暴かれる、そして曝け出す
「おはようございます、ラミエル様、ミカエル様」
「おはよう、ルイーズ」
異母兄の婚約者とその妹に挨拶を述べ、侍女然としたライトは昨夜と変わらない様子に安堵した。
「昨夜の話は知っているかしら?」
「は…あ、もしかして、晩餐での事件のことですか?」
唐突に問われたことに一瞬、反応できなかった。
昨夜と言えば、アレしかないが、『ルイーズ』はあの場にいなかったので、事細かに知っているのはおかしい。余り口にするべきではないが、知らない振りをするのも、有能な侍女としては怪しまれるだろう。
「他の侍女たちから聞きました。何でも、給仕の者が買収されていたとか…」
流石に毒物などと口にするのは気が引け、語尾を濁した。
(そういえば、情報が入って来ないな…結局、あの給仕は買収されただけで終わりか)
内心、使えないと悪態を吐く。蜥蜴の尻尾きりになるのは分かっていても、何か痕跡があれば問答無用でアイゼイン伯爵を引きずりおろせたのに、と思わずにいられない。
「そうなの、それで、そこでも殿下が活躍されて!」
「さ、左様ですか…」
興奮した様子のミカエルに気圧され、ライトは思わず後退りしそうになった。……間近で褒められるとか辛い。
他人の振りをしている以上、止めろとも言えない。寧ろ、多少なりとも参加しなければ怪しいだろう。
「…ミカエル様は本当にライト殿下がお好きなのですね」
(――って、俺は何を口走ってるんだ⁉)
もっと言葉を選べ、と言った傍から自分を罵りたくなった。
世界の何処に、恋人でも婚約者でもない間柄で自分が好きだと確認するような問い掛けをする男がいる!……本当に彼女にはついて行けない。
何とか失言を悟られないように表情筋を駆使して笑顔の仮面を張り付けるが、少しでも気を緩めれば、動揺しきった表情が顔に出る自信があった。
「…好きよ」
が、ミカエルは顔を真っ赤にして短い応答をするので、思わずライトとしての表情が出そうになった。何時まで吊り橋効果が続くのか――と遠い眼をしかけたが、ライトは他人の振りをして微笑んだ。
「だって、殿下には二度も助けて頂いていますし、あんなに間近で殿下のお顔を拝見したのだって…」
既に真っ赤だった顔が、一層赤く染まる。……顔?そういえば、地下の一件では暗がりでしたね。俺はどうやら男にしては「可愛い」とか「華奢」と言われる部類に入るらしいですが?
「お顔が余程好みだったのかしら?可愛らしい顔をしていながら、とても聡明ですものね」
異母兄の婚約者からも妙な賛辞が聞こえ、ライトは表情が引き攣った気がした。……その可愛らしいって止めてくれ。
アルトに指摘された、『十五歳の割に華奢な少年』という評価に、ライトは地味に傷ついていた。
「そうなの!お義兄様からお聞きした話はどれも殿下のご活躍ばかり!でも、殿下ったらご自分の偉業を秘匿するのよ。お義兄様を立てていらっしゃるのは流石ですけど、もっとご自分の偉業を知らしめるべきだと私は思いますわ」
ライトの心境など露知らず、ミカエルは興奮気味に同意した。
ミカエルに知られるような功績なんてものがあっただろうか。そもそもルークから聞いた功績とやらは異母兄フィルターが掛り過ぎて、誇張されている節があるので余り期待しないでほしい。
……何時から此処は第二王子を評価する場になったのだろう。非難されるだけならまだしも、賛美の評価はされたことがない。くすぐったいような、むず痒いような、妙な居心地の悪さに、ライトはどうやってこの場を切り抜けようかと本気で悩み始めた。
「――お邪魔するよ、ラミエル」
「お父様?如何なさいました?」
突然、取次ぎを待つこともなく入って来たアキラストに、ラミエルは首を傾げた。
彼が取次を待たないのは以前にもあったことなので気にはしないが、アキラストの視線がライトに向けられて心臓が跳ね上がった。
「ちょっとルイーズ殿を借りるよ」
と言うが早いかアキラストに腕を掴まれ、ライトは部屋から連れ出された。
◆◇◆◇◆
「あ、あの、公爵殿下⁉」
ラミエルの部屋の続きの間を通り過ぎ、回廊まで連れ出されたかと思うと、手近な部屋へと連込まれた。これが女性の心境ならば、叫ぶなりすべきなのだろうか。……妙に冷めていて御免、俺は一般的な反応を知らない。
「…あぁ、ごめんね?」
アキラストはにっこりと微笑んだ。ちっとも悪びれていない王弟の様子が異母兄に似ていると妙なところで既視感を覚えてしまう。
「……何の御用ですか?態々、ラミエル様やミカエル様に聞かれないように部屋をお変えになったのでしょう?」
父親が浚うようにルイーズの手を取ったため、今頃、令嬢たちは茫然としているだろう。
令嬢たちの部屋の外にレシアを控えさせているので早々に戻らなくても心配はないが、王弟と二人という状態が、ライトにとって不味い状況である。
「君、やっぱりライト殿下なんだ?」
アキラストの唐突な指摘に、ライトは目を瞠った。
ば れ た 。
畜生、これで醜聞が増えた!おのれ、ノルデール公爵……やはり貴方が一番の敵だったか!
