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マジュカは、ミーベルが最初に精霊喰いに気が付いた地点に到着した。
キョロキョロと辺りを見回してみるが、何処にもその姿を確認出来ない。
王都は比較的静けさを保っていた。
火の精霊祭なだけあって、街中はあちらこちらに松明が焚かれ、まるで昼間のような明るさになっている。
この精霊祭が開催されている間、人間達は城から少し離れた場所にある火山へとお参りに行く習慣がある。
その為、今日は比較的、街にいる人間の数が少ないらしい。
国王の働き掛けで、城で働く精霊の力を持たない者達が、残っている住民達を移動させていくのが見える。
先程は、街に被害が出ないように気を付けて攻撃していた事もあり、損害が出なかった事は救いだった。
だが、あのように何かを気にしながら戦っていては、あいつに勝てない。
見つけ次第、人のいない場所に連れて行くしかなかった。
しかし、辺りを必死に見回して居ても、精霊喰いが見つからない。
先程のマジュカの攻撃では、全くダメージは与えられていない筈なのにである。
マジュカは王都内を隈無く飛び続ける。
いつも側に居てくれる相棒が今は居ない。
たった一人で立ち向かう孤独が、とても寂しくて辛い。
そして、ただの箒は飛び難いし速度が出難い事が、戦いの最中、問題となりそうだった。
だが、自分だけで飛ぶよりは、速度が出るし安定して飛べるので、多少不便でも我慢するしかない。
頭上に輝く大きな満月を背に、マジュカは飛び続けていた。
その時、比較的小さな衝撃がマジュカを襲った。
意識を集中していなかったら気が付けない位の大きさだ。
マジュカは必死にその衝撃の元を辿って行く。
王都から出て直ぐに広がる広大な平野。
そこでようやくあの精霊喰いの姿を捉えた。
奴の目先には、必死に逃げる火の精霊が三匹飛んでいた。
精霊喰いは、王都に居た精霊達が一斉に城に逃げ出し追えなくなった。
そこで、フラフラと未だ単体で飛んでいた精霊達に攻撃目標を変え、逃げる彼らを王都から出て追い掛けていたのだ。
スッと精霊達の前に出たマジュカは、闇に向かって風魔法を使う。
風の威力で、闇の速度が急激に落ちた。
「城に行きなさい。ほら、あそこに綺麗な光の柱が見えるでしょ?」
精霊達に柱の場所を指し示すと、その存在を初めて捉えた彼らは、その目をキラキラと輝かせた。
あの光の柱は、彼らにとって母親の体内の様な存在。
全ての精霊達が好む、安らぎの場なのだ。
精霊達は直ぐに方向を変え、光の柱へと向かって飛んで行った。
彼らを背に、マジュカは精霊喰いと対峙した。
何十年もの間、精霊を食べ続けてきた精霊喰いは、かなりの力を有している。
そして今日は満月。
その力を取り入れ続けている奴の力は、計り知れない。
それでもマジュカは、立ち向かった。
「精霊達は渡さない。覚悟しなさい!」
空中に浮かぶマジュカを、闇は暫し観察をする。
この精霊喰いは、知能を備えている。
遠くに感じる光の力。あそこに逃げ込まれたら、自分では手が出せない。
しかし、自身の持つ力が確信を持って告げてくる。
『この女さえ倒せば、あの光の柱は消える』
精霊喰いの標的は、マジュカに絞られた。
一気に精霊喰いの闇が膨れ上がり、マジュカに向かって爆発的に闇が伸ばされてきた。
向かって来る五本の闇の手を、飛びながら必死に交わし続ける。
しかし、避けた筈の闇は、空中で向きを変えてマジュカの後を直ぐに追って来る。
速度の出ない箒では、スピード勝負は出来ない。
複雑に飛び回り、相手をかく乱させていく。
しかし、一本の闇の手が、マジュカの乗る箒の藁束に纏わり付いた。
マジュカは人差し指を伸ばして曲げる。
コイッと言う仕草に、光の柱に近くに並んでいる箒の一つが、フワッと浮かび上がり、一直線にマジュカの元へと飛び立った。
纏わり付かれた箒を捨て、空中で新しい箒に乗り換えたマジュカは、精霊喰いを見る。
丸く膨れ上がる闇の塊り。
そこから闇の手がいくつも伸びている。
(まずは、あの塊を!)
マジュカは塊に向かって、魔法を放った。
塊の立つ土地からドーンッと言う音と共に、地の柱を幾つも立てる。
地の柱に串刺しになった闇の塊は、クニャッとその形を崩して液体になると、地の柱から横へと逃げ出した。
再び塊となって手を伸ばす。
(あまり効いてない・・。かなり強い魔法なのに!)
奴の勢いは止まらない。
マジュカを狙って次々と手を伸ばして来る。
必死にそれを避けながら、マジュカは次の魔法を発動させる。
(液体となって逃げられるのなら・・)
「これなら、どう!」
マジュカから放たれた魔法は、今度は土を大きく立ち上がらせ、闇に覆い被らせた。
土の中に閉じ込められた闇を、土の圧迫が襲う。
段々と小さくなっていく土の塊は、闇を極限まで圧迫し続ける。
しかし次の瞬間、闇は土と土の間からまるで空気の様にシュウシュウと音を立てながら、外へと出て来た。
漆黒の煙の様な物は、一ヶ所に集まって行き、それはまた闇の塊となる。
(なんで・・。これも殆ど効いて無い・・)
目の前の状況に、茫然としたマジュカは一瞬の隙を与えた。
一気に伸びた闇の手が、マジュカの乗る箒を払い落とした。
バランスを崩し落下するマジュカを、新しい箒が掬い上げて浮上する。
しかし直ぐに、その箒も闇に捕まった。
新たな箒を呼んで飛び乗ったマジュカは、闇の手から逃げようとする。
しかし、速度の出ない箒は次々と壊されていく。
(駄目・・。やっぱり、ミーベルじゃ無いと対応しきれない!)
マジュカの目の前で、闇に纏わり付かれ傷付いたミーベル。
その姿を思い出し、ジワリと涙が溢れ出る。
(ミーベル・・)
マジュカは、ミーベルと出会った過去へと想いを飛ばしていた。




