表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/60

「おおーい。マジュカ!!遊びに来てやったぞ」


ソファーに座って本を読んでいたマジュカは、イラッとした表情で本をパタリと閉じた。

立ち上がって机の上の水晶を覗き込むと、今日も元気に両手を振るグレンの姿が映し出されている。


ハァーッと深いため息を付いたマジュカは、仕方無しにゲートを開く。

数分もしないうちに、家の中にグレンが姿を現した。


「マジュカ!遊びに来た」

「だから、なんで頻繁に来るのよ!この間も、城で出来るトレーニング方法を、沢山教えてあげたでしょ!」

「だって、頑張っている所をマジュカに見て貰いたかったから・・。駄目だった?」


キュッと下唇を噛みながら上目遣いで見上げるグレンを見て、マジュカは言葉に詰まった。


マジュカとグレンが出会って、一年が過ぎた。

あれからグレンは、暇さえあればマジュカの家に顔を出すようになった。

静かに本を読みたいマジュカにとってとても迷惑な状況である。


しかしマジュカは、グレンを突き放す事が出来ない。マジュカが年下男子のおねだりに弱い事に、グレンが気付いてしまったからだ。

追い返そうとしても、こうやって上目遣いでおねだりしてくる。

ただ今、連戦連敗中である。


「・・紅茶飲む?」

「うん、飲む!」


にこやか顔になったグレンと共に、マジュカはティータイムをする事にした。

美味しい紅茶を飲みながら、グレンは色々な報告をする。うんうん。と聞いているマジュカであったが、内心ホッとしていた。


話の内容から、最近、城でのグレンの地位が向上した事が窺える。

簡単に言えば、役立たずから希望の原石へと評価が変わったと言う感じだ。

父親からの評価も変わった事で、とても嬉しそうである。


グレンは第一王子ではあるが、正妃の息子では無く、側室の産んだ子供だ。

母親はグレンが五歳の時に亡くなり、城内での後ろ盾は無いに等しい。

その為、風当たりがかなり強かった様だ。

グレンがあの城の中で信頼できる者は、母親の実家と繋がりの深い家の出である側近のハルセのみである。


正妃の子は、グレンより一つ上に姫、二歳下に王子がいるらしい。

王は正妃の顔色伺いで、側室の産んだグレンを蔑ろにする傾向にある様だった。


しかし、東の森の魔女がグレンに手ほどきをし始めた事を聞き、城の者達はグレンを蔑ろには出来なくなったと言う事らしい。


その事に焦りを感じた正妃の息子が、この間マジュカの元を訪れたのだが、これがまた傲慢で可愛げのない王子であった為、マジュカによって即座に追い返された。


大体において、ここは託児所ではない。

これ以上、ここに来る子供を増やすな!と言う気持ちも含まれている。


と言う事で、魔女に受け入れられているグレンは、カチュリナ王国での評価が鰻登りだそうだ。


城で孤独を味わっていた王子。

森で孤独に生きていた魔女。


何となく、分かり合える部分があったのかもしれない。



マジュカお手製のクルミクッキーを口に入れたグレンは、ふと思い出しマジュカに尋ねた。


「ねえ、マジュカ。マジュカの身長ってどれくらい?」

「身長?さあ・・。多分158cm位だと思うわよ」

「そっか。あと五年で10cm以上か・・」

「えっ?」


不思議そうに聞き返したマジュカに、グレンは慌てて首を振る。


「何でもない!」


グレンは誤魔化すようにクッキーを口に頬張った。

マジュカの作ったクッキーは、グレンの大好物だ。

お皿の上のクッキーを全て食い尽くす位の勢いで食べ続けている。


クスクスと笑い出したマジュカは、まだ取って置いてあるクッキーを出す為に立ち上がった。


お皿に新たなクッキーを乗せて戻ろうとしたマジュカは、ふと台所の上棚の扉が少し開いている事に気がついた。

背伸びをして扉を閉めたマジュカは、歩き出す。


「もう少し身長が有れば、棚を閉めるのも楽なんだけどなぁ」

