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一曲を踊り終え、会場の真ん中からハルセの所へと二人は歩いて行く。

雑談を交え笑い合う二人に、ハルセが声を掛けた。


「お席の方にお戻り下さい」


ハルセの言葉に、グレンは驚きを返す。


「俺が戻ってしまったら、マジュカが一人になってしまうだろ?」

「マジュカ様のお側には私が付いております」

「でも・・」

「殿下。お立場をお考えください」


ハルセの言いたい事は分かるが、マジュカの側にいたい。

口を開こうとしたグレンを、マジュカが遮った。


「私なら大丈夫よ。また後でね、グレン」

「・・俺は側を離れたくない」

「我儘、言わないの。後でもう一曲踊りましょうね」

「・・分かった。絶対だからね」

「ええ、勿論。楽しみにしているわ」


名残惜しそうにしながらも、グレンは渋々王族の席へと戻って行った。

椅子に腰を下ろしたグレンに、国王が小さな声で尋ねた。


「魔女殿の機嫌は、大丈夫だったのか?」

「ええ、問題はありません。ただ、もう二度と、礼儀を知らない乱暴な猿を、マジュカに近付けないで下さい」

「善処する」


例え正妃の産んだ子とは言え、この国を危険に晒した事は、許し難き行為である。

国王はイラッとしながら口を開く。


「全く・・。とんでもない事をしでかしてくれたな。お前が甘やかし過ぎるからだ」


国王から向けられた怒りに、正妃はその手に持つ扇子を強く握り締めた。


(側室の子が、偉そうに・・)


何故私が、国王から叱責を受けねばならぬのか。

こうなったのも、忌々しい側室の子とあの魔女の所為だ。


大体において、息子が怒り暴れたのも、元はと言えば魔女が悪いのだ。

側室の子にばかり魔法を教え、息子の事は冷たくあしらい、森から叩き出す。

何年も通わせているのに、一向に魔法を教える気配すらない。

その姿を嘲笑い、そして告げ口をする。

なんて卑怯な女なのか。


正妃は扇子を広げ、怒りを示す口元を隠す。

鋭さを増した正妃の眼差しは、会場内を移動していくマジュカへと向けられ続けた。



席へと戻って行ったグレンを見送ったマジュカは、その様子をしっかりと見ていた。

ハルセと共に歩き出し、瞳だけで正妃を見る。

扇子で顔を隠してはいるが、睨みをきかせている正妃に、クスッと小さく笑った。


彼女が苛立っているのが良く分かる。

正妃という立場の者が公の場で、あの様に感情を直ぐに表に出すなど信じられない事だ。

父親の持つ影響力から正妃の座に着いた彼女は、どうやらロクな正妃教育を受けていないようである。

大国の国王妃の態度や行動とは思えない。


マジュカが国王にあの話を出した本当の理由は、息子では無く彼女である。


長年、マジュカの大切な人を攻撃し続けて来た女。

森から帰って行くグレンの背中に、何度不安を覚えたか分からない。

毒を中和させるペンダントは渡せたが、命を取る方法は他にいくらでもあるのだから。

彼女が指示を出している証拠はない。

しかし、あの正妃の態度から、ほぼ間違いないと確証が持てる。


国王ですら顔色を伺い続けた正妃。

この城で逆らう者など居ない、絶対的な権力を持つ女性。


折角この城に来たのだから、ついでに城の風通しを少し良くして行こうとマジュカは決めていた。


正妃の国内での力を落とし、グレンの後ろ盾を作るつもりである。


(これはまだ序の口よ。覚悟しなさい、正妃)


扇子から覗かせる正妃と、チラリと向けたマジュカの瞳がぶつかり合う。


華やかな舞踏会。

そこは様々な思考や思想、思惑がぶつかり合う戦場でもある。


(私は負けない。グレンの為にも・・)


