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「おおーい。マジュカ!!遊びに来てやったぞ」
ソファーに座って本を読んでいたマジュカは、イラッとした表情で本をパタリと閉じた。
立ち上がって机の上の水晶を覗き込むと、今日も元気に両手を振るグレンの姿が映し出されている。
ハァーッと深いため息を付いたマジュカは、仕方無しにゲートを開く。
数分もしないうちに、家の中にグレンが姿を現した。
「マジュカ!遊びに来た」
「だから、なんで頻繁に来るのよ!この間も、城で出来るトレーニング方法を、沢山教えてあげたでしょ!」
「だって、頑張っている所をマジュカに見て貰いたかったから・・。駄目だった?」
キュッと下唇を噛みながら上目遣いで見上げるグレンを見て、マジュカは言葉に詰まった。
マジュカとグレンが出会って、一年が過ぎた。
あれからグレンは、暇さえあればマジュカの家に顔を出すようになった。
静かに本を読みたいマジュカにとってとても迷惑な状況である。
しかしマジュカは、グレンを突き放す事が出来ない。マジュカが年下男子のおねだりに弱い事に、グレンが気付いてしまったからだ。
追い返そうとしても、こうやって上目遣いでおねだりしてくる。
ただ今、連戦連敗中である。
「・・紅茶飲む?」
「うん、飲む!」
にこやか顔になったグレンと共に、マジュカはティータイムをする事にした。
美味しい紅茶を飲みながら、グレンは色々な報告をする。うんうん。と聞いているマジュカであったが、内心ホッとしていた。
話の内容から、最近、城でのグレンの地位が向上した事が窺える。
簡単に言えば、役立たずから希望の原石へと評価が変わったと言う感じだ。
父親からの評価も変わった事で、とても嬉しそうである。
グレンは第一王子ではあるが、正妃の息子では無く、側室の産んだ子供だ。
母親はグレンが五歳の時に亡くなり、城内での後ろ盾は無いに等しい。
その為、風当たりがかなり強かった様だ。
グレンがあの城の中で信頼できる者は、母親の実家と繋がりの深い家の出である側近のハルセのみである。
正妃の子は、グレンより一つ上に姫、二歳下に王子がいるらしい。
王は正妃の顔色伺いで、側室の産んだグレンを蔑ろにする傾向にある様だった。
しかし、東の森の魔女がグレンに手ほどきをし始めた事を聞き、城の者達はグレンを蔑ろには出来なくなったと言う事らしい。
その事に焦りを感じた正妃の息子が、この間マジュカの元を訪れたのだが、これがまた傲慢で可愛げのない王子であった為、マジュカによって即座に追い返された。
大体において、ここは託児所ではない。
これ以上、ここに来る子供を増やすな!と言う気持ちも含まれている。
と言う事で、魔女に受け入れられているグレンは、カチュリナ王国での評価が鰻登りだそうだ。
城で孤独を味わっていた王子。
森で孤独に生きていた魔女。
何となく、分かり合える部分があったのかもしれない。
マジュカお手製のクルミクッキーを口に入れたグレンは、ふと思い出しマジュカに尋ねた。
「ねえ、マジュカ。マジュカの身長ってどれくらい?」
「身長?さあ・・。多分158cm位だと思うわよ」
「そっか。あと五年で10cm以上か・・」
「えっ?」
不思議そうに聞き返したマジュカに、グレンは慌てて首を振る。
「何でもない!」
グレンは誤魔化すようにクッキーを口に頬張った。
マジュカの作ったクッキーは、グレンの大好物だ。
お皿の上のクッキーを全て食い尽くす位の勢いで食べ続けている。
クスクスと笑い出したマジュカは、まだ取って置いてあるクッキーを出す為に立ち上がった。
お皿に新たなクッキーを乗せて戻ろうとしたマジュカは、ふと台所の上棚の扉が少し開いている事に気がついた。
背伸びをして扉を閉めたマジュカは、歩き出す。
