会談2
ヴェスト王城、ヴォルファルア王との会談の場。
「我々の考えが正しければ、エリシアントは我々の敵にもなる……如何かな?敵の敵は味方と言うし、我々と手を組まないか?」
足を組み、まるで手を差し伸べる様に、手の平をヴェストの人間に向けた。不敵な笑みを浮かべるアレンに、ライトは目を瞠った。
長年、敵と見做して来た国と手を組む、と……?
そんなことが簡単にできるのか、とライトは弾む胸を押さえつけた。戦争が終わると言うのなら嬉しいことだ。しかし、エリシアントを敵と見做すと言ったアレンの言葉に、ライトは不安を覚えた。
戦争は、終わらないのか。
無意識に服を掴む。その時だった。
「ライト殿下はどう思われる?」
鼓膜を揺らしたのは、ヴァルファルア王の声だった。
俺?と思わず視線を向ける。……ご指名かよ。あの、優雅な笑みですが、俺のこと覚えておいでですか?
「――ライト、我としてもお前の意見を聞きたい」
静かな青い眼がライトを捉えた。ハルラストの瞳はルークと同色でありながら、温かみが感じられない。ハルラストの言葉が鼓膜を揺らすと同時に、一斉に視線が集まった。
『わぁ、注目の的だね!』
見えていないからか、ルクスのお気楽な声が聞こえてくる。
(変わってくれよ、ルクス……!)
そう思いつつ、答えない訳にはいかない状況であった。周囲の視線が痛いほど突き刺さる。要するに、重臣たちは「ヴォルファルア王の機嫌を損ねるな、この出来損ないが!」と言いたいのだろう。……信用無いな、当然だけど。
だが、ライトはその場に合わせるような回答は持ち合わせていないし、嘘を吐くことはできなかった。
……どうせ、俺が何言ったって無駄だしぃ。
ルクス、笑うな!俺には相手のご機嫌伺いができる程の会話術などない!
半ばやさぐれるようなことを内心で思いながら、それなら正直に言おうと覚悟を決めると、息を吸って腹に力を込めた。
「私は誰とも争いたくはないと考えております」
これ以上、誰かが死ぬことを考えたくない。戦争を起こしても、失うものばかりで、得るものはないと知っている。……血で染まった大地も、倒れた騎士達の姿も鮮明に覚えている。異母兄もまだ眠ったまま。
それらの想いを抱え、ライトはアレンを見据えた。
「国を守ることに重点を置き、敵国に攻め入ることには反対です。……貴国がエリシアントに戦いを仕掛けると仰るのなら、私個人としては協力できません」
できることなどないけどね、と内心付け加えると、しん、と会場は静まり返る。誰もが絶句し、部屋全体が静寂に包まれた。だが、唖然とした家臣や重臣の反応に興味はなかった。
……さて、ヴォルファルア王の反応は、と。
「……フッ……アッハハハ!」
静寂を破ったのはやはりというべきか、アレンだった。だが、彼の反応は思いも寄らないもので、ライトは茫然とした。彼の笑声が広間全体に響き、誰もがライトと同様に呆然とするか、愕然としていた。……ただ一人を除いては。
「――クラリスト、笑い過ぎ」
落ち着き払った、けれど少し怒ったような口調。ルイスの手がアレンの頭をクシャリと撫で、ルイスが体重を掛けたと同時に王は体勢を崩し、笑い声が途絶えた。
「だ、だって……ルイス」
ルイスを見上げながら名を呼ぶアレンは、年相応の子供の様な表情だった。側近にセカンド・ネームを呼ばせている王にも驚いたが、何よりその表情に驚く。
「皆様、大変失礼致しました」
ルイスは頭を垂れた。唖然としていたライトだが、我に返り、アレンに問う。
「何が可笑しかったのです?ヴォルファルア王」
「いや、本当に失礼」
罰の悪そうに苦笑を噛み殺すような表情を浮かべるアレンが、この部屋に堂々と入って来た人物と同一人物とは思えなくなった。アレンは頬を紅く染め、咳払いをすると。
「余りにも、ルイスが言っていた通りだったので」
そう言いながら、アレンは横目でルイスを見た。すると、ルイスは肩を竦めた。……えーっと、何処かで接点がありましたっけ?いや、ないよね?
