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司令官達は心配性

「……話し合いの最中、随分と静かだったな」

「私は既に存知上げていることでしたので」


 ヴェスト王とギルバート侯爵の関係について意外な事実が発覚した後、ギルバート侯爵は執事に呼ばれて退席した。多忙なのは彼女も同じのようだ。

 この話をしたいが為に呼んだのだろうかと首を傾げたが、ギルバート侯爵の忠誠心はヴォルファルアとの戦争の経緯が発覚しても揺らがないという事実が確認できただけでも僥倖だ。


 だって、人によっては懐疑的だもの。王家が戦争責任とか問われる部分あるよ?ヴォルファルア側が求めなかったから、ヴェスト王家に対する糾弾が表に出なかっただけだと思う。


(……まぁ、そうだとしても陛下の御世は決して争いを起こしてはいなかったからな。その経緯を聞けば、ヴェスト側は誰も抗議の声も上げられないだろうけど)


 現ヴェスト王ハルラスト・カイルはギルバート侯爵家とともに即位前の父親から王位を簒奪して、その地位に就いた。その経緯の認知度は不明だが、今のところ戦争責任を問う声が上がらないことからすれば、ヴォルファルアに宣戦布告した当時のヴェスト王ロイムスと、現国王ハルラスト陛下の評価は完全に別物とされているのだろう。


『……レシアって、ハスレンによく似ているよね』

「そうですか?私には余り祖父の記憶がないのもので」

『…………そう』


 ……思い切り何かあるって顔してるけど。君は本当に表情が豊かだね。


「何ですか、その間は」


 レシアは怪訝な表情を浮かべてルクスを捉えるが、彼は首を振った。


『まぁ、いいじゃない。それより秘密のお話が終わったんなら、アルベルトを呼んだ方が良いんじゃない?』

「あぁ、そうだね。蚊帳の外じゃ可哀相だ」

『まぁ、今頃ヴォルファルアと連絡取ってるかもしれないけど』

「……何で?」

『微量の魔力の流れを感じるから、そうじゃないかなって』


 ルクスが感じ取ったと言う魔力の流れはライトには感じられないが、そうなのか?と視線をやれば、レシアが頷いた。……俺が蚊帳の外か。


「あ、終わりました?」


 アルベルトを呼べば、何時ものような飄々とした笑みではなく、何処か疲れたような顔をしていた。


「あぁ、終わったけど、何をやってたの」

「ちょっと、ヴォルファルアに連絡を」


 本当に連絡していたのか、とレシア達を疑う訳ではないのだが、アルベルトが態々この段階で報告を入れる必要性が分からなかった。


「……先程の内容で何か報告するようなことってあった?」


 ライト自身、ヴォルファルアに対する失言の数々がある以上、身構えても仕方ないと思う。

 ルクスは大丈夫だっていうけどさ……あぁ、ルクス、君はとても楽しそうだね。


「いえ、それが……私がヴェストに残ると言うことについて、司令官達から小言が」

「小言?」


 アルベルトのヴェスト滞在に関して、司令官達は知らされていなかった訳ではないだろう。不思議に思って首を傾げれば、アルベルトが溜息を吐いた。


「…………はい」

「何だ、その疲れ切った溜息は」

「聞いて下さいます?」


 じと、と何故だか据わった目で見据えられた。怖い。

 レシアと顔を見合わせてから頷いた。……ルクス、思いっきり笑っているけど、内容まで知っているのかな?


「……聞こう」

「それがですね!まずは東方軍司令官のライカ殿からなんですけど!」


 まさか、一人ずつ……?


「『お土産宜しく!』だそうです」

「……お、おう、そうか」


 密偵にお土産って、普通頼むか?観光じゃないんだぞ?

 あぁ、でも、仕事帰りに余裕があればできなくはないのかもしれない。


 ヴェストとは和平条約を結んだのだから、ヴォルファルアに帰郷する前に土産を用意することは可能か。そう思えば、友人に対する微笑ましい甘えだろう。ほのぼのするな。


「で、南方軍司令官のルイーシェ殿からは『他人様に迷惑を掛けるな、時間は守れ。定期連絡を忘れるな』だそうです」

「……おう」


 それは改めて、成人男性に注意することか…?

 短く簡潔だが、その内容に首を傾げたくなる。アルベルトは溜息を吐くと「相変わらずですが、愛想のない方です」とぼやいた。……いや、態々連絡をくれたんだろう?