スッと視線をグレンへと移したマジュカは、気合を入れ直した。

そして、身支度中に指示を出してあるハルセに声を掛ける。


「ハルセ。そろそろ始めましょう」

「承知致しました。ベルザナム公爵。右の柱三番目。白髪で紺の杖を持っている方です」

「分かったわ」


マジュカは会場内の三番目の柱の方へと歩いていく。


紺色の杖を手に持つ老紳士を視界に捉えると、そのまま側へと歩いて行った。

マジュカが側に歩いて来た事に気が付いた老紳士は、軽く頭を下げる。


「ご機嫌よう、ベルザナム公爵」

「ご機嫌よう、東の森の魔女様。この老体の名を覚えて頂けたとは、大変光栄に思います」

「まあ、ご謙遜を」


マジュカはクスクスと笑顔を見せる。


「グレンから貴方の話はよく聞いておりました。なんでも、火の精霊術で貴方の右に出る者はいないとか・・」

「殿下がそのような事を・・。いいえ、私の力など、貴女様の前では無に等しい」


最近のグレンが、城の者の話をマジュカにする事は無い。

訊けば答える程度だ。

勿論情報はハルセから得た物である。


若き頃より火と土の精霊術を操り、抜きん出た実力を持っていた公爵。

しかし最近では、歳と共にその力は衰えて来たと言われている。

本人はそれを絶対に認めず、今でも魔術の鍛錬に勤しんでいるらしい。


「そんな事はございませんわ。貴方の側にいる精霊達は、とても美しい。それは貴方だからこその力です」

「その様なご評価を頂き、有り難き幸せ。これからも精霊達と共に、この国を守って参ります」

「ええ。貴方ならきっと、この国を守っていけるでしょう」

「ありがとうございます」


魔女のお墨付きは、公爵にとってとても名誉ある事だった。

老いぼれだと陰口を叩かれる様になって来た今、マジュカの言葉こそが彼の一番欲しかった言葉である。


ただ、マジュカも嘘はついていない。

長年鍛錬された公爵の側にいる精霊達は、未熟な精霊達とは違い、とても美しく輝いているのだから。


ふと会場内の音楽に耳を傾けた公爵は、次の曲がゆったりとした曲である事に気が付いた。

そして、マジュカに意識を戻す。


「どうか私と一曲、踊っては頂けませんでしょうか」

「ええ。勿論ですわ、ベルザナム公爵」


マジュカは公爵と共にホールへと進み、ダンスを踊り始めた。


ハルセの情報通り、公爵は杖をついてはいるが、緩やかな曲ならばダンスを踊る事が出来る様だ。

踊れる曲目も把握してあった為、その曲に合わせて彼に近付いた事は内緒である。


楽しく会話をしながら一曲を踊り終えたマジュカは、公爵と挨拶を交わし離れていく。


魔女の評価を得るとは流石公爵様だ。と周りの者達が彼の評価を変えていく。

そんな公爵の瞳は、真っ直ぐに第一王子へと向けられていた。


ベルザナム公爵との一曲を皮切りに、是非魔女とお近付きになりたいと、貴族達の動きが変わり始めた。


「十時方向。赤髪の短髪、胸に赤いバラ。テネガレム公爵」


頷きを落としたマジュカは、こちらに向かって歩いて来たテネガレム公爵を見る。


「ご機嫌よう、テネガレム公爵」

「ご機嫌よう、マジュカ様」


このテネガレム公爵は、四十代前半とまだ若い。

父親はあまり体が丈夫な方ではなかった為、早々に息子が家督を継いだと言うのが理由である。


この年代の人をこちらに取り込んでおけば、長きに渡りグレンの後ろ盾となってくれる。

マジュカは予定通り、彼ともダンスを踊り始めた。


「兼ねてより、東の森の魔女様には憧れを持っておりました」

「まあ。貴方のような素敵な方に、そのような気持ちを持って貰えるなど光栄ですわ」

「グレン王子が、あの森に出入りしていると言う噂は耳にしておりました。貴女のような素敵な方がいる森になら、通い詰める気持ちも分かる気がします」


公爵はニッコリと笑顔をみせる。

マジュカも負けずと、にこやか笑顔を返す。


「聡明な貴方ならお気付きだとは思いますが、グレン王子の内に秘めし魔力の質は、とても素晴らしい物です。あの力を磨き成長させる事は、この国の大きな宝となる事でしょう」

「ええ。私もそう思います。原石は磨かなければならない。この国の未来の為、私も協力は惜しまないつもりです」


彼はマジュカの元へと向かって歩いて来た時点で、グレン側に付く事を決めていた様だ。

森から出てこない魔女。その魔女がこの場にいる事で、即座に決断、動いたのであろう。

こう言う頭の回転が早くて決断力のある人間は、話が早くて助かる。

近い将来、必ずやグレンの力となるであろうテネガレム公爵をこちら側に引き込めた事は、大きな成果となる。


曲を踊り続ける公爵は、ジッとマジュカの顔を見る。

そして、ふと首を傾げた。


「どうかなさいましたか?公爵」

「いえ・・。私は以前、マジュカ様と何処かでお会いした事がございましたでしょうか」

「私とですか?」


マジュカは公爵の顔を見つめる。

歳を考慮したとしても一度も会った事の無い人物だ。

マジュカは一度でも会った事がある人なら絶対に忘れない。

これは彼女の誇れる特技であった。


「私はずっと森におりましたので、お会いする機会はなかったかと思います」

「そうですね。このような素敵な女性と会った事があるのなら、私が忘れる筈がありません。お忘れ下さい」


丁度曲が終わり、二人は互いに挨拶をしてダンスを終わらせた。


公爵の手を借りて下がって来たマジュカは、公爵と別れ歩き出した。

歩み寄ったハルセは、次のターゲットの居場所を告げる。


こうしてマジュカは、次々と相手を見つけては雑談を交えながらダンスを踊って行った。


男性達は、会場内を歩くマジュカにこぞって声を掛けるが、それに対してのマジュカの返しは様々である。


視界にも入れては貰えぬ者、目礼のみの者、ご機嫌ようと挨拶を貰える者や、足を止め会話をして貰えた者。


しばらく時間が経ってくれば、その意図がハッキリと読めて来る。


マジュカが話をするのは、中立者及びグレン派の者達のみ。

例え身分が高くても、正妃に付いている者達は、尽く距離を置かれていく。


明確な意思表示ともいえるマジュカの行動に、貴族達は城の空気の流れが変わった事を敏感に察知していた。


東の森の魔女の押す第一王子、正妃の押す第二王子。

勝敗は誰の目にも明らかである。


華やかな舞踏会は、流れに乗り遅れまいとする貴族達で、益々盛り上がりを見せていった。



次話、18時30分更新予定

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