。
その為、村のお年寄りの為に暇を見つけては、薬を作って貰っている。
しかし、本を読み始めると二、三日没頭する事もある為、マジュカが暇な日がなかなか無い。
薬が完全に無くなるまでには必ず作ってくれてはいるが、毎回ギリギリである。
それが今回はいつもより三倍は薬の量がある。
ルイサは、ムスッとした顔のままのマジュカからミーベルへと視線を移す。
「原因はあそこに置いてあるやつだよ」
クイッと荷物の山を顎で指したミーベルは、クスリと笑う。
この三日間、マジュカはあの荷物が気になり、本を読む事ができなかったのだ。
そこで気を紛らせる為に薬作りに没頭していたと言う経緯がある。
これでようやく寛げると、ミーベルは窓際へと移動し、太陽の光を浴びながらゴロリと横になった。
「あの荷物が何なの?」
不思議そうな顔をしたルイサは、荷物へと歩いていく。
一番上に置いてある小さめの箱を手に持つと、パカリと蓋を開けて見た。
ゴールドに宝石を惜しみなく散りばめたネックレスとイヤリングのセットだ。
「ちょ、ちょっと、マジュカ!こ、これって本物?」
「多分・・」
「どうしたのよ、これ!」
「・・グレンよ。グレンが置いて行ったの」
「王子様が?」
ワクワク顔へと変わったルイサに、マジュカは事の真相を告げる。
話を聞き終わったルイサの顔は、キラキラと輝いている。
「羨ましいわ、マジュカ。貴女、お姫様になるのね」
ハァーッと吐息を溢すルイサは、何処か遠い世界の住人になってしまっていた。
子供の頃に読む様な本にある、王子様に見染められた身分の低い娘・・的な御伽話のような物語を思い出しているのであろう。
その顔は完全に乙女モードになっている。
「ちょっと待って!話をしっかりと聞いていた?私は行かないわよ」
「なんでよ!折角王子様が用意してくれたのに!」
「だって、舞踏会になんて絶対に出たくないんですもの!!!」
マジュカは、フィッと顔を背けた。
暫し呆然としていたルイサは笑い出す。
「なぁーんだ。それじゃあマジュカは、王子様と踊るのはいいのね」
「えっ?」
「だって舞踏会に出るのが嫌なんでしょ?でも、王子様の事は嫌じゃない。・・違う?」
「それは・・そうだけど」
相手がグレンでなかったのなら、こんなにも悩まなかっただろう。
あの嫌な夜を思い出すからパーティーには出たくないだけなのだ。
悩むマジュカに、ルイサは追い討ちを掛ける。
「出たくないなら仕方が無いけど、王子様悲しむんじゃないかなぁ」
弱り顔になったマジュカを見てクスリと笑みを溢すと、まだ一度も開けられていない一番大きな箱を開けてみる。
箱に入っていたのは贅沢にフリルがあしらわれた赤色の美しいドレスだった。
「やだぁ!すっごく素敵!!王子様、なかなかやるわね!」
ルイサは箱からドレスを出してみる。
それに釣られるように、マジュカが歩み寄った。
「素敵!最近の袖は丸い感じが流行なのね。それにこの布、凄く手触りが良い。なんの素材を使っているのかしら」
やはり実際にドレスを前にすると、頑なに拒否していたマジュカも興味が出て来てしまう。
ドレスと言うのは、その年、その年で流行が違う。
夜会に出る令嬢達は、こぞって流行りのドレスを身に纏う物だ。
ずっと遠ざかっていた世界。
いつも最先端を気にしながらドレスを選んでいたマジュカにとって、久しぶりに見る最近のドレスは目新しく映る。
体にドレスを合わせて見惚れていた。
大人過ぎず子供過ぎずの絶妙なバランスのドレスは、マジュカの心を完全に掴んでいた。
そんなマジュカを横目に、ルイサは箱の中に残されていた招待状と、一枚のメッセージを拾い上げた。
書かれているマジュカ宛のメッセージに、近所の世話焼き婆様の様に、お節介モード全開となる。
「愛しき貴女と踊れる夜が待ち遠しい。グレン・ローガル・フォディウス・・ですって!」
ニヤニヤとしながらメッセージを差し出す。
受け取ったマジュカは、メッセージを読みながら頬を赤く染めた。
「もう・・。グレンたら・・」
この世界では、男が女性に対して全身コーディネートした贈り物をすると言う事は、貴女の全ては僕の物だと言う意思表示、もしくは貴女の全てが欲しいと言う願いのどちらかとなる。
グレンの場合は後者だ。
グレンはまだ子供だと、自分の心にセーブをかけ気付かないフリをし続けて来たマジュカ。
しかしグレンの態度や言葉は、こうやって直球ストレートな部分が多い。
十六歳のまま全てが止まっているマジュカに、グレンの年はとうとう追い付いてしまった。
それに伴い、自分の心にも少しの変化が出て来ている。
見上げるようになったグレンの横顔に、いつの頃からか戸惑いとは違う暖かい感情が見え隠れし始めたのだ。
「王子様が覚悟を決めて、貴女にここまで伝えて来たんだから、もう逃げられないわね」
柔らかなルイサの微笑みに、マジュカも素直に頷きを落とす。
「行くわ・・。私、行ってくる」
マジュカはルイサの手から招待状を受け取る。
全てを凍らせてしまった魔女は、勇気を出して大きな一歩を踏み出そうとしていた。