前編
男女の幼なじみ設定をうらやましがるそこのお前!
悪いことは言わない……考え直せ。
平気な顔して目の前で服を着替えるわ、あぐらかくわ、食い意地と言葉は汚いわ……。
俺は空気かっ!って毎回突っ込んでる。
つまり朝起こしてくれるアイドル並にかわいいニーソックスツンデレ女子も、ときめかせようして壁ドンするちょっと強引なイケメン男子はそう簡単にいないってこと。
具体例がリアル?ほっとけ。
毎回ベッドから蹴り落とされるからな。身体がもたねーよ。
家が隣同士でしかも産院からの仲っていう見事な幼なじみ要素てんこ盛り。
小さいころの写真を見ればその9割はそいつと映っている。
しかも裁縫上手のあいつの母親が決まって色違いでお揃いの服を作るもんだからペアルックがほとんどだ。
俺たちは着せ替え人形かい。
そりゃ、現実に幼なじみカップルがいても不思議じゃないし応援したいとは思うけど、「うちはうち。よそはよそ。」って感じでいっしょくたにしないでほしいんだよね。
少なくとも俺はあいつを女として意識したことないし、あいつも俺を男として思っていないんじゃないか?たぶんだけど。
…
……
「康太おはよう!昨日のテレビ観たよ!恭之さん、かなりの活躍だったね。」
「おう!なんたって俺のヒーローだからな!」
登校途中クラスメイトから興奮気味に声をかけられる。
7つ年上のいとこはプロのバスケットボール選手だ。
俺には妹しかいないから実の兄のように慕っている。
この近い身内で有名人が輩出されたとあって鼻高々だ。
兄貴が中学生のころ、小学校低学年の俺に対してバスケの面白さを教えてくれた。
そんな兄貴とはいうと、母の弟である俺の親父から借りたマンガに影響を受けたと聞いて驚いた。
それまでスポーツとは無縁なインドア少年だったから余計に。
兄貴の試合がいつあるのかを把握し地元であればできるだけ会場に足を運ぶ。
その度にセットで付いてくるのがあいつ。
冒頭でも言った俺の幼なじみだ。
「今日も最前席取れてラッキーだったね!」
「あぁ、この目に焼き付けたから技を磨きたくてたくてウズウズするぜ。」
「一応高校のスポーツ推薦受かったからって、バスケバカもほどほどにしなさいよ。」
「バカとはなんだ。結果はどうであれ、もう受験のこと考えなくて済むしせいせいするぜ。」
「私みたいにちょっとは勉強したら?どうせだったら教えるけど。」
「嫌に決まってんだろ。だってお前かわいくねーし。」
「……ふん。もう知らない!」
そう言うと里莉は駆け足で先に行ってしまった。
ジーパンのポケットに手を突っ込みながら落ち葉の塊を蹴飛ばす。
なんだよ。本当のことじゃんか。
知らないとか言っておいて次の日にはノーテンキな顔で肩並べて登校するんだからよくわからない。
まぁ、根に持たないのが俺とあいつの良いところというかなんというか。
それにしても声援のせいで右耳が痛い。
俺と同じで兄のように慕っているといっても限度があるだろう。
バカはどっちだっつーの。
ところで中学になったあたりから服装が変わってきたような?
化粧は校則で禁止されているがこういった休みの日には薄く施されている。
『バスケは観戦専門!』とか言いながら髪を伸ばし、制服以外でもスカートを履くことが多くなった。
クラスメイトの女子曰く恋をすると自分をキレイに見せようとするらしい。
あいつが恋?
まさか。
気に入らないとすぐ手を上げる幼稚園児みたいなやつだぞ。
仮に万が一そうだったとしても……。
誰のために?
そんなのわかりきっているじゃないか。
バスケ命の俺よりも声を枯らしながら応援していた相手。
やすにい……。
あいつとは生まれたときから一緒で言わば家族みたいなもの。
兄弟姉妹で恋愛感情なんてもつか?
もったとしたらマンガの世界だ。
あいつが誰を好きになろうと勝手だし関係ない。
だけどこのモヤモヤとした気持ちはなんだろう。
一瞬だけ俺とあいつが抱き合っている場面を想像してみる。
ゾクゾクッ
寒気がしたのは気温だけのせいじゃなさそうだ。
やはり幼なじみという関係がこう思わせるのか?
恋愛ってめんどくさい。
どこからともなく漂う甘い香りが鼻をくすぐる。
なんて名前の花だっけ。
家が花屋の文仁に聞けばわかるか。
ニット帽とネックウォーマーの隙間から薄紫に色付いた空を見上げる。
この感情の答えはどこにあるんだろうか。
3月になって春はすぐそこだというのに気分は弾むどころか沈むばかりだ。
…
……
文仁が1組の越方に告白し、付き合い始めたのは高校の文化祭が終わった直後だった。
あいつも恋をしていたなんて全然知らなかった。
親友だと思っていたのにどうして……。
「相談しても困るだろうから黙っていた。悪かった。」
本人に尋ねてみるとこう返答された。
確かに自分のことさえわからないから。
しかも人の恋愛なんてなおさらだ。
だからってひとことくらいあっても良いんじゃないか?
