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心の奥底に封じ込めようとしても、記憶がどんどんと溢れ出して来てしまう。
マジュカの意識は、再び過去へと飛んだ。
16歳だった、あの日。
デビュタントも無事に終わり、いつも通り出席した夜会で、婚約者の男に裏切られた。
その日は、会場の警備の手違いから、一人だけ遅れての入場になった。
(やられた!)
入って直ぐ、周りの人間達が醸し出す空気に気が付き、血の気が引いた。
潤んだ瞳で彼の腕にしがみ付いている女性に、正義感の強い彼が騙されている事は直ぐに分かった。
彼女と彼女の取り巻きによって、完全に作られてしまっていた会場内の雰囲気。
身に覚えのない話によってもたらされた、加害者と被害者と言う絶対的な立場と空気。
良家の若者達だけが招待された夜会では、同調こそが全てとなる。
見知った者達だけが集まった密室の中で、一度作られてしまった空気はそう簡単には変わらない。
必死に違うと言っても、婚約者の彼や周りにいる者達には、自己弁論の言い訳に聞こえてしまっていた。
素直に認めて謝罪をしようとしない姿に、苛立ちと怒りに満ちた表情を見せた彼は、言ってはいけない言葉を口にした。
「婚約を破棄する!!!」
その瞬間、積み上げてきたものの全てが音を立てて崩れ落ちていった。
後で彼の誤解を解いたとしても、公の場で婚約破棄の宣言をしてしまったのだから、取り返しはつかない。
もう一度、新たに婚約を結ぶ事は、互いの家の格式の問題から無理な事は明白。
あの発言は間違いだった等と発言したら、それこそ、これからの彼の立場を危うくしてしまう。
口に出した彼が、そこまで考えての発言だったのかは分からない。しかし、どう足掻いても、彼の隣に戻る事は完全に不可能となってしまったのだ。
愛していた。誰よりも彼を愛していた。
彼を守る為だけに、彼を支える為だけに、並々ならぬ努力を重ねて来た。
それがあの発言一つで、全て無となったのだ。
ずっと我慢していた一粒の涙が、静かに頬を伝い落ちていった。
口を閉じ、踵を返して、あの場から立ち去った。
家に帰ろうと外に出た時、内に秘めた魔力が不安定になっていく事に気が付いた。
制御不能となった魔力は、暴発寸前となる。
せめて被害を出さないようにと、風魔法を使って人のいない場所まで我武者羅に飛んで行った。
暴走した魔力は、四大精霊守の力を極限まで高めていく。
彼の為に、内緒で会得した力。
今日の夜会が終わったら、彼に報告して驚かせようと思っていた四大精霊守の力が、彼女を包み込んでいく。
スウッと体の力が抜け、その場へと倒れ込んだ彼女の体は凍りついた。
心も体も、そして、人として生きると言う普通の幸せですら全て凍らせてしまったのだ。
もう二度と、愛する人など作らない。
もう二度と・・人間には戻らない・・。
過去の自分から意識を戻したマジュカは、部屋のランプを消し、寝室へと静かに移動して行った。
バタンと部屋のドアを閉じたマジュカの瞳は、暗く輝きを失っていた。