「初めて見た時から、そう思っていました。今の話し方はライト殿下の話し方そのものですし、間近で見ると陛下の面影があります」
後悔しても既に遅いが、ライトだと確信した王弟は話し方を臣下然としたものに変えた。
……やっぱり、あの時から疑ってたのかよ。
何時から侍女の存在を怪しんでいたんだよ、公爵!
別に変なことしてないのに!
「隠さなくて結構です、殿下。大方、王太子殿下に頼まれたのでしょう…態々、外聞の悪い変装までして娘を守ろうとしてくださる殿下方の御心遣い感謝いたします」
「……だから、何です?私が『ルイーズ』であろうと、ライトであろうと、令嬢方を守ることは変わりません」
すっかり諦観状態のライトに、アキラストは苦笑を浮かべた。……そんな表情も大変お美しいですよ、『氷雪の貴公子』様。
「そうですね…でも、確証が欲しかったんですよ。貴方にとって、僕たち王族は忌々しいものだと思っていたので」
――勿論、忌々しいですよ。
……流石に本人を目の前には言えないので、ライトは口を閉ざした。黙ったままのライトをどう思ったか。アキラストは微笑んだまま続けた。
「家族だと思われていないと、悲しかったのですよ」
王弟の言葉に、ライトは頭が真っ白になった。
――カゾク?
真っ白な頭の中に『カゾク』という、意味を持たない文字が浮かび上がる。ライトには王弟が何を言っているのか、瞬時には理解できなかった。
数拍考えて、『カゾク』が『家族』に変換された。
「……何です、それ」
王弟は王の家族であって、ライトの家族ではない。ライトがアキラストを家族だと思わないのは当然だろう。
「王弟殿下、貴方の家族は公爵一家と、兄君であられるヴェスト王陛下でしょう?私は公爵家の人間ではありませんので、家族の括りには入らないと認識していますが?」
真っ直ぐに見上げれば、王弟が息を呑んだのが解った。表情こそ変わらないものの、何か気に障ったらしいのだが。
この人は今更何を言っているのだろう――とライトは心底不思議に思う。
「お話が以上でしたら、もう戻っても宜しいですか?護衛を怠れば、兄様に叱られてしまいます」
退出の礼を取り、ライトは踵を返した。
◆◇◆◇◆
部屋に一人取り残されたアキラストは扉が閉まってから息を吐いた。
「……あーあ、完全に嫌われちゃってるねぇ」
「――笑い話か、アキラスト」
苦笑気味に呟くと、不機嫌極まりない声音が部屋の奥から聞こえた。
アキラストは部屋の奥からやってきた人物を振り返り、揶揄するような微笑を浮かべた。
「兄さんが構ってあげなかったんだから、仕方ないよねぇ」
「お前がもっと早く帰ってくれば、我とて少し時間が取れたのだが?」
からかわれたことが気に障ったらしく、兄であるヴェスト王ハルラスト・カイルは、ムッとしたように眉を顰める。王は乱暴に椅子に座ると緩く波がかった黒髪を掻き上げた。彼が不機嫌になった時の癖だ。
(あ…)
その瞬間、アキラストは視線を奪われる。
肩を滑り落ちる艶やかな黒髪と、露わになったアクアマリンを思わせる薄水色の瞳。
特徴だけを言えば、二人の王子はやはり父親に似たと思う。
が、王の肌は最早青白く、目の下には隈がある。連日、王太子がいない分の仕事を一人で抱え込んでいたせいで寝不足らしい。おまけに年を重ねるごとに険しい顔つきになっているせいで、あの笑顔が――内面は別として――眩しい上の王子と、女装が似合う下の王子とは似ても似つかない。
「酷いなぁ、僕だって領地の仕事もあるし、依頼された仕事はやってたのに」
「……解ってる。が、愚痴を零せる人間は限られてるんだ。少しくらい付き合え」
自分勝手だなぁ、と思いつつ、アキラストは暫くこの不器用な兄の愚痴に付き合うことにした。
妻や娘達とは別に、血の繋がりがある大切な『兄弟』。
敬愛するヴェスト陛下でもあるけれど、それよりも『兄』としてのハルラストという存在が先に立つ。
――だって、こんな我が儘に付き合えるのは臣下としての『公爵』じゃなくて、王の『弟』の僕だからね。
◆『自由気ままな王子は異母兄の手のひらで踊る』は毎週金曜日、日曜日に更新中です。
◇同時に『元・奴隷の少年は王宮を駆け回る』を毎週水曜日に更新中です。宜しければこれからもお付き合いください。