「でも、マジュカはもう伸びないだろ?」

「うーん。どうかしら。もしかしたら、もう少し伸びるかもしれないわ」

「えっ?何で?」

「お父様もお母様も背が高かったからよ。ちょうど成長期だったのよね」

「えっ?何?それってどう言う意味?」


意味が分からず、グレンはキョトンとする。

クッキーをテーブルに置いたマジュカは、席についた。


「グレンは知らなかったのね。魔女には二種類いるのよ。魔女になりたくてなった人と、なる気はなかったのになった人」

「なりたくてなった魔女と、なりたく無かったのになった魔女?」

「ええ。そして、それを見分けるのは簡単なの。なりたかった魔女は歳を取る。でも、なりたくなかった魔女は歳を取らない」

「歳を取らないって・・。それじゃあ、なりたかった魔女は死ぬけど、なりたくなかった魔女は死なないって事?」

「そう言うわけではないわ」

「違うの?」


意味がわからない。

だって歳を取らないのだから死なない筈だ。

よく分からないと言う表情を向けると、マジュカが言葉を続けた。


「魔女になりたくてなった人達は、その魔力によって寿命が延ばされる。延ばされるだけだから成長は緩やかだけど止まらない」

「へえ・・。だから魔女は長生きなんだね」

「そうね。あと、魔女になろうと思っていなかったのになってしまった魔女だけど、魔女になった時点で体の全ての成長がストップしてしまうの。だから何年経っても同じ姿のままなのよ」


「ふーん」と返事を返したグレンは、マジュカの顔をマジマジと見つめる。

一年前に初めてマジュカに会いに来た時、近くの村でマジュカの話は聞いていた。

少女の姿をした魔女が何十年もこの森にいると。そうなるとマジュカは・・。


「もしかしてマジュカは、なりたくなかったのになってしまった魔女なの?」

「・・そうね」


スッと暗くなったマジュカの表情に、グレンはハッとする。

これは聞かれたくなかった質問だった様だ。


強い力と豊富な魔術の知識を持つ魔女のマジュカ。

ずっと羨ましくて、いいなぁって思っていた。

しかしマジュカは、魔女にはなりたくなかったのだ。

グレンは眉を下げる。


「ごめん・・。無神経だった」

「別に良いわよ。今は気にしてないもの」


今は気にしていない・・。

それでは、ここに来るまでの過去では、どれだけの葛藤があったのだろうか。

グレンは膝の上で両手を握り締めた。


「私のような魔女も、いつかは死ぬわ。それが早いか遅いかは、人によって違う。だから長生きではあるけど、人間と大して変わらないの」

「うん。そうだね!」


グレンは笑顔で返事を返して、その話を終わらせた。

何があったのかと言う話は聞かなかった。

過去の話でマジュカを再び傷付けてしまう事を恐れたからだ。

その代わり、心に決めた事がある。


グレンは首からぶら下げている、エメラルドの石の付いたペンダントを手に取る。

これは半年程前に、マジュカがくれた御守りのペンダントだ。

これを貰ってから、体の調子がすこぶる良い。

何故急にペンダントをくれたのかと言う理由は、これで直ぐに分かった。

何も言わずに、グレンを守ってくれているマジュカ。


今はまだマジュカを守る力は自分には無い。

でもいつか必ずマジュカを守れる男になって見せる。


(これからは、俺がマジュカを守っていくんだ!)


ペンダントをギュッと握り締め、強い意志と決意を胸にしたグレンだったが、ハルセから言われた嫌がらせの様な言葉が頭を過ぎる。


『牛乳を沢山飲むと良いそうですよ』


なんで牛乳なのかと少々気落ちしてしまう。

グレンは牛乳が好きではないからだ。

でも、せめてマジュカよりは大きくなりたい。


グレンは男のプライドをかけて、大嫌いな牛乳を毎日沢山飲むのであった。



最初は水と油かと思われた二人。


しかし二人は、その後もずっと仲良く紅茶を飲みながら、歳を重ねていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