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白雪の館

 館の裏手は生い茂った森が広がっている。表の庭園のような華やかさは皆無だが、ライトはありのままの自然を生かした森が好きだった。森の動物もいて遊び相手には困らないし。


「……あれ?」


 ふと、ライトは異変に気付く。この森の向こうの建物は今、使われていない筈だ。風が吹いている訳でもないのに木々が不自然に揺れている。


「……侵入者ですか」


 レシアが腰に提げている剣を掴む。王城の、しかも王族が住まう区域に入り込むなんて何処の誰の差し金か。少なくとも「迷い込んだ」で済む話ではない。


「まさか、令嬢が入り込んだとか?」


 令嬢ならば、問題ない。いや、問題ない訳ではないが、彼女は王族なので少なくともこの森に立ち入る権利がある身分だ。とはいえ、捜索されている令嬢が入り込んだなら保護しなくてはならないが。

 音を発てないように気配を探りながら進む。万一にも刺客の類だった場合、迂闊に近づくと逃げられてしまうし、隠れて反撃されると厄介だ。

 草木を掻き分けて進めば、石造りの建物が見えてくる。この辺りには誰もいない。気のせいだったかと思ったが、レシアは警戒を怠らない。

 森の奥へと進む先にある〈白雪の館〉は王城の中でも特別だ。ライトの居住はヴォルファルア王朝時代の建物ではあるが、改装を重ねて比較的新しいのに対し、〈白雪の館〉は先代王朝時代に建造された当初のままだと聞いている。

 森を抜けると、〈白雪の館〉が見えてきた。〈白雪の館〉の名の通り、壁は白い。雪が降った暁にはさぞ幻想的な城になるだろう、とその名に相応しい情景が頭に浮かぶ。


「行ってみるか」


 入口は両開きの扉だ。扉には先代王朝の紋章が刻まれている。未知なる城の一角の扉を開けて中に入れば、その構造と状態に呆気にとられた。あちら此方に張り巡らされたステンドグラスが石の壁や床に彩りをもたらし華やかだ。

 しかし、残念なのはこの埃を積もらせた床と壁に張り巡らされた蜘蛛の巣だ。侵入者の足跡が確りとついていることは有り難いのだが、使われていないとは言え、仮にも王城の一角がこの様な状況でいいのだろうか。


(……良いわけないよね、というか、レシアが許さない。断言できる)


「……酷い状態だな」

「えぇ、まったくです…さて、と。どの足跡を追いますか?」


 思わず呟いた感想に同調したレシアだったが、流石、目的を忘れていない。


 でもね、レシア。その目が怖いの。……多分、近日中にお掃除隊が組まれると思うんだ。レシアの命で。


 絨毯に残されているのは複数の革靴の足跡と、女性物のヒールらしき足跡。女性で此処に入れるとしたら、正妃と公爵令嬢姉妹だけだ。正妃が館に入るなら人の目を避ける必要はないだろうから、まず掃除してからだろう。そもそも高貴な身分の女性がわざわざ埃にまみれた館に入る必要はない。


(この足跡は多分、ミカエル嬢のものだよな…)


 失踪した時間からしても、この新しい足跡は説明がつく。その他複数の足跡が気にならないでもなかったが、失踪している令嬢の物らしき足跡を辿り、長い廊下を進んだ。その先には階段があった。その踊り場には巨大な絵画が飾られている。

 アメジストを思わせる妖しげな紫色の瞳、鋭く光る牙と鉤爪。青銀の鱗に覆われた肢体。大きく広がった翼。

 白い壁に掛けられた絵画の一面に描かれた巨大な龍は見る者を魅了し、圧倒させ、畏怖の念さえも抱かせる。その姿は雄々しくも美しく、まさに神のような絶対的な存在であり、他者を寄せ付けることを許さない孤高の存在。

 しかし、その印象に反して巨大な龍に寄り添う、うら若くも老成した眼差しを持つ美しい青年がいた。青年の瞳は龍と同じ紫色だが、彼の髪は黒く身に纏う服も濃紺色であり、白銀の肢体を持つ龍とは対照的だ。

 龍は雄々しく威厳に満ちた姿をして青年に寄り添っているが、その青年の方はというと、何故か淡く儚い笑みを浮かべている。


(ヴォルフェルス、王か…)


 嘗てこの島を統一した王の肖像画だと聞くが、実際の所は不明だ。そんな大昔の人間の肖像画など残っている筈もない。


(……というか、その時代にこんな肖像画を描く技術があるとは思えない)


「──ライト様?」


 すっかりと絵に見惚れていたライトにレシアが呼びかけた。レシアは階段手前の部屋を示している。ライトは彼を追って中に入った。部屋は書斎だったのか壁沿いに本棚が並び、執務机が置かれている。埃の上に着いた足跡は壁に向かって続いていた。


(はて、これはどういうことだ?)


