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マジュカに無視されたグレンは、怒りに身を震わせていた。


グッとドアを睨み、急いでマジュカ達の後を追い掛けて行く。

玄関の前にある木製の階段を怒りのままに力一杯踏み込むと、ガタの来ていた階段はバキッと音を立てて壊れた。


体勢を崩して倒れかかった王子を、後ろに控えていた騎士が慌てて抱き止める。

騎士の腕の中でワナワナと怒りのボルテージを上げていくグレンに、側近のハルセが静かに歩み寄った。


オールバックの黒髪に、青に近い緑色の瞳に黒縁眼鏡。

二十五歳にして第一王子の側近として選ばれる程の、とても優秀な頭脳と、とても真面目で几帳面さを合わせ持つ、有能な側近である。


「殿下。先ほどのような態度は些か問題があるかと。魔女は我が国にとって、なくてはならぬ存在です。陛下からも、くれぐれも失礼の無いようにと言われておりますよね?」

「失礼なのは、あの魔女の方だろ!この俺が話をしているのに、無視して家に入っていったんだぞ!」

「それは殿下のお言葉がよろしく無かったからだと思います。魔女との友好関係を乱す行為は、お慎み下さい」

「ーー分かった」


渋々頷きを落としたグレンは、立ち上がりながら階段を見る。


最初の一段が壊れた事で、木製のボロ階段は、先程よりもグラついている。

壊れた階段を飛ばしながら、そーっと上っていき、ようやく登り切ったグレンは思いっきりドアを開けた。


「魔女!この階段はなんなんだ。俺への罠か?怪我をする所だったんだぞ!」


ドアを開いたと同時に室内に向かって叫ぶグレンに、ハルセが額に手を当て項垂れる。

何もわかってない。やはり王子を連れて来たのは間違いだったのではないだろうか。

後ろに控えている騎士達も顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべている。


そんな彼らを無視して、グレンは脇目も振らずにドカドカと家の中に入っていった。

ダイニングと思われる部屋では、マジュカとルイサがティータイムを始めていた。


「聞いているのか、魔女!」

「まだいたの?子供はさっさとお家に帰りなさい」

「なにぃ!誰が子供だ!」


今にも掴みかかっていきそうな勢いで言葉を返す。

そんなグレンの目の前に、天井からスルスルっと掌よりも大きな黒色の蜘蛛が降りてきた。

顔の真ん前、至近距離で蜘蛛を見たグレンの瞳が大きく見開かれた。


「ギャアァァー」


王子の悲鳴に騎士達が慌てて側へと駆け寄った。

鍛錬されている騎士でもウワッと声を上げたくなる程に大きな蜘蛛だった。

尻餅をつき、真っ青な顔をしたグレンが蜘蛛を指差す。


「あ、あれを何とかしろ!」


王子の命令に、騎士が剣を抜こうと柄に手を掛けた。


「ちょっと!勝手に人の家の物に手を出さないで頂戴。その子はこの家を害虫から守ってくれているのよ!」


マジュカの怒りに、騎士は剣にかけた手を止める。

ふと横を見るとハルセが首を振り、騎士を制止した。


「大変失礼を致しました。私はハルセと申します。数々のご無礼お許しください」


深々と頭を下げるハルセを見て、マジュカは怒りを鎮め、蜘蛛を見る。


「ボーラ。危ないから上に行っていなさい」


蜘蛛はマジュカの言葉を聞くと、スルスルっと天井に戻って行く。

その様子をポカンとした顔で見ていたグレンは、マジュカの視線に気がつくと慌てて立ち上がった。


「まっ、まあいい。それよりも、お前には我が国の魔導師として一緒に来てもらう」

「お断りするわ」

「なんだと!名誉ある事なんだぞ」

「名誉とか興味ないんで」


あっさりと断ったマジュカは、紅茶に手を伸ばし香りを楽しみながら優雅に口をつけた。

うん。美味しい。

この茶葉は買って正解だったと、選んだ自分に賞賛を送る。


「国の為に働く事こそ、この国の民の使命だろう!それを拒否するつもりか」


グレンの話はまだ続いていたようだ。

折角、美味しい紅茶を楽しんでいるのに邪魔でしかない。

とっとと追い返した方が良いかと、マジュカは視線を移した。


「なにか勘違いをしているようだけど、私は貴方の国の民ではないわ。私はこの森の民よ。この森の為になら動くけど、貴方の国の為には動かない。それが、遥か昔に貴方の国と、この森の魔女とで結んだ誓約だったわよね?」


