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踏切  作者: サトウ
3/4

 部屋に引きこもること4日目の夜となりました。

 現在の時刻は、19時。

 この窮屈な生活も明日の朝を以て終了となる見込みです。


 が、ここにきて、イシイ先輩がダウンしてしましました。

 理由はなんとなくですがわかっています。

 結界を張る為に体力を使いすぎてしまった事や夜ごと何かあるたびに警戒をしてくれていたことによる睡眠不足が祟ったのだと思われます。


 私もイシイ先輩と交代で見張ってはいたのですが、結界の文字が薄くなったりしたときはどうしても張り直してもらう必要があるので、その都度起こしてお願いをするしかなかったのです。



 **********



 1日目は対した変化もなく、二人でゲームをしながら時間を潰すことができました。


 2日目も同じく、大きな変化は結界の文字にも部屋にも変化はありませんでした。


 3日目も同じく、特に変わったことはありませんでした。


 が、4日目の夜のことでした。

 突然、ドアが外側から「ドン、ドン……」と大きく2度叩かれたのです。


 心臓が早鐘を打ち、体中の筋肉が強張って動けなくなる私。


 そんな私をしり目に、いち早く反応したのはやはりイシイ先輩でした。

 数秒おきにドンドンと叩かれるドアまで駆け寄って、結界の様子を確認した瞬間、イシイ先輩は怒鳴るように叫びました。


「おい、サトウ! リュックの奥から札持って来い! 文字が消えかかってる!」


 イシイ先輩の叫び声でハッと気が付いた私は、リュックをひっくり返して中身を床にぶちまけました。

 床に広がる食料とゲームの中から、お札はすぐに見つかりました。

 約10枚ほどが束になっていて、藁で出来たしめ縄のようなもので一括りにされていました。


 私はそれを拾い上げるとドアまで駆け寄り、一枚を抜取ってイシイ先輩に渡しました。

 イシイ先輩はその札をドアの文字が刻まれていた同じ場所に押し当てると、経を唱え始めました。


 ぶつぶつと数分間念じて、ドアから手を離すとドアの結界文字はしっかりと浮き出ていました。

 その結界が効いたのか、ドアを叩く音はなくなっていました。


 ふぅと息をつく私とイシイ先輩。

 が、そのすぐ後です。

 今度は窓のガラスがバシンバシンと叩かれます。


 小さく「クソッ」と漏らして、先輩は窓に走っていき結界を張り直します。

 それが終わると今度は天井、床、壁といたるところから音が聞こえてきます。


「あいつが本腰入れてきたみたいだな。このままじゃ札が足りなくなる……そうだ! おい、ドアとか壁とかに直接結界文字書いてもいいか? この部屋出ていくときに清掃料結構とられちまうかもしんねぇけど……」


 私はイシイ先輩が話している上にかぶせるように「お願いします」と叫びました。

 イシイ先輩はニコリというかニヤリと笑うと、「OK、OK」と言って床に広がっているリュックの中身から瓶に入った灰色の液体と筆を拾い上げました。


 栓がされた瓶のふたを乱暴に開けると、筆をその中に突っ込みそれを使って、窓に結界文字を直接書いていきます。

 流れるような動作でさらさらと描いていくイシイ先輩。

 その間もドンドンとあたりを打ち鳴らす音は止みません。


 音が気になり、座っていることも、黙って立っていることもできない私は部屋の中をそわそわと歩き続けることしかできませんでした。

 窓の文字を書き終えたイシイ先輩は、落ち着かない様子の私を見ながらも次は壁に向かって書き出しました。

 無言で書き出して数分、イシイ先輩が唐突にこんな質問を投げかけてきました。


「なぁ、こんな文字が書いてあるだけで本当に大丈夫かって思わないか?」


 聞かれた私はいきなり質問されたこともあり、「思います」と反射的に答えてしまっていました。

「あ、いや、そうではなくて、」としどろもどろになりながら言い訳を考えていると、「そうだよな」とイシイ先輩が笑いながら返してくれました。


「やっぱそうだよな。俺も初めはそう思ってたよ。でさ、昔じいさんにこんな文字書いて意味があんのかって聞いたことがあるんだよ」


「それで、おじいさんはなんて言ってたんですか?」


「あぁ、この瓶の中身は特殊な墨なんだって言ってたよ。じいさん曰く、墨は昔切り倒した御神木から作ったもので、それを溶く水は富士山から頂いた水で作った御神酒らしい。ほら、嗅いでみ?」


 そう言って私の鼻先に瓶をスッと寄せてくる。


「確かに、お酒……ですね。墨汁を作るのにお酒って珍しいですよね。 それになんでその墨は黒ではなくて灰色なんですか?」


 イシイ先輩はニッと笑って、「おっ、いいとこに気が付いたな」と言いながらも黙々と文字を書いていく。

 その間にも鼓膜を直接震わすような、壁や天井を叩く音は続いている。


「この墨にはさ、入ってんだよ」


「えっと…何がですか?」


「俺の先々代の爺さんの骨だよ」


「えっ……」


 固まる私に気が付いているのかいないのか、先輩は話を続けます。


「先々代の爺さんはさ、うちの家系の中では群を抜いて”チカラ”が強かったんだと。 悪霊も一言念じれば成仏しちまって、経を読めば聞いた人たちが涙を流して癒されたって言われてたみたいだ。 んで、そんな先々代のじいさんが死に際に自分の骨を使ってこれから不幸になってしまう人たちを救ってくれと言ったそうだ。それから、うちの家系の奴らが各地を巡って骨を清め、素材を用意して、出来上がったのがこの墨汁だそうだ」


「そう、なんですか」


「だからさ、何が言いたいのかってと」


 イシイ先輩はニッと笑って、


「俺だけじゃなくて、俺の家族がみんなでおまえを護ってんだから、そんなに不安がるなってことだ」


 壁の文字を書き終えました。

 いつの間にか立ち止まって話を聞いていた私の足は、もう震えていませんでした。


 **********


 それから、イシイ先輩は6畳一間の部屋のありとあらゆるところに結界文字を書き続けました。

 3時間後の、19時5分前。

 ようやく書き終えたイシイ先輩は「ヨシ……」と一言小さく漏らして、その場に倒れこみました。


「イシイ先輩!」


 抱え起こしたイシイ先輩の体は氷のように冷たくなっているにも関わらず、汗が滝のように流れていました。

 胸が上下に動いているから、気を失っているだけだとは思われる。


 とりあえず気を失っているだけならよかったと安堵はしたのだが、その後のことを考えると、自分だけで大丈夫なのかとまた不安になりました。


 イシイ先輩をベッドに運んで、私はそのベッド横に体育座りでじっとしていました。



 **********



 ドン、ドン……



 ドン、ドン、ドン……



 ドン、ドン……


 いつの間にか眠っていた私は、先ほどと同じドアを叩く異音でハッと気が付きました。

 ベッドで横になっているイシイ先輩は、やはり意識を失ったまま。

 時刻は夜中の2時ちょうど。


 まずい……


 ヤバイ……


「先輩!! イシイ先輩!! ヤバいです、またあいつがドアを叩