「次、北方軍司令官のセイン様からは『これから暖かくなるとはいえ、野外はまだ冷えるから野宿は控えること。体調管理こそ基本であることを忘れないように』とのことでした」

「し、心配されているんだな?」

「……そうですね」


 何故、遠い目をする。……いや、注意事項が子供に向けているようだけどさ?南方軍司令官殿と同じで。


「次、西方軍司令官のイリス様からは……」

「い、言いたくないならいいんだぞ?」


 一層深い溜息を吐くアルベルトに、聞くのが恐ろしくなった。


「いえ、そうではなくて、ですね?内容が……『食事は好き嫌いをしないこと。迷子になったら連絡をすること。分からないことを自分で調べることも大切だが、人に聞くことも大切だ。特にお前は一人の時間が長かったようだが、人に聞いて解決するならば意固地にならずに頼りなさい。怒っても、嫌っている訳ではないので、そこは勘違いしないように。帰って来る時は連絡すること。食べたい物のリクエストは早めに送りなさい。では、帰って来るのを楽しみにしている』……と」


 よくも噛まずに言えたなぁ、と感心しつつ、その内容には生温かい気持ちになる。


「まるで、遠出をした子供に対する扱いだな……?」


 イリス・グロアと言えば、グロア家の長男で弟が二人いるから面倒見がいいのか。

 息子の他に養子を引き取って育てるくらいだし、子供好きなのかもしれない。それでも既に成人し、密偵として送り込んだ者に対してこの扱いか、と言いたくはなるが。

 まぁ仲が好くて何よりだ、と笑って肩を叩いたら、アルベルトに両肩を掴まれた。……若干涙目になっていないか?


「まだあるんです!最後!中央軍司令官のカディアス殿から!」

「お、おう……」


 勢いに気圧されつつも応じれば、アルベルトは息を思いっきり吸った。


「『元気にしているかい?元気じゃなくなったら、飛んで行くから直ぐに連絡をするように。お前が元気になるまで付き合ってやるからな。今度は何処に遊びに行こうか?仕事の息抜きも大切だからな!あぁ、仕事に関して心配はしていない。だが、体調管理と日常生活は問題ないか?好き嫌いは極力直せよ。イリス様とアルカ様はお前が食えるようになるまで色々試す気満々だから。それはそうと、腹を出して寝るなよ?暖かくなっても、冷たいものばかり食べないように。目新しいものに興味を示すことは良いことだが、食事は食事、おやつはおやつとして分けること。あぁ、おやつと言えば、シェリス様が大陸で流行っていたとか言って、何をしたのかレシピまで貰ってきたみたいだ。アデュエル様の所に今度食べに行こう。その時には皆でだからな、抜け駆けはなしだ!じゃあ、次の休暇は皆で待っている!無事に帰って来るように!』……と」


 一気に捲くし立てられ、思わず身を引いた。その内容は非常に陽気で愉快なのだが、アルベルトの剣幕に引いても許されると思う。


「………そうか」


 他に何を言えと?

 アルベルトの物言いたげな視線を受けたが、如何しろと言うのだ。


 ……あぁ、レシアは生温かい目を向けているわ。

 ルクス、爆笑中か。ねぇ、ルクス。『流石、グロア家の養子!』ってどういう意味……?


「私を幾つだと思っているんですか!?あの人達は!!」


 我慢できなくなったのか、アルベルトの咆哮のような声が屋敷に響く。


「内容的には五、六歳児でしょうか。好き嫌いをしないとか、お腹を出して寝ないとか」

「迷子とか…寧ろ、何故そのレベルの注意事項……」


 普段、飄々として掴み所のないアルベルトだが、ヴォルファルアでは子供扱いとなっているのが笑えてくる。成人して尚、子ども扱い……他人事だからこそ笑えることだが。自分だったら居た堪れない事この上ない。


「私が新参者だからだと思うのですが……あの方達にとって、私はまだ漸く一人で歩き始めた子供のような扱いなのです」


 成る程、それなら納得だ。


「納得しないで下さい!まだライカ殿の『お土産宜しく!』が対等な扱いですよ!」

「そうだな……一番、対等な友人のようだ」


 一番アルベルトと年齢が近いのだろうか。

 アルベルトがヴォルファルアでどのような生活をしているかは知らないが、そのような頼みごとをしてくる友人がいるならば、彼にとってヴォルファルアは利害が一致しただけの契約関係ではないのだろう。


