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アーク・シリウス・ロアンヴェスティ

「レシアの父親がロアンヴェスティ家の者だって、分からなかったの?」


 前世で彼と行動を共にしていた先代ギルバートとの記憶を共有しているにも関わらず、今の今までロアンヴェスティ家について何も語らなかったライトの魔力の化身――ルクスに問いかけると、彼は大仰に肩を竦めるように翼をはためかせた。

 レシアの父親であるアーク・シリウス・ロアンヴェスティは既に亡くなり、レシアの中にある父親の記憶も曖昧らしいので、ぶっちゃけ頼りになるのはルクスの前世の記憶である。


『えー、だって当時のロアンヴェスティ家って、実は魔術師の血は薄かったから。その時勢に生まれたアークはその家系の中でも化け物扱いだったみたいだしねぇ……実際のところ、僕の〈友人〉だったハスレンと出会う前に、元々縁あるサキリス家と養子縁組していたし……どちらの血筋かなんて、わからないよ』

「成る程。アーク殿も生家がその状態じゃあ、素性も隠したくもなるか」


 ただでさえ当時は〈ロイムスの虐殺〉によって、一般市民ですら恐々としていた時代だ。混血種を匿った、或いはその容疑だけで処罰されるなんて、考えただけでも恐ろしい。


「……そうですか、彼はもう」


 落胆するエディス子爵には悪いが、既に故人ではどうしようもない。


「……あ、そうだ、ルクス」

『何?』

「お前の記憶を引き出せないのか?」

「記憶…?」


 思いついたのは、仕立屋の娘の記憶を引き出したことだ。今回、欲しいのはレシアの父親との記憶である為、これはルクスの前世の記憶ということになるが。


『……ユキリア、見て後悔しない?』

「え、そんな不味いの?」


 円らな目を半分眇めた――最早ジト目と言うべきか――ルクスの、余りにも不穏な声と言葉にライトは聞き返す。


『……取り様によっては、色々と不味い』

「物凄く気になる」

『そう、後悔しないでね』


 物凄く不安になる言葉を追加された。

 その言葉を最後に、ルクスの正面に光の粒子が集まり出す。


「これは…」

「ルクス様の魔法です」


 驚いたエディス子爵にレシアが説明する。

 光の粒子は軈て揺れる水面の様な鏡となって、その中に映像を映し出した。おぼろげな影が鏡面に映る。


『――ウィルバラス殿下、いえ、ガイアルフェルーネ公爵閣下』


 低くも澄んだ声が響くと同時に、映像が鮮明化する。銀色の髪を結い上げた青年となった影は横を向いていた。きっと、その視線の先には当時のガイアルフェルーネ公爵がいて、青年の横に当時のルクスの〈友人〉先代ギルバート侯爵レイス・ハスレンドルフがいたのだろう。


「これは、シリウスの…」

「では、彼がアーク様なのですね」

「おや、懐かしい…記憶の中の父よりも若いですが」

「へぇ…やっぱりレシアって母君に似たんだね」


 端正な顔立ちだが、レシアの様な儚げな印象を持つ美青年ではない。レシアが先代ギルバート侯爵の若い頃の肖像画にそっくりである以上、顔立ちはギルバート侯爵の妹に似たのだろう。髪と瞳の色は父親からの遺伝のようだが。


『島の開発に関してですが、まずは生態系を把握した上で立地を決めるべきかと』

『そうだな、所構わず伐採する訳にも――』


 アークの進言に視線が転換されたのか、ウィルバラスが頷く様子が映された。……めっちゃ若い。面影はあるけど。


『しかし、アーク殿。既に実験を始めているのだが』

『はぁ!?ちょっと待て!ハスレンドルフ!まさか、この間爆発したのって…!あれはお前の仕業か?いや、お前以外にいないよな!!何をやらかした!?吐け、今すぐに!!』


 公爵の顔が真正面に映り、物凄く近い。しかも、揺さ振れたのか画像が物凄くぶれる。


 ガイアルフェルーネ公爵よ、先代ギルバート侯爵の扱いが雑ではないか?侯爵の仕業って断定しているし…ていうか、既に常習犯扱いか。


『あぁ、試作していた魔道具を試すのに丁度良い獲物がいたからさぁ』

『それで山の一角を切り崩してんだろうが!!どうすんだ!?』


 はい、一部聞いただけでも問題だった。というか、アーク殿が一緒になってというより、先代ギルバート侯爵が暴走しただけでは?


『まぁ、それで問題になっていた川の氾濫が解決しましたから、結果オーライということで』

『そうなのか!?』

『そうなのかい、アーク殿』


 転んでも徒じゃ起きない。いや、これは幸運だっただけか。人生塞翁が馬ともいうが。


「……なかなかに強烈な人だな、先代ギルバート侯爵」

「計画性がないと言うか…」

「その点、アーク様は確りとしていらっしゃる」

「そうでもないのですよ…」

「「え…?」」


 エディス子爵の何処か諦めたような、疲れたような表情に、ライトとアルベルトは聞き返す。

 え?今の会話で一番真面そうだよ?