「まぁ、兎に角。余りにも想像通りの回答をされたので……御気を悪くされたなら謝罪しよう」
苦笑を浮かべ、ライトをその瞳に映したアレンは大人びた笑みを浮かべる。
「……そう答えると予測していたのならば、如何する?ヴォルファルア王」
動揺一つ見せないハルラストは、静かにアレンを見据えていた。
「取り敢えず、休戦が宜しいかと。無駄な戦いはエリシアントにとっての得にしか成り得ない」
アレンの言葉に、ハルラストは即座に了承の返答をした。
議論の余地がない。重臣達も誰一人異議を唱えなかった。否、この状況下で異論など唱えられないだろう。
……無事に休戦できて何よりだ。
ライトもほっと息を吐く。和平条約を結ぶにはまだ条件やら色々とあるだろうから、正式な休戦になっただけでも喜ばしい。
「……あぁ、そういえば忘れるところだった」
アレンが目配せをすると、ルイスは装飾された箱を卓の上に置いた。宝石を散りばめた赤い箱を開けると、誰もが目を瞠った。
「『ヴォルフェルスの瞳』……!?」
盗賊が出現した競売で見た、あの龍の像。しかし、その目の色は『青』だ。
沈黙を貫いていた重臣が目の色を変えて声を上げる。……あ、そういえばこの声、聞いたことがあるな。競売会場にもいたのか、彼ら。
「これがヴォルフェルス時代の国宝であることはご存知か?」
「あぁ、『ヴォルフェルスの瞳』は三つ……赤、紫、青の瞳を持つ龍だったな」
「えぇ、これはその内の一つであり、史実によるとヴェストに収められているべき国宝であった筈」
「そのようだな。あぁ、貴殿もご覧になったであろう。この部屋の前にも石像だが、ヴォルフェルスの龍がある。その像とよく似ている」
……暫く王同士の会話が続くようである。
『……こういう時って、国って面倒だね』
ルクスの呟きに、ライトは目を眇めた。
(そうだね……お互いに出方を伺っているみたいだ)
『ヴォルフェルスの瞳』が故あって国外に持ち出されたことは互いに承知している。しかし、ルークが考えていた国宝を用いての取引を、まさかヴォルファルア側にされるとは。
『多分、ヴォルファルアはあるべき場所に返したいんだと思う。それがアルカディアスの願いだから』
ルクスは穏やかな顔をしている。どうやら、ヴォルファルアの思惑を理解した上で、それに感謝しているのだろう。
「――それで、我々はこの国宝をあるべき地に返したいと考えている」
「……成る程、その見返りは?」
ハルラストの反応に、ダークブラウン色の双眸が滑らかな弧を画く。少年染みた印象は払拭された隣国の王は毅然としていた。
「魔術の普及、周知を約束して頂きたい」
「……それにどんな意味が?」
「簡単に言えば、こういうことだ。……ルイス」
アレンの視線が、ルイスに向けられる。合図を受けて、ルイスは指をぱちん、と慣らす。
その瞬間、会場の天井から雪の花が散った。唖然とする者、何が落ちて来たのか分からず椅子から転がり落ちる者などで場は騒然とするが、壁際にいた護衛の騎士や座っていたロイド元将軍は反応して王族の護衛に回った。
しかし、これはただの雪の結晶だ。氷でない以上、少し冷たいだけで怪我をする危険性もない。ルクスに至ってはライトの肩を離れて結晶の間を飛び回って食べている。……美味しいのかい?
思わずジト目でルクスを追っていると、ルクスに視線でヴォルファルア王の方を示された。……あぁ、見過ぎたか。
「これは初級の水魔法で、人体に害はない。しかし、貴国は魔術に関して余りにも疎い様子だ」
「……成る程、いざエリシアントが攻めてきたとして、その場で得体の知れない術を使う者に怯えさせるな、と」
「場が混乱して隙を見せるような状況は好ましくない。我が国では魔術師が少なくない……その度に驚かれては共闘などできる筈もないという、我々の懸念はご理解頂けたか?」
未だに腰を抜かした文官達を見れば一目瞭然だ。騎士は守るべき王族がいたから、辛うじてその矜持から動けたが、初めて見る魔術に恐怖がない訳ではないだろう。
……あれ、そういえば俺、慣れ過ぎ?ヴォルファルア王と側近殿が此方を見ている気がするけど、気のせいだよね?
