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短編集っぽい何かの一つ

ほぼ神の男は、天使によく叱られる

作者: 長谷川凸蔵

 争いの犠牲者は、常に弱者だ。


 戦乱が続くこの世界で、せめて弱者に寄り添いたいと思い、私が設立したのがここアスラン孤児院だ。


 常に人手は足りない。今日は久々に日和にも恵まれたのでシーツを干せる。


 シーツを干していると天使が降臨した。


 おっ、かわいい子が登場!という比喩ではなく、顔馴染みの天使エリンだ。何でも決まりで一定以上のレベルの人間には担当天使が任命されるらしい。とは言えそれは私が世界で初めてらしいが。


「アスラン様、今日こそは創造神さまのお手伝いお願いできませんか?」


 天使のエリンが、笑顔を浮かべながらふわふわと飛び、私の回りを旋回していた。


「その件なら何度もお断りしたはずです、子供達の面倒を見るので今は忙しいのです」


 暖かく気持ちの良い午前中。洗濯物を干しながら、何時ものように対応する。空を見たところ今日は1日天気になるだろうと思ったからだ。


「創造神さまはアスラン様のお力を当てにしておられますぅ」


 エリンが少し不満気な声を上げるが、天地の創造よりも、今はシーツだ。


 皺を伸ばそうと濡れたシーツの両端を持って、扇ぐように軽く「パン!」と振る。


 エリンとの話に少し気をとられていたのだろうか、力加減を少し間違えてしまった。


 凄まじい風が巻き起こり、その威力で竜巻が発生した。


 森を竜巻が蹂躙し始め、大量の樹木が空中に巻き上げられた。竜巻を止めるために、再度シーツを振る。


 その威力に相殺されて竜巻が消えた。巻き上げられた木々が、ドサドサと落下するのを見ながらエリンに不満を伝える。


「ほらー、作業中話しかけるから力の加減間違っちゃったじゃないですか」


 左右をキョロキョロと見回して、この騒ぎをだれも見てない事を確認してほっとする。


 レベルが高い、と言えば羨ましく思う人もいるかもしれないが、


「65,576,349,785,136,485,798,643,251,758,671,435,890,573,465,097,138,405,713,950,876」


レベルともなると、日常生活においても不便な思いをする。普段は腫れ物に触る以上の慎重さで行動しているが、ちょっとしたことでこのような事が起きてしまう。


 ちなみにレベルは毎回言うと面倒なので、65那由多(なゆた)と省略する事が多い。那由多は数字の桁で、一、十、百、千、万……と続いていって60桁目、解りやすくいえば阿僧祇あそうぎ(56桁目)の上、不可思議ふかしぎ(64桁目)の下だ。


「力加減間違って世界滅ぼしても、再生させれば良ろしいのでは?」


 エリンが少し物騒な事を言う。


「簡単に言いますが、けっこう疲れるんですよ?」


 エリンは簡単に言うが、『天地再生』は魔力を仮に数値化すると、436恒河沙(ごうがしゃ)(52桁目)弱使用するので、ちょっと疲れる。今までも2回ほどしか使用していない。


 シーツを半分ほど干し、少し痛み出した腰をトントンと軽く叩いていると、何やら子供たちの言い争う声が聞こえた。干す手を少し止めてそちらへ向かう。


「どうしたんですか?」


 見ると年長のヤンの前で、まだ来て5日のアンナが泣いていた。


義父(とう)さん、コイツ新人の癖に生意気なんだ!」


 ヤンが主張する。ヤンはこの院でリーダーのような存在で、皆が分担する仕事の指示を私に代わってする事がある。事情を聞くと、アンナがヤンの言うことを聞かないので、軽くぶってしまったとのことだ。


「来たばかりで慣れていないので、多少は多目に見てあげてくれませんか?