『その調子で、この辺りを爆破して、硬すぎる地盤を崩してください』


 ガイアルフェルーネ公爵領全域の地図と拡大図を用いて示したのは、今、公爵領で最も発達している地域だ。映像のアークは物凄くいい笑顔を浮かべているが、却ってそれが怖い。


『爆破でいいのかい?』


 嬉々として――それはもう目を輝かせていそうな――声で聞き返す先代ギルバート侯爵に公爵が慌てた様子で待ったを掛ける。


『いや、待て!行動する前に現場を確認しろ!地図だけでは準備と言うのがな…』

『大丈夫ですよ、公爵閣下。なるようになります』

『アーク殿の許可も下りたよ!さぁ行こう!!折角だから試したいものがあるんだ!!』

『ちょっと待…』

『あぁ、地盤が軟らかくなれば爆破でなくてもいいですよ』

『本当?じゃあ、ちょっと家から取ってくる!』

『お前らの会話には不安しかない!!待て!お前ら、待つことを覚えろぉぉ!!』


 ……あ、うん、駄目だわ。聞いているだけで公爵に同情する内容だ。アーク殿はちゃんと計画を立てていそうだけど、何か説明に不安しかない。アレ、何だか公爵が本当に哀れ。


 水鏡の様な鏡面が揺れて、鮮明だった彼らの姿がおぼろげな影となって掻き消える。公爵の悲鳴に似た音声もノイズが入り聞き取り辛くなると、軈て無音と化した。

 しん、と静まり返った場に、ルクスの生温かい視線が向けられる。


『ね?』


 ルクスよ、その視線を止めれ。後悔するなって……えーっと、見なければよかったのは、レシアかな?


「……物凄く、公爵が可哀想に思える内容ですね」

「自由人が二人ですからねぇ…」


 アルベルトの呟きに、レシアは溜息を吐きながら呆れたように返す。


「…レシア、しみじみ言わない。お前のお父上とご祖父のことだろうが」

「そうなんですけど、正直よく覚えていないので……」

「まぁ、レシア殿がお生まれになる頃には落ち着いたかと…」


 エディス子爵、それはフォローになっているのか?確かに、あの映像だと若かった。多分、三十年近く前で、今のレシアと同年代だったと思うけど。


「あぁ、そういえば母と公爵閣下には、先代ギルバート侯爵と父のようにはなるな、と…」


 言われた気もしますねぇ、とレシアは頬に手を当て、呑気に呟いた。


 確かになっていはいないね。レシアの母上、貴方の思いは確かにご子息に通じています!

 いや、通じていると言うか…マイペースなだけ、ととも言えるかもしれないけど、願いは叶った模様です。ご安心ください。……うん、大丈夫。大丈夫…な、筈。


 レシアへの不安は少ないものの、頭の片隅に某騎士と侍女が思い浮かぶが、それは更に頭の片隅へと追いやった。


 良い子らなんだよ、物凄く。ただ、ちょっと…ほんの少しだけ魔術関連において興味津々というか、他以上に熱中するだけで。……ルクス、その生温かい目を止めておくれ。


「えーっと、先代ギルバート侯爵のことは兎も角……エディス子爵、ルクスの記憶越しだけど、友人との再会は如何だったかな?」

「元気そうで、何よりです…彼は何処へ行っても変わりないようで」

「いいのですか、それで」


 まぁ、亡くなった方にそれ以上言えないけどさ……その変わりないって、アーク殿におけるヴェスト本土内での行動と、だよね?気になるけど、調べるのが怖い。


「えぇ、あの様子を見れば、私が心配するようなことは無かったのだと…それに、彼も最愛と出逢えたようですし」


 そう言って、レシアを伺い見るエディス子爵の目は穏やかで優しい。友人の忘れ形見であるレシアは、彼にとっても息子に近い存在なのだろう。


「近い内にガイアルフェルーネ公爵閣下の元を訪ねて、彼の墓に花でも供えてくるとします」

「俺からも、公爵にそう伝えましょう」


 ガイアルフェルーネ公爵領には、公爵閣下が自ら作ったとされる霊園があった。公爵が島流しにあった当時、一緒に島に渡った魔術師の墓だ。そこにレシアの祖父と、両親も眠っている。


「ありがとうございます、ライト殿下、レシア殿」


 穏やかに笑うエディス子爵に控えていた執事もほっとしたようだったが、ライトは彼らから視線を逸らす以外になかった。


 ルクス、周辺の方々の頭の中を覗かないでくれる?

 執事殿の「これで負担が減る!」という内心の希望的観測は、多分叶わないと思うから、目のやり場に困る。


 エディス子爵は行方知らずの友人を案じ、長年様々な伝手を使って調べたのだろうが、魔術師が迫害された歴史のあるヴェストからすれば、友人知人、或いは親族を騙って利用する輩への警戒は怠れない。それ故に、ガイアルフェルーネ公爵領の魔術に関する出来事や人物は秘匿されていたのだろう。

 今回の出来事で、エディス子爵の友人への思いは昇華されたとはいえ、次に待ち受けているのは、ガイアルフェルーネ公爵だ。

 今、ヴェストで重要なのは魔術師や魔法への理解である。魔術師だった友人に嫌忌のないエディス子爵は今一番の理解者であり、これは賛同者が欲しい状況下では非常に重要な人物である。


 ……つまり、今度は友人への思いを昇華させるために公爵領を訪れた場合、貴方の主は暫く屋敷から不在になると思うんだ。でも、指令は色々と飛ぶだろうね、主に公爵からの依頼で。

 お茶目な性格以上に、仕事に真面目なエディス子爵は暫く公爵領で粛々と公爵と一緒に頑張ってくれると思う。……先に謝っておく、ごめん。


ライト:被害者を増やした気がする。

レシア:まぁ、なるようになりますよ。

ライト:レシアのそういう所って、アーク殿の血だよね。ちょっと投げやりと言うか…。

アルベルト:魔術師はそんな感じですよ。綿密に計画するか、まずやってみようかの二通りで。

ライト:……そうか(遠い目)。


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