そんなことを頭の中でグルグル考えていた11月上旬。
部活を終えて体育館から外へ出るとひとりの女子から声をかけられた。
名札の縁が青色だから2年生か?
「あの、すみません。」
「はい?」
「1年5組の村井康太さんですよね?」
「そうですけど。」
「お時間は取らせないのでちょっといいですか?」
「え。えっと……。」
「待ってるから行ってこいよ。」
隣にいる文仁がそう言うので目線を移してみるとニヤニヤと笑っていた。
こいつ……楽しんでやがる。
文仁は手を振り俺と先輩を見送る。
人の気持ちも知らないで……。
先輩に付いていくと体育館裏で立ち止まりこちらを向いた。
このシチュエーションってもしかして……。
いやいや、考え過ぎるな。
そうだ、きっと落し物を拾ってくれてそれを返すために決まっている。
「あの、失礼ですがお名前は……?」
「2年3組の端倉真実です。」
「ど、どうも。初めまして。」
「4月の部活動紹介で見てました。」
「え?」
「1年なのに2年に混ざって試合するなんてすごいですね。」
「あれですか?いやー、部活紹介なら目立ってナンボだろって先輩とノリの良い顧問が決めたんです。」
「でも全校生徒の前で『ちょっと待ったぁあああ!!』なんて声出せるなんてすごいですよ。」
「いやぁー、裏返ってましたけどね。」
俺の方が年下にも関わらず敬語の彼女にどうも調子狂う。
苦笑いをしていると、真実先輩は引き締めるかのような素振りをして俺の目を真っ直ぐ見つめた。
「あのですね。本題の前に1つ聞きたいことがあるんですど。」
「なんですか?」
「いつも一緒にいる女の子いますよね?仲良いんですか?」
「里莉のことッスか?仲良いっていうか幼なじみですよ。」
「そうなんですか?付き合ってるとかじゃなくて?」
「まさか。あいつ俺のこと男だと思っていないですし、なんでも好きなやつがいるっぽいですよ。」
「本当に?良かったぁ……。」
良かった?
彼女は息を吸い込むと思いの丈を俺にぶつけた。
「私、歓迎会のときからずっとあなたのことが好きなんです!年上だけど付き合って下さい!」
……。
これ、ドッキリじゃないよな?
同じ部活の奏介あたりが影で嘲笑っているとか?
顔を真っ赤にして頭を下げる彼女に悪いと思いながらも、振り返って確かめてみるが誰もいない。
緊張しているのか身体が震えているところを見ると嘘だと言えなくなってしまった。
何と答えていいか迷っていると彼女は顔を上げ、俺との距離を詰め寄る。
まじまじ見ると結構美人だ。
つり目なあいつと違って少しタレ目で優しそうな印象を与えてくれる。
肩甲骨あたりまで伸ばされた黒髪から女子独特の良い匂いが……。
それに加え涙で目を潤ませる様子が俺の性癖にグサリと刺さる。
……って変なこと考えるな、康太!
「ほぼ初対面なのにいきなり『付き合おう』なんて困りますよね。ゴメンなさい。じゃあ、友だちからはどうですか?」
「まぁ、それなら。」
「ありがとうございます!付き合いたいって気持ちになったらいつでも言って下さいね!」
そう言うと彼女は丁寧にお辞儀をして校門の方へ走り去ってしまった。
思考停止したまましばらく呆然と突っ立っているとしびれを切らした文仁が俺の頭を平手打ちしてきた。
「痛って!」
「いくらなんでも遅すぎるだろ!で、どうだったんだ?やっぱり告られたのか?」
「……俺告られたんだよな?夢じゃないよな!?」
「俺に聞くんじゃねーよ!なんなら往復ビンタしてやろうか!?」
「いや、いい。16年生きてきて今が最高の気分なんだ。余韻に浸らせてくれ。」
「キモッ。かなり待たせたんだからコーヒー奢れよ。」
「……300円までな。」
少し不満そうな顔をした文仁だったが金欠なんだ。勘弁してくれ。
小学生からバスケ一筋だったけれど年頃らしく恋愛っていうのも悪くないよな。
午後6時。
くだらない話をダラダラ続けていると、自宅まで送ると言うので甘えることにした。
その途中に里莉と遭遇したのでからかってやる。
軽く尻を蹴ると「その調子だと彼女ができない」と悪態をつかれたが「今日できた」と言ったらどんな反応するだろう。
スマホを見た文仁が彼女と約束があると俺たちに別れを切り出した。
店でコーヒー飲んでる間そんなこと言ってなかったような……。
駅に向かう文仁を見送り、何があったのかしつこく聞かれたので声を少し張り上げあいつに今日あったことを話す。