ちょっと思い通りにならなくて、悪気なくつい、というのもわかりますけど……でもその解決方法に暴力を使うことに慣れない方がいいですよ」


「でも……」


「私はあなたが皆を、正しく導いてくれると信じています。

アンナが将来、新しく来た子に叩きながら物を教えるのか、優しく教えるのかはあなた次第かもしれませんよ?」


 そう私が言うとヤンは、はっと気がついたような顔をした。


 ヤンが謝り、アンナが謝罪を受け入れる。そう、ヤンは道理を言えば理解できる賢い子なのだ。


「そうです、どんなことであっても暴力で解決しては行けません。

暴力は暴力を弱者に循環させ、不幸を生むだけなのです。

優しさは、素晴らしい循環を生みます。安易な暴力の行使の誘惑に負けない、優しさの循環。それを、我々から始めましょうね」


「うん!」


 ヤンが元気よく返事をする。私はヤンの頭を撫でる為に手を伸ばす。


 私にとって数少ない、緊張の一瞬だ。


 蘇生は私にとって容易いが、そういう問題ではないのは理解しているのでそぉ~~~~っと撫でる。


 その後少し様子を見ていると、ヤンも「こうやるんだよ」と高圧的な話し方はやめて、まずやり方を見せて協力を要請している。アンナもそれを見て、彼女なりに頑張っているようだ。子供たちの素直な反応はいつ見ても嬉しくなる。


「アスラン様流石です、心に染みるお話しでした~」


 ぱちぱちと手を叩きながら、エリンが言う。天使の姿はある程度レベルが上がらないと見えない。返事をするとみんなが驚くので何も答えずシーツを干す作業に戻る。


「ふーっ、終わった」


 少し額を流れる汗を拭いながら、大量に干されたシーツを見ながら呟く。孤児院を運営し始めてから、独り言が増えた気がする。


 思いがけないトラブルのせいで、シーツを干し終わるのに昼を回ってしまった。昼食を用意する為に建物に戻ろうとしたとき──


 「ゴゴゴゴ ……」と、耳障りな音を立てながら空を黒い雲が覆い始めた。日の光が遮られ、ひんやりとした空気があたりを流れた。


「あれ、今日は晴れのはずなのですが……」


 不思議に思い、私が疑問を口にすると


「今日、異世界から攻めて来た第4魔王の城に、勇者が攻め込む予定です。その影響ではないでしょうか?……前にもアスラン様にはお伝えしましたよ?」


 話を忘れていた、というか聞き流してそもそも聞いていなかったのだろう。私にエリンが不満げな視線を向ける。


 エリンの話は聞き流すことも多いので、まったく覚えがない。


 私は少し後悔していた。知ってれば、別の日にシーツを干したのに……。


 この世界では人類同士が激しく争っているので、与し易しと思った他世界の者共がちょくちょく侵入してくる。


 その侵攻はエリンによれば「神の試練」として、この世界の人間達を、神の名のもとに結束させる効果を期待しているとの事だ。


 私が戦乱を終わらせるようにエリンに言われたこともあるが、統治する気がない私が終わらせたところで人びとはまた争うだろう。それに知らないもの同士の争い事に、積極的に介入する気にもあまりならない。


 状況を把握するために、エリンに尋ねる。


「なるほど……座標は?」


「864:231ですねぇ」


 私は神眼を発動して様子を見ることにする。約218(がい)(20桁目)程度の魔力消費でこの世界、異世界含めあらゆる所が観察できるため、非常にリーズナブルなスキルだ。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

(ふむ、あれが第4魔王か)


 魔王が住んでいるという座標にある城の一室、恐らく広間だろうというところで、一人の明らかにこの世界の住人ではない姿をした3mほどの男と、4人組の人間が争っている。


 魔王のレベルは神眼で解析したところ315、人間達は合計で296だ。魔王の方が4人の合計よりレベルが高いが、人数的有利を含めれば互角だろう。


 この雲は、魔王が魔力を展開することによって発生しているようだ、しばらく戦いを観察する。


 4人組の中で他の3人に指示を出している男、恐らくこの男が勇者だろう。レベルは79、人間達の中では一番高いが私から見れば315だろうが79だろうが誤差の範囲だ。


「ミリー!アランを治癒してくれ!」


「わかったわ!」


 声が聞こえる訳ではないが、口の動きから発言を把握する。これは魔力を消費しないのでとってもお得だ。


 ミリーというのは僧侶なのだろう、そうするとアランというのがあの傷ついている戦士だろう。


 ミリーと言う女が回復の呪文を唱えると、戦士の男の傷が癒される。


 その間に残ったもう一人の男が、なにやら攻撃の為の呪文を使用した。魔王の右肩辺りに爆発が起きる。


 今人類では最強の爆裂呪文と言われているものだが、私からすればマッチの火とあまり変わらない。


 しかし魔王にとっては違った。それなりにダメージを受けた様だ。肩を押さえながら膝をついた。


「やったか!?」


 勇者の男が叫んでいる。これはスキルをつかうまでもなくたぶんやってないだろうとなんとなく思う。


 膝をついていた魔王が、何やら震え出している。恐らく変身するのだろう、レベルが上昇し始めている。


(これは、長くなりそうだな、下手したら夕方になる……シーツ乾くかな……)


