王太子の憂鬱
ライトとレシアがヘーゼル男爵領に出掛けている頃、王城にいる王太子は……。
すっかりと日が暮れ、紺色の空に白い月が昇る。
闇色の空に浮かんだそれを、ヴェスト王城の回廊で見上げたルークは物憂げに呟いた。
「──ハーティス、会いたいよ」
痛ましげな若き王子は見る者がいれば同情を抱かせる。
ルークは空に浮かぶ月に手を伸ばした。その一つの動きからも洗練された様子が窺え、見ている者がいれば嘆息さえするであろう振る舞いも、今は孤独な月が見ているだけだ。
「蒼き月 しのぶ心も 照らしけり 我想う君 いずこにありける……なんてね」
ふっと口元を綻ばせたルークはそっと月に背を向けた。
「詩人だね、ルーク殿下は」
不意に聞こえた声にルークは足を止める。
「……王弟公爵殿下、何時お戻りに?」
月明かりに照らされた回廊に現れたのは『氷雪の貴公子』ノルデール公爵アキラスト・ライル。青銀の髪と、青藍色の瞳、身に纏う白衣が『氷雪の貴公子』と謳われる所以だ。
その王弟は現在領地に戻っている筈だが、唐突な公爵の登場にもルークは驚かなかった。王弟が戻って来たと言う連絡はなかったが、この男なら、城の誰にも気づかれずに城に出入りすることが出来る。
「白雪の館から、先程ね」
案の定、隠し通路から帰って来たアキラストは娘が行方不明になっているとは思えないほど飄々としていた。
「それにしても困ったねぇ……ラミエルが行方不明だという噂が水面下で広がり、伯爵以上の地位を持つ貴族達が動き出している。次期国王の王妃の座を……実権を狙う輩は狡猾な狐狸だ。いや、狐狸の方が可愛げがあるかなぁ?」
にっこりと微笑んでいる貴公子は、事の一件を何処か他人事に見ているように感じる。客観的と言えば聞こえはいいが、当事者であることには変わりない。
「年配の方々に可愛げなど求めませんよ」
ルークはくすり、と口許に笑みを浮かべた。
「もっとも狐狸のように狡賢いというなら、もっとヴェストに貢献して頂きたいものですが……例えば、敵国に近付いて情報を引き出すとか?」
「ふふっ……それができるほど王家に心酔している輩などいないよ。君も苦労するねぇ」
いっそ嫌味にすら感じる程楽しげに。くすくすと笑う叔父に、ルークもその端正な顔立ちに浮かべた笑みを深めた。
「苦労がなかったことなど、この王家に生まれてから一度もありませんよ?」
半世紀前に勃発した戦争の対処然り、腐敗した貴族の処罰然り、側妃や弟に対する誹謗中傷然り。
本当にやることが多くて嫌になる。早く愛しの婚約者に癒されたいよ。
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