「さっき学校出るとき告られた。」
里莉。普段バカにされ続けている俺だけど、一足先に大人の階段登ったぞ。
だからお前も早く来い。
彼氏ができると思うとちょっと複雑だけどそいつと仲良くできそうな気がするんだ。
立ち止まったり歓迎の拍手が大げさだったりと違和感があったが、家族ぐるみで一緒にいた相手だから物悲しい気持ちになったのだろう。
実際里莉はひとりっ子だし余計そう感じるに決まっている。
玄関のドアを抜けると一目散に自室へ向かう。
カバンだけを無造作に放り出すと着の身着のままベッドにうつ伏せで寝転ぶ。
女に告白させるなんて男じゃないよな。文仁や奏介に笑われちまうぜ。
でもこのままだったら部活だけの高校生活になっていたはずだ。
だから工程は少し違えど付き合えるなら結果オーライだ。
よし、そう思うことにしよう。
俺は意を決し、スマホをポケットから取り出した。
あ……。
連絡先聞くの忘れた……。
…
……
それからの日々は最高だった。
彼女が調理実習にときには内緒で料理を振舞ってくれてたり勉強を見てくれたり。
文仁とその彼女の越方と一緒にダブルデートなるものもした。
途中里莉が働いているクレープ屋に行ってみようと提案されたが断った。
だってお互い気まずいだろ?
付き合い始めてから1ヶ月ほど経った12月中旬。
普段ニコニコと笑いかけてくれる真実だったが俺が目を離した隙に見せる寂しげな顔。
気のせいだと言えばそれまでだけどどうも引っかかる。
学校でもなんだか避けられてるような。
イライラが募った俺は真実をLINEで放課後教室に呼び出し怒りと疑問をぶつけた。
部活なんて1日くらいサボったってどうにでもなる。
「どうして避けるんだ!俺何かしたか!?」
無言のまま俯く彼女。
バイトをせず親の小遣いだけで生活している俺に何を求める。
高校生のデートなんてフードコートの飯やタピオカドリンクを奢ることで精一杯だ。
物がほしいなら社会人の彼氏を作れば良いだろ。
「違うの……。康太くんは悪くない。」
「え?」
「ずっと言えなかったんだけど、私高校の1年まで群馬にいたんだ。」
「そうだったの?」
「うん。親の仕事の都合で春休みになるころには引っ越して2年になると同時にこの高校に転校してね。」
初めて彼女の口から語られる事実。
だが本題はここからだった。
「向こうにいる間はそれなりに楽しかったし友だちもいた。あと彼氏もいたの。ずっと黙っててゴメンなさい。」
「謝らなくていいよ。それで?」
「それで、今年の2月くらいに引っ越すことと遠距離恋愛になることを伝えて、終業式を迎えるまで普通に過ごしていたんだけど、ここでの生活が始まった途端急に連絡が取れなくなってしまったの。」
「うん……。」
「自然消滅したんだなぁ……って人ごとみたいに思っていたんだけど経験してみると辛いね。」
「じゃあ、俺と付き合い始めたのってその寂しさを紛らわすため?」
「言い方悪くなっちゃうけどそうなるのかな……。」
「男だったら誰でも良かったの?俺を好きになったっていうのは嘘だったの?」
怒りが顔に出ていたに違いない。
自分でも驚くほどに低い声が口から漏れた。
それを聞いた真実は目に涙を浮かべ必死に首を振る。
「違う!彼氏の気持ちがわからないまま意気消沈しているとき、歓迎会でバスケを一生懸命しているあなたに一目で心を奪われた。こんなにキラキラと輝いている人なんて見たことないって。」
「大げさだよ。それにあれは先輩と顧問に命令されてやったことだし。」
「大げさでも命令でもなんでもいい!現に私はあなたに救われた!それが事実なの!」
言葉の勢いに任せ真実が俺のブレザーを両手で掴む。
涙をボロボロと流し気持ちをぶつける彼女がどうしようもなく愛おしくなった。
年上だけど妹と接している気持ち。
そういえば付き合っている間こんな風に声を荒げることなんてなかったな。
俺は彼女の両腕を掴みひとことひとこと自分の頭にも叩き込むように言った。
「真実はこれからどうしたい?」
「康太くんと別れたくない。」
「でも元彼のことが忘れられないんだよね?他の男がチラつくまま付き合いたくないな。」
「うん……。そうだよね。」
「じゃあ、ゆっくりでいいから考えて。俺はどんな答えでも受け入れるよ。」
「うん。ありがとう……。」
真実は俺を抱きしめた。
でもなぜか俺は腕を背中に回すことができなかったんだ……。