後
また、いつの間にか眠りこけていました。
寝起きは最悪。
たぶん、昨日のあの事と、その後の夢の所為だろうと思う。
夢で見た光景。
なんであんな夢を見たのかはわかりません。
でも私の夢にあの女が出てきたのは確かです。
夢の内容はこうでした。
真っ暗な空間の中に座り込んだまま動けない私の目の前に、あの赤黒い女が現れました。
女はゆらゆらと周りを3周くらいぐるぐるとまわり、正面までくるとピタリと動きを止めて、視線を落としていた私の視界に無理やり入り込んできたのです。
女の顔と私の顔の距離は数センチ。
今まで気が付かなかったのですが、女の赤黒い皮膚の色の正体はひどい火傷の痕でした。
ただれた顔で、奥底が見えない真っ黒な瞳でじっと私を覗きこんできていました。
怖い。
始めはそう思っていたはずなのに、なぜか真っ黒な目を見ているとそれが薄れたような気がしました。
穏やかな、なんというか、どこか母親の目を見ているような感覚に似ていたと思います。
数分間ただじっと互いの目の奥を覗き続けていたとき、女はフッと後ろを振り返り、
「あ゛ぁぁぁぁ……おぉぉまぁ、え だ なぁぁぁ……」
と叫び、怒りを滾らせた顔のままズリズリと足を引きずるように後ろに歩いていきました。
私は、女がどこに向かって歩いていくのかが気になり、その背の向こう側を覗き見ました。
その先に居たのは、思いもよらない人物。
セーイチでした。
なんでセーイチが……
そう思って何かあったのかと思考を巡らせているうちに、女はセーイチの目の前にたどり着いていました。
女は虚ろな状態のセーイチの足を乱暴に掴むと、そのまま引き倒し、ズリズリと闇の中に歩いていきます。
私はあわてて女を追いかけますが、歩いているはずの女にいつまでも追いつけません。
息も絶え絶えの状態で私は、
「待て! なんでセーイチを連れて行くんだよ! 関係ないだろ!」
そう叫びました。
すると女はピタリと歩くのを止め背を向けたまま、
「こぉぉいつがぁぁ…… こぉいぃつがぁぁ…… わ゛ぁたぁしぃぃを゛ぉぉぉ……」
「どうしたんだよ!」
そのまま、私の叫びには応えずに闇の向こうに消えて行ってしまいました。
立ち尽くす私。
気が付くと、闇は足元からゆっくりと晴れていきました。
そして、夢から覚める瞬間に、
「もう、あなたは、来てはいけない…… 私は……」
そう、耳元で囁き声が聞こえました。
最後に言っていた言葉の意味はなんだったのか……
いまだによくわかりません。
**********
その後、昨日肝試しに行った連中とミツシマ先輩に話を聞きに行きましたが、誰もそんなところに行ってない、そんなことあったか?とみな一様に同じ言葉を返してきました。
もう何が現実で何が夢なのかわからなくなってきていました。
ごちゃごちゃになる頭で、なんだかおかしいという思いだけがずっと残っていて、最後の砦の、すべてを知っているであろうイシイ先輩に話を聞きに行きました。
「イシイ先輩、昨日のこと、覚えてますか?」
「ん? 昨日? なんかあったか? ずっと部屋居たからわかんねぇな」
「えっと、あの……いや、なんでもありません」
「あ? なんかあったのか? 変な奴だな……」
「すみません、じゃあ失礼します」
やっぱりなと思いながらもなんだか腑に落ちない思いをしたまま、背を向けて立ち去ろうとしたときでした。
「いいか、もう行くなよ。 あそこはおまえが行くところじゃない……」
そう聞こえて振り返った時にはすでに、先輩の部屋の扉はバタンと音を立てて閉め切られていました。
**********
女もイシイ先輩も、あの場所には近づくなと言っていた。
何があるのか、何があったのか。
もう知ることはできないし、知ってはいけない。
だからいままで、誰にもこの話はしてきませんでした。
本当なのか、嘘なのか。
あったことなのか、なかったことなのか。
この話を信じる信じないは、これを読んだあなたに委ねます。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございました。
最後に、一つだけ。
セーイチはあの数日後、線路で電車に足を挟まれて左足を失ったそうです。
そう、あの夢の中であの女に掴まれていた、左足を……