 シーツの運命、もとい勇者達の戦いを観察し続けていると、戦いの天秤は完全に魔王に傾いたようだ。魔王の激しい攻撃の前に、勇者達は徐々に傷ついていき……


 剣や杖で辛うじて立っているが満身創痍の状態となった。


 その時、まだ名前のわからない男が、何か覚悟したような表情で独り言を言い始めた。


「妻よ……生まれたばかりの息子に、父は勇敢に戦ったと伝えてくれ」


 そう言ってマッチの火、ではなく爆裂呪文の使い手が、何やら呪文を唱え始めた。


 見ると自己犠牲、つまり自分の命と引き替えによって、相手にダメージを与える呪文のようだ。


 自己犠牲の呪文は確かに魔力の消費が少ないので、発動は可能だろう、しかし──私の観察では魔王にはまだ余裕があり、無駄な犠牲に思える。


 私は少し思案したあと


(……これはあくまで、シーツを今日中に乾かすため、です) 


 そう自分に言い聞かせ、神眼で様子を見ながら、足元の小石を拾い上げた。


 そこに魔力をほんの少しこめて、小石を強化して指先で軽く投げた。


 投げた反動で「ボン!」と空気が爆発するような衝撃と、石からも衝撃波が発生したが魔力で押さえた。


 男の自己犠牲の呪文が完成する寸前──


 つまり私が石を投げてから、約6秒後、魔王の城の広間の天井が破壊され、飛来した小石が魔王の頭部に突き刺さり、魔王の頭が四散した。


 頭部を失い、ゆっくりと倒れる第4魔王を見ながら、勇者たちはしばらく固まっていたが──勇者が今起きたであろうことを口にした。


「こ、これは伝説の魔法、隕石を召喚するやつだな!さすがだ!」


 勇者の声は聞こえないが、発言の感じはかなり興奮しているようだ。おそらく男の唱えた呪文の効果だと思ったのだろう。


 私は神眼を解除した。


(もう一人の名前は何だったんだろう)


 などと思いながら。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


 空を覆っていた雲が、すーっと色を失い消えていく。太陽の姿を確認して私は満足気にうなずいた。


 ちょっと勢いよく頷いてしまったので、その反動で衝撃波が発生してしまい地面を割ってしまったので、腕で両方から閉じるようにくっつけていると、


「あー!アスラン様、人の子に神が与えた試練、また邪魔したでしょう!ダメですよ!」


 エリンが抗議してきた。


「私も人の子だから、その批判は当てはまらないですね」


「アスラン様は別です!創造神さまを軽く越えちゃってるじゃないですか!しかもさっき子供たちにされたお話しと違って物凄く、完全無欠な暴力による解決でしたよ!?」


「家に侵入した害虫を殺すのは暴力ではなく、駆除です」


 エリンがさらに抗議しているその時


(ぱんぱかぱーん!)


と頭の中でファンファーレが響く。どうやら


「65,576,349,785,136,485,798,643,251,758,671,435,890,573,465,097,138,405,713,950,877」


にレベルがあがったようだ。


 ちょうど魔王を倒して上がったのだろう。レベルアップは5年ぶりだがいまだに嬉しいものだ。


 私が久しぶりのレベルアップの余韻に浸っていると──


「義父さま、昼食の準備遅いから用意しておいたわ!」


 もう一人の年長の女の子、ミランダが知らせてきた。


「おお、ごめんごめん」


「ほんと義父さまって、色々偉そうに言うくせに、私がいないと何もできないんだから!」


「ははは、本当だねぇ」


 ミランダの頭をそぉ~~~~っと撫でている間も、エリンが「試練とは……」と私に説教をしてきたが、聞き流す。


 子供たちが太陽によって乾いたシーツにくるまれて、幸せな気分で眠れる事や、名も知らない男の愛する妻や息子が、彼の訃報を聞かずに済んだことより大事なこととは思えなかったから。

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[良い点] gjです。
[良い点] この作品がとても好きになりました。 『那由多』だ『阿僧祇』だ『不可思議』だと、強さを考えることが馬鹿馬鹿しくなるくらいべらぼうにぶっ飛んでる様が最高です。 [一言] もっと評価されても良…
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