グッと言葉を詰まらせたグレンは、拳を握り締めながら俯く。


確かにマジュカの言う通りなのだ。

しかし近年、カチュリナ王国には魔力を持った者が生まれ難くなってきている。

四大精霊守(よんだいせいれいしゅ)と呼ばれる火、水、地、風の精霊のうち、カチュリナ王国は火の精霊の加護を得ている。

昔はその力から栄華を誇っていたが、今は扱える者が極端に減ってきている。

それに引き換え、隣国では魔力を保有する者の数が増えており、力で押されるようになってきてしまった。


特に問題なのは、カチュリナ王国の南側に位置するスイセニア王国だ。

彼らは水の精霊の加護を得ており、精霊同士の相性も悪い。


精霊の力を得られる者の数が多いスイセニアに対し、カチュリナ王国は西側にあるフウタラナ王国と友好関係を結び対抗している。


フウタラナ王国は風の精霊の加護を持っており、カチュリナ王国の火の精霊とは相性が良い。

互いの力を合わせて数の多いスイセニア王国を押し返しているが、単体であるとどちらの国もキツくなる。


スイセニア王国は、相性の悪い土の精霊の加護を持つドチセラ王国との小競り合いも始まった為、カチュリナ王国とは冷戦状態にある。


しかし、いつまでこの状況が続くか分からない。

カチュリナ王国は、今のうちに戦力を固めておかなければならないのだ。


「誓約の事は分かっている。しかし、今この国は・・」

「説明はいらないわ。状況なら十分過ぎるほど理解しているの。その上で言っているのよ」


国を守りたいグレンと、戦争には関わり合いたくないマジュカが無言のまま睨み合いを続ける。

2人の顔を交互に見ていたルイサは、フウッと息を落とすと、グレンを見た。


「王子様。散々歩かされた事でお疲れですよね?紅茶でも如何です?」


嫌味の混じるルイサの言葉に、マジュカが慌てて顔を向ける。

涼しい顔をしたルイサは笑顔を向けた。


「私はカチュリナ王国の民だから」


そう言われてしまうとマジュカは何も言えなくなる。


ルイサは王子の味方をするわけではないが、この国の危機を回避したいと願っているのだ。

戦争に協力しなくても、せめて国の王族とは仲良くして欲しい。

ルイサの物言わぬ瞳が、そう告げていた。


マジュカは立ち上がると、ティーカップを1組持って席に戻る。

紅茶を注ぎ、開いている席へと差し出した。


「どうぞ」


ぶっきら棒に差し出された紅茶を見て、グレンは戸惑いを見せる。

辺りを見回し、ボソリと呟いた。


「こんな汚い部屋で、紅茶を飲む気にはなれない」

「なんですって!」


マジュカは腰を下ろしたばかりの椅子からガタンと立ち上がる。

その剣幕に、グレンの横にいたハルセが慌てて前に出て頭を下げた。


「大変申し訳ございません。どうかお許しを」


マジュカに頭を下げていたハルセは顔を上げ、グレンに視線を移す。


「殿下。失礼にも程が御座います。この後のお話はわたくしがさせて頂きますので、殿下は供を連れて城へとお戻り下さい」

「何故だ。俺は父上の命を受けてここに来ているのだぞ」

「それを理解した上での暴言ですか?城に戻り次第、この事は陛下にお伝えさせて頂きます」

「それは・・」


ハルセの怒りに、グレンは口籠もる。

自分でも今の発言は不味かったと思っている。

しかし、紅茶を楽しむにしては、部屋の雰囲気が受け入れられない。


部屋は何か分からない怪しい薬の瓶や薬草のような物等で溢れて返っている。

百歩譲ってそれを見なかった事にしても良いが、天井には未だに先程の蜘蛛が鎮座しているのだ。

気を抜いたらまた降りてくるのではないかと、ずっとその気配に意識を集中させていた。


城のソファーで紅茶を飲む習慣のあるグレンにとって、この異様な空間での飲食は恐怖でしかないのだ。


「こっちが下手に出ていれば図に乗って。さっさと出て行きなさい!ハルセ、貴方もよ。この王子を連れてサッサと城に帰って頂戴」


瞳に怒りを宿したマジュカは玄関の方を指差した。


「魔女様。どうか、お許し下さい」


ハルセは深々と頭を下げるが、マジュカの怒りが治る事は無い。

これ以上の関係悪化は大問題となってしまう。


自分が付いていながら・・とハルセは顔を青褪めさせた。


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