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世界、そしてハゲとの別れ-女神との出会い-

「違うだろ〜〜〜!!! このハゲ〜〜〜!!!」

 朝食をとりながら特に目的もなくつけていた朝の情報番組で、何回もこのフレーズをリフレインされている俺はそろそろノイローゼになりそうだった。度々の問題を起こした岡崎真由美議員なる人物が発した失言だ。象徴的だったのか、そのある種芸術的なまでに幼稚な言葉選びのセンスが揶揄されているのか、どの局のニュースでも録音されたこれが日本の家庭を賑わせている。近所の小学生たちからもこのフレーズは大好評のようで、自宅の薄い壁、安っぽいカーテン越しに「このハゲ」と言う甲高い声が元気よく聞こえてくる。

 人間、自分に向けた褒め言葉はあまり素直に受け取らず、自分が褒められているかどうかすら気づくことができないものだが、その反対に悪口には過敏で、たとえ自分がけなされているわけでないとしてもその貶し言葉に自分の特徴が当てはまっていると、もしや、自分のことを言われているのでは、と心配になってしまうものである。自衛のための本能として備わっているのだろうか、なんとも不便なものだ。

「ハゲの何が違うってんだよ、クソがっ!」

立ち上がったはずみに少し椅子を鳴らしてしまった。俺もご多聞にもれずそういうきらいがある。五体満足の人間だからな。まぁ、五体は満足にあっても、普通の人間にはあって俺にはないものがある。もうお察しだろうが……

 髪だ。俺には髪がない。大学を卒業した頃からすでに怪しかったが、理不尽な案件を取りにくる無慈悲な営業、客前で失敗することを許さない鬼畜のごとき上司、すでに死の行軍によって召されて行った同胞たち、様々なストレスが俺の体力、そして何よりの男の第二の尊厳である頭髪を奪っていったのであった。第一に関してはいうまでもないだろうが……

フサフサの皆様は知る必要のない、あるいはこれから知ることになるかもしれない知識だが、頭髪には大きく分けて2つ減り方がある。

 一つは加齢によるハゲ。これはひたいとこめかみの境目あたりの髪の毛から頭頂にかけて順々に減っていく。よく七つの球を集める某漫画に出てくる王子の「Mっパゲ」なんて言われているものはほぼほぼこの加齢によるハゲからくるものだ。遺伝によるところが大きく、頭皮のケアなどで進行を防いだり予防を防いだりすることはできるが、根本の解決は難しいと言われている。

 もう一つはストレスによる円形脱毛症。人間特有のものではなく、体毛を持つ哺乳類が過酷な環境を生き抜くとそのストレスにより体毛が円形に抜け落ちるハゲだ。よく「十円ハゲができる」などと言われる「十円ハゲ」はこの円形脱毛症により起こるものである。

 そして今現在の俺はこの二つからの総攻撃を受けていた。遺伝の脱毛とストレスの脱毛による波状攻撃により、俺の髪軍は壊滅的な状況だ。かの有名な報告の形を借りるとすれhば「頭皮が七分に髪が三分」といったところだろうか。

 朝から嫌なことを思い出させた上に、今日も散っていった同胞のスパゲティをたらふく平らげないといけない。ハゲ上司に怒鳴られ続け……って俺も人のことは言えないか。ハゲだし。あいつはハゲでも良くないハゲだが。新しい朝だ。絶望の朝だけど。

「いってきまーす」

 努めて明るい声を出した俺の出兵の挨拶はおととい食ったカップ麺の容器が吸収していった。後には静寂が広がる。その数秒後、可愛い声のイノセントな「ハゲ〜〜〜!!」が俺の胸でこだまする。せっかく大きい声を出したのに。

 ガス栓、窓の鍵、家の鍵を確認し、最寄駅に向かう。横断歩道を渡り、まっすぐの道を10分弱進む、暑い日には堪えるが、まぁそれ以外に不満はない。出社してから見るであろう地獄絵図、そして頭の中をしつこく過ぎる「ハゲ」の声、そんなものに気を取られていると、甲高い音がした。プァァァン。あれ? ハゲじゃない?

 その音がクラクションだと気付いた瞬間、俺の体を衝撃が襲った。骨とバンパーがぶつかる音、その骨が折れる音、けたたましいスキーム音。注意をおろそかにしていた俺にわずかな減速をしながらトラックが突っ込んできたのだった。高校の体育の授業で、苦手だった側転を失敗した時のように視界が不規則に動き回る。空が下。地面が下。植えられた街路樹も目に焼きつく。

 ドン、という音とともに、俺の記憶は途切れ___なかった。

 倒れ伏しているであろう地面はアスファルトではなく、どこか優しい暖かさを感じる柔らかな床。虹色に変わる穏やかな光が辺りを包む。たった今浴びせられた鮮烈すぎる体験と、今現在置かれている状況がリンクしない。俺が目をパチクリさせていると、一人の女の子が目の前におりてきた。目のパッチリとした、可愛らしい子だ。高校生くらいだろうか。