 壁に向かって一直線に進む足跡がぱったりと消えている。まるで彼女が壁に吸い込まれたかのような状況にライトは眉を寄せた。


「これ、隠し扉?王城の隠し通路か?」


 薄らと積もった塵芥に一直線の筋が残っている。それに被さるように女性物の靴跡が残っていた。


「それにしても何で、わざわざ?こんなの使う必要なんてあるのか?」


 何故、令嬢の足跡がこの通路へと続いているのか……ねぇ、嫌な予感がするのは俺だけじゃないよね?


「隠し通路は人目に付かず城外に出ることが主な目的になります。王城が緊急事態になった場合の避難路ですから、門を通らずに城外に出た可能性が…」

「城外に?」


 お転婆と有名な令嬢ではあるが、そこまで常識を逸脱する令嬢がいるだろうかとライトは首を傾げた。


「レシア、この扉を開けられるか?」


 王城の隠し通路は館によって開け方が異なる。〈白雪の館〉は通常は使われていないので、ライトも開け方を聞かされていない。


「力尽くで開くような代物ではないと思いますが」


 レシアに真顔で返されて「だよね」とライトは部屋を見回す。


(……動くのはこの本棚の筈なんだけど)


 起動スイッチは何処か。埃の散り方からして、壁の横の本棚が横にずれるのだろうが、それらしいものは見当たらない。手当たり次第に壁や本棚に触れてみるが、装置は作動しない。

 ライトは改めて部屋中を見回した。天井に着きそうな本棚、少し低めの本棚、壁、出入り口の扉、バルコニーに続く窓、その手前に執務机がある。執務机の上には燭台があり、昔の主はここで仕事をしていたのだろう。

 燭台は独特な装飾が施されていた。翼を持つ龍が二匹、燭台を囲うように配置されている。右側の龍の瞳はアクアマリンのような青で、左側の像はルビーのような赤だ。


 それにしても何処かで……この形の像に見覚えがあるが、何処だったか。


「あ、謁見の間の前だ…」


 この燭台のように二頭の龍が並んでいるのは、中央の宮殿〈麗鳥の館〉の最奥、王に謁見叶う場所だ。その扉の前の両脇には見上げるほど大きな石像がある。かつてこのヴェルファート島を統一したヴォルフェルス王朝の始祖が龍の姿で天から舞い降りたという伝説に準え、その時代の建造物には石像が建てられているという。先程の、階段の絵画もそのアルカディアス王をモデルにした絵だろう。


「そういえば、俺の部屋にもあったな…」


 石像ではなく、壁画だが。

 しかし、何かが足りない。ライトは首を捻った。こうして二頭揃っているのだが、どこか違和感を覚える。壁画の配置を思い出して、その違和感が分かった。


「もう一頭…紫の瞳の龍がいない」


 ライトの部屋の壁画の中央には紫の瞳の龍がいるのだ。とはいえ、三頭で一組という訳ではないだろうから、これは壁画を見慣れているライトの違和感に過ぎないだろう──と思ったのだが、紫の瞳の龍がいないだけではなかった。


「そうだ……この二頭、向きが反対だ」


 違和感の正体を理解して、両手を伸ばす。赤い瞳の龍を東向きに、青い瞳の龍を西向きにした瞬間だった。


 ガコン。

 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ。


 何かが外れる音がしてから、何か重い物が動く鈍い音がした。音に引かれて呼ばれて振り返れば、西側の本棚があった場所にぽっかりと穴が開いていた。本棚が右側にずれて隠し通路が露わになったのだ。

 思わずレシアを見上げると、レシアもライトを見返した。その美麗な顔は何処か拍子抜けしたようなもので、ライトも苦笑を漏らす。


「……スイッチは、これか」


 執務机の上にある燭台の二頭の龍は東西に顔を向けて知らん顔だ。……確かに王家の人間でもなければ龍の瞳の色など気付かないだろうけど、余りに単純な仕掛けではないか。

 そう思いながら知らん顔した龍の頭をぽんぽんと叩いた。さんざん部屋を荒らしまわった割にあっけなく、少々肩透かしを食らった気分だが、とりあえず無事に後を追えそうだ。


「じゃあ、行こうか」


 隠し扉に罠は無さそうだと確認したレシアに声をかけ、通路に足を踏み入れた。


 あ、そういえばどうやって扉を閉めるんだろうか?

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