「もう少し身長が有れば、棚を閉めるのも楽なんだけどなぁ」
「でも、マジュカはもう伸びないだろ?」
「うーん。どうかしら。もしかしたら、もう少し伸びるかもしれないわ」
「えっ?何で?」
「お父様もお母様も背が高かったからよ。ちょうど成長期だったのよね」
「えっ?何?それってどう言う意味?」
意味が分からず、グレンはキョトンとする。
クッキーをテーブルに置いたマジュカは、席についた。
「グレンは知らなかったのね。魔女には二種類いるのよ。魔女になりたくてなった人と、なる気はなかったのになった人」
「なりたくてなった魔女と、なりたく無かったのになった魔女?」
「ええ。そして、それを見分けるのは簡単なの。なりたかった魔女は歳を取る。でも、なりたくなかった魔女は歳を取らない」
「歳を取らないって・・。それじゃあ、なりたかった魔女は死ぬけど、なりたくなかった魔女は死なないって事?」
「そう言うわけではないわ」
「違うの?」
意味がわからない。
だって歳を取らないのだから死なない筈だ。
よく分からないと言う表情を向けると、マジュカが言葉を続けた。
「魔女になりたくてなった人達は、その魔力によって寿命が延ばされる。延ばされるだけだから成長は緩やかだけど止まらない」
「へえ・・。だから魔女は長生きなんだね」
「そうね。あと、魔女になろうと思っていなかったのになってしまった魔女だけど、魔女になった時点で体の全ての成長がストップしてしまうの。だから何年経っても同じ姿のままなのよ」
「ふーん」と返事を返したグレンは、マジュカの顔をマジマジと見つめる。
一年前に初めてマジュカに会いに来た時、近くの村でマジュカの話は聞いていた。
少女の姿をした魔女が何十年もこの森にいると。そうなるとマジュカは・・。
「もしかしてマジュカは、なりたくなかったのになってしまった魔女なの?」
「・・そうね」
スッと暗くなったマジュカの表情に、グレンはハッとする。
これは聞かれたくなかった質問だった様だ。
強い力と豊富な魔術の知識を持つ魔女のマジュカ。
ずっと羨ましくて、いいなぁって思っていた。
しかしマジュカは、魔女にはなりたくなかったのだ。
グレンは眉を下げる。
「ごめん・・。無神経だった」
「別に良いわよ。今は気にしてないもの」
今は気にしていない・・。
それでは、ここに来るまでの過去では、どれだけの葛藤があったのだろうか。
グレンは膝の上で両手を握り締めた。
「私のような魔女も、いつかは死ぬわ。それが早いか遅いかは、人によって違う。だから長生きではあるけど、人間と大して変わらないの」
「うん。そうだね!」
グレンは笑顔で返事を返して、その話を終わらせた。
何があったのかと言う話は聞かなかった。
過去の話でマジュカを再び傷付けてしまう事を恐れたからだ。
その代わり、心に決めた事がある。
グレンは首からぶら下げている、エメラルドの石の付いたペンダントを手に取る。
これは半年程前に、マジュカがくれた御守りのペンダントだ。
これを貰ってから、体の調子がすこぶる良い。
何故急にペンダントをくれたのかと言う理由は、これで直ぐに分かった。
何も言わずに、グレンを守ってくれているマジュカ。
今はまだマジュカを守る力は自分には無い。
でもいつか必ずマジュカを守れる男になって見せる。
(これからは、俺がマジュカを守っていくんだ!)
ペンダントをギュッと握り締め、強い意志と決意を胸にしたグレンだったが、ハルセから言われた嫌がらせの様な言葉が頭を過ぎる。
『牛乳を沢山飲むと良いそうですよ』
なんで牛乳なのかと少々気落ちしてしまう。
グレンは牛乳が好きではないからだ。
でも、せめてマジュカよりは大きくなりたい。
グレンは男のプライドをかけて、大嫌いな牛乳を毎日沢山飲むのであった。
最初は水と油かと思われた二人。
しかし二人は、その後もずっと仲良く紅茶を飲みながら、歳を重ねていった。