「おめでとうございます! 『クソッタレ人生改革プログラム』の当選者にあなたは選ばれました!」

「あ、あの、あなたは「何が起こったかわからない顔をしていますね!」

俺の反応には目もくれず、そのまま話を続けようとする。このまま主導権を握られて理不尽な思いをするのはもうたくさんだ。そう思った俺は少し大きな声で

「説明を少し待ってくれ! 俺には何が何だかわからないんだ!」

と伝えた。そうすると彼女は大きい目を更に見開いて

「失礼しました。やっとこの計画が始動して私もテンションが上がっていて……」

と申し訳なさそうにした

「俺はついさっきトラックにはねられた……と思っていたんだが。ここはどこだ? 後、君は誰だ?」

「自己紹介が遅れました! 私は神様です! あなたはさっきトラックにはねられました! というか私が指示して轢かせたんですけど……」

「俺は神様が人殺しだなんて話聞いたことがないんだが」

「仕方のないことだったんです! コラテラルダメージって知ってるでしょ?」

上目遣いでこちらに目配せをしてくる。容姿は整っているとは思うが、いざ自分を殺しましたを言われた人間にそのようなことをされても微塵も可愛いと思えない。むしろムカつく。

「私は人の原型を作りました。サルとの共通の祖先をアップグレードして……環境に適応できるようにばぐ? をふぃっくす? していたんです。」

やけにSEみたいなことを言う子だな

「でも、人間も運用を10万年近くしていると、どうしても幸せには暮らせないと言う致命的なバグが生まれてきたんです。例えばあなたみたいな」

「大きなお世話だな」

「でもあなた、幸せでした?」

「それは……」

幸せなんて、ここしばらく考えたことすらなかった。ただひたすらに上司に怒られ、日々をどう言うふうに凌いでいくかしか考えられていなかった。その状況を幸せという人は、なかなかいないだろう

「自分が作った人間が幸せに暮らせないとなると、私の評価にもつながります! 評価が下がると信仰も無くなって、私の存在自体が消えてしまいます……そのために、私が運営している世界の問題を解決してくれる人間を他の神から借りる許可を申請していたんです。そしてついに!!」

「うわっ」

声を大きくし、拳を高く掲げながらうっとりとしたように神様? は続ける。どこも揺れないのだけれど。

「あなたを借り受ける許可を得たんです! 異世界の人間の力を借りて、自分の世界の人々の幸せを守る! これこそ『クソッタレ人生改革プログラム』!」

ここまで朗々と語った後、女神は急にトーンダウン。自信のない目つきで

「どうですか? 私のため、そしてあなた自身の幸せのために協力してもらえないでしょうか……?」

と懇願して来た。

「まぁ大体の話はわかったんだけど、君に協力することで、どうして俺が幸せに暮らすことができるんだ?」

当然の疑問を目の前の女の子にぶつける。

「あなたはこれから『神の申し子』として私の運営している世界に来てもらいます。私の加護のおかげで、あなたは何一つ不自由なく、私の世界の中で好き勝手して暮らすことができるのです! 人々をある程度幸せにしてくれたら元の世界に戻るもよし。そのままその世界で生活するもよし、って寸法なのです!」

「俺に選択権は?」

「もちろんあります! あなたがこの提案を拒否すれば、あなたは無傷の状態で元の世界に戻り、私はまた別の憂鬱そうな人間をここに招待して、同じ提案をします!」

「どうやって?」

「そのぉ……トラックで轢いて?」

そのウィンクは煽りか何かか?

「そ、そーですよ! 今あなたがここで断れば! また別の人が同じ目に遭うかもしれないんですよ!? それでもいいんですか!?」

何かを閃いたかのように殺人予告をしてくる。ひどいマッチポンプだ。しかし、もともと家族仲がいいわけでもないし未練はない。元の世界に戻ってもそれこそクソッタレな会社でこき使われるのは目に見えている。それならこの提案を受けてみてもいいのではないだろうか?

「好き勝手……それって無双ゲーも?」

「はい!」

「ハーレムも?」

「もちろんです!!」

「大金持ちに?」

「なれます!!!」

「地上最強?」

「世界最強ですよっ!!!!」

俺の気持ちが少しでも揺らいだのを感じたのか、どんどんと前のめりになる女神カッコカリ。しかし押し付けられるものも目につくようなものも何もない。ただ肋骨があるだろう場所がローブ越しに寂しげにアピールされている。

「ふーん……そんなうまい話があるわけないとは思うけど、どうせ元の世界に戻っても……いいよ。君に少しだけ協力するよ」

「本当!? じゃあ、初回特典ってことで、チートステータス以外にもなんでも好きなものをあげちゃう! 伝説の装備がいい? それともお供のドラゴン?」

「なんでも?」

「うん! 私が用意できるものならなんでも!」

なんでも、か。俺は考えるより先に、今何よりも欲しがっているものを口にしていた。もうこれ以上、自分の外見のせいで違うだろ、なんて言われたくない。

「髪だ」

「へ?」

キョトンとする女神。

「だから、髪。ヘアー。どんな辛い環境にあっても決して負けることのない強靭な毛根を持った、強くてしなやかな髪が欲しい」

 俺の求めるもの、それはここ数年の悩みを一気に解決する、しなやかな髪だった。

 ハゲの異世界主人公なんて格好がつかないからな。

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