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「嫌よ!絶対に嫌!」
「そんなこと言わないで・・。お願い、マジュカ。本当に困っているんだ」
顔の前で両手を合わせたグレンは、マジュカの顔を上目遣いで見る。
グレンは今年十六歳。
国王主催の宮廷舞踏会を控えていた。
あれからグーンと身長が伸びて175cmを超えたグレンは、マジュカの背を軽々と越してしまった。
その為、頼み事をする時はソファーなどに座って頼むようにしている。
でないと、上目遣いが出来なくなってしまったからだ。
マジュカの弱みを突くには、これしかないのだ。
「もう子供じゃないんだから、そのおねだりは効かないわよ!」
フィッと顔を背けたマジュカに、グレンがションボリとした顔で床を見た。
「大きくなった俺の事なんか、もう好きじゃなくなったんだね」
落ち込むグレンに、マジュカが慌てて弁明をする。
「ち、違うわよ!今回のおねだりがどうしても嫌だっただけよ!」
「俺と踊るのがそんなに嫌なの?でも、俺だって他の女の子と踊るのは嫌だよ。だから良いでしょ、マジュカ。お願い!」
グレンの色気を増したおねだりに、思わずクラッとして負けそうになったマジュカだったが、気力を振り絞って立ち向かった。
「だから、魔女は世捨て人だって言ってるでしょ!そんな華やかな舞踏会には出られないの!」
「魔女の誓約がそうなっているの?」
「・・そんな誓約無いわよ」
「なら問題ないよね!実はドレスとか全部用意して来たんだ。当日、着付けとかするから、早めに城に来てね」
「はぁ?」
マジュカが驚いている隙に、グレンは用意したドレスや宝石、靴などを従者に運び込ませた。
そして急いで帰り支度をし始める。
「じゃあね、マジュカ。三日後のパーティーは八時から始まるんだ。だから遅くても、夕方四時には城に来てね。全部持って来てくれれば、城で着付けるから」
「ちょっと待って!私は行くなんて一言も・・」
「俺はマジュカ以外の人と踊る気はないよ。舞踏会で一曲も踊らないなんて恥を、俺にかかせないでね」
「ちょ、ちょっと!私は行かな・・」
「それじゃあ、マジュカ。時間厳守で。楽しみに待ってる」
グレンはそう告げると、サッサとお付きの者達と共に城に帰っていった。
茫然とするマジュカは、部屋の片隅に置かれた荷物の山を見る。
どうしてこんなことになったのか分からない。
戸惑い続けるマジュカの肩に、呆れ顔のミーベルが乗った。
「行くつもり?」
「い、行かないわよ!私は断ったでしょ?」
「ふーん。別にいいけど、グレンは困るだろうね」
「それはそうだけど、王宮で行われる夜会には出たくな・・」
ハッとしたマジュカは、ギュッと強く拳を握り締めた。
思い出したくない過去が蘇って来てしまう。
周りにいる沢山の人達から向けられた怒りや軽蔑の眼差し。誰一人味方のいない場所で、必死に泣かないように顔を上げていた、あの時。
大好きだった青色の瞳が灯した怒りの炎と心を打ち砕いた言葉。
大切な物ですら全て捨てて飛び出した、あの日の夜・・。
「嫌っ。やめて!!」
両手でキツく自分の体を抱き締めたマジュカは、真っ青な顔でガタガタと震え出した。
魔力が体から溢れ出し、とても冷たい冷気に変わっていく。
ピキピキッと音を立て、足元が凍り付いていった。
「マジュカ!!!」
ミーベルの声に、パッと意識を戻したマジュカは、溢れ出した魔力を直ぐにセーブする。
何とか消し去った氷を見て、マジュカとミーベルは吐息を溢し合った。
「ごめん、ミーベル。ありがとう」
「気を付けてよね。闇に落ちたら、僕だと助けてあげられないんだから」
「分かってる」
ハアハアと荒い呼吸を整えたマジュカは、震える手を見つめる。
(危なかった。またあの時みたいになる所だった・・)
魔女となったあの時みたいに・・。
ずっと忘れる努力をしていた過去が、鮮明に蘇ってきた。