「ちょっと安心したよ。ヴォルファルアはお前をちゃんと案じてくれているんだな」

「寧ろ、心配性すぎて困ります。過保護です、愛情過多です、ちょっとその愛情を仕舞い込む努力をして下さって思う程です」

「…………大変だな」


 色んな意味で。


「でも、教育はスパルタです。飴と鞭がそれぞれ過剰です」

「……つまり、今は飴を与えられていると?」

「そうですね、恐らく帰ったら帰ったで、鞭も待っています」


 その鞭に該当するのは、何だ?


 ヴォルファルアに関しては会話すら謎が多い。


◆◇◆◇◆


「――失礼致しました、ライト殿下」

「何か問題でもあったのか?」


 アルベルトのヴォルファルアの司令官達に対する愚痴――傍から聞いていれば、一人立ちしたがる子供を甲斐甲斐しく世話しているような、そんなほのぼのとした内容――を聞きていると、ギルバート侯爵が戻ってきた。


「我が領地で、山賊が村を荒らしていると以前から報告を受けていたのですが……隣国に対する警戒も解けていない状況でしたから、なかなか捕縛に至らずにいました。今回の和平を機に、騎士団の大幅な人数を山賊討伐に向けるように、との指示を」

「そうか、ギルバート侯爵には国境警備も任せてすまなかったな」


 ギルバート侯爵領はヴォルファルアとの国境に位置する地域だ。領民の保護は勿論だが、国境を突破されれば、侯爵領どころか国そのものが危ぶまれる以上、国境に人手を割いたのは必然。寧ろ中央で人員調整をするべきところだ。


「いえ、それは我が領地の任務です。殿下が謝られるようなことではありません」

「ふむ…それならば、ものの序だ。俺達も加勢しよう」

「殿下、それは…」

「勿論、手柄は侯爵領のものだ。隣国との不和を齎した王家に代わり、今の今までその負債を背負ってくれたのだから、それくらいしても罰は当たるまい?」


 構わないな?とレシアに問えば、肩を竦められた。……了承ではなく、仕方ないとでも言いたそうだ。いや、そう言うとでも思っていました、とでも言いたいのかな?


「それでは、担当している者を呼びましょう」

「いや、悪いが直接乗り込ませてもらう。時間が惜しいしな」

「侯爵閣下、申し訳ありませんが、私も同感です。憂いは早くに晴らすべき…担当の騎士団には懇意にして頂いておりますし、唐突でも問題ないかと」

「…………分かりました。それでは、案内だけでも」


 何処か呆れたような侯爵だが、その目は優しい。


「思い立ったが吉日、とも言いますしね……殿下がいらっしゃった日に報告が来たのも、何かの縁かもしれません」

「手間を掛けさせるな、侯爵」

「いえ……やはり、ライト殿下は陛下の御子だな、と思わされるくらいで」

「……………そうか」


 そんなに俺は似ているか。顔が似ていると、変装していても王弟に見破られるくらいだからな。そこに性格まで加算されるなら、陛下の実力も欲しかったよ。


「おや、昔は『陛下に似ていらっしゃる』と申し上げた途端に機嫌を損ねられていたのに」

「そうだったか?……すまない、記憶にないのだが」

「ふふっ、今はそうでもないようですので、私としても幸いです」


 笑みを浮かべたギルバート侯爵に、ライトは何とも言い難い。


 ……いや、陛下に似ているというのは恐れ多いとか、思うことはあるよ?

 でもね、レシア、その微笑ましそうな顔は何かな?

 アルベルト、お前はニヤニヤしない。先程まで故国での子供扱いを嘆いていた癖に。


『ヴェスト王の子供の頃と、ユキリアはそっくりだよ。あぁ、王は少し吊り目がちだけど』

「……容姿の話はもういいよ」


 表情豊かなヴォルフェルスの龍はご機嫌なのか、尻尾を揺らしていた。


『そう?まぁ、山賊退治に僕は必要ないだろうから僕は先に休むよ』

「ん、そうか…お休み」


 ルクスはもう一度尻尾を揺らすと、光の粒子になって消えた。パキン、と微かになった音はレシアが結界を解いた音だろう。


「――さて、じゃあ久し振りに行くか。リオライド離宮に」

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