『だといいねぇ?』
(煩いよ、ルクス。というか、痒みはどうした)
『うん、気づかれた。これから宜しくって』
(……マジか)
ルイスといつの間にか会話していたことに気付かなかった。そこの間隔は共有したかった……いや、していない方が知らんぷりできたか。……できてなさそうだけど。
「魔術に対する理解を深める努力はしよう……此方にも人材がいない訳ではないからな」
……陛下、此方を見ないで下さい。〈爛月の館〉の者達のこと、もしかしてご存知ですか?いや、そうですよね、幾ら俺の管轄の館とはいえ、王ですものね。
「それなら安心して託せる……新たな同盟国の誕生に幸多からん未来を」
ヴェスト・ヴォルファルア戦争はこうして幕を下ろした。この後に停戦ではなく、正式な和平交渉をすることになった。それも、勝者も敗者もいない、和平な終戦だ。
ヴォルファルアとヴェストで交わされた条約の主な内容は、国交の正常化、対エリシアント同盟を結ぶことだった。ヴェストに対して提示された条件は客観的に見れば、もっと厳しいものでも良かった筈だが、ヴォルファルア側はそれを求めなかった。
不審に思いつつも、それを指摘するような者達はいない。半世紀にも及ぶ戦争――それも自国の非で始まった戦争だ――で賠償を求められないとは幸運だという認識だろう。
「――さて、では我々はこれで失礼するとしよう」
条約を締結し、ヴォルファルア王は席を立った。
それに合わせて側近のルイスとアルトが動き出す。
「あぁ、アルベルト」
ルイスに呼ばれたアルトは何かを耳打ちされて瞠目した。新たな仕事か何かだろう。動揺した様子のアルトに、ルイスは微笑んだ。窺うような視線に、ヴォルファルア王も微笑んだ。
「――承知致しました、陛下」
数拍沈黙したアルトは何かを諦めるような顔をして、頭を垂れた。
何を吹き込まれたのか、ライトには分からなかったが、アレンとルイスが踵を返したにも拘らず、アルトはその場から動かなかった。
◆◇◆◇◆
「――貴殿は国に帰らないのかい?アルベルト・デュアル殿」
ヴォルファルア王とその側近が会場を出て行き、会場は静まり返った。
その矢先、アルト改めアルベルトに、王弟アキラスト・ライルが問い掛ける。
「私の雇用期間はまだ終了しておりませんが?」
アルベルトは何時もと変わらない涼しげな表情を浮かべながら、二色の双眸を半月程の大きさに細めた。
「貴殿がこの城にいる理由が、まだあるのかい?」
何を考えているのかさっぱり解らない王弟は、艶然と微笑んだまま問いを重ねた。面白がっているように眇められた深青の瞳には何か別の感情を潜めているかのようにも見えるが、この王弟は王以上に分かり難いのだ。
「王弟殿下、何を仰います!」
「そうです!密偵の滞在を許す訳にはいきません!!それに、密偵など何を仕出かすか解ったものではありません!即刻処刑すべきです!」
重臣の一人が卓を叩いた。それに他の者も同意を示す。言葉に出さなくとも眉間の皺を深めている者達はヴォルファルアに出し抜かれたと焦燥に駆られているのだろう。
(鬱陶しい……帰りたい……)
ライトは貴族達に呆れた。敵国の密偵が見つかったとすれば、通常ならば処刑は免れないだろう。
しかし、戦争を終わらせ、たった今同盟を結んだばかりの国の密偵を刑に処すれば、条約破棄と取られてもおかしくない。
(……それくらい分かってる癖に)
口うるさい爺どもは、頭が固い。アルベルトに対する処遇は気になるが、この度の同盟に一役買った者を処刑などできる訳がない。
……話は終わった訳だし、帰っても良いよね。ルクス、帰ろう。
ガタン、と音を発てて立ち上がれば重臣のみならず、部屋にいる者の視線を全て集めた。
「……そうだ、元はと言えば殿下の館の人間でしょう!」
「この責任をどう取るお積りか!?」
騒ぐ貴族をライトは冷やかに見据えた。その瞬間、男達が息を呑んだのがわかった。元々、ハルラストとよく似た顔立ちである。冥府の王、と呼ばれる所以の眼差しはライトにも受け継がれていたようだ。
「責任?何か問題がありましたか?」
アルトを『友人』と公言したことが問題だと。……その認識は少なからずあるけど、元々は兄様の提案なんですけどねぇ。
「な……密偵ですぞ!」
再び騒ぎ出す重臣たちの言葉に、ライトは溜息を吐いた。
「……必要があれば、陛下の沙汰を待ちますが」
ライトはハルラストを見据えた。それに応じる様にハルラストの青い瞳がライトを捉え、凍てつく眼差しが交差すれば、周囲の者が息を呑む。
「処分は必要ない。アルベルト・デュアルがヴォルファルアの密偵であったことで、寧ろ事態の収拾に繋がった。あの者の行動で迷惑を被ったことは何もない……何かあれば、その責はヴォルファルア王が負うだろう」
「……お話が以上でしたら、退出しても宜しいですか?陛下」
ハルラストの許可を得てライトは席を離れた。そして、そのままアルベルトの横を通り過ぎたが、王に呼び止められる。
「その者が滞在する間はお前が管理しろ」
「……承知致しました」
ライトは王に一礼してからアルベルトを捉えた。
「……行こう」
ライトの言葉にアルベルトは表情を微かに綻ばせたが、ライトは眉一つ動かさず退出した。
……別に拗ねてないよ?ただ、ほんの少し考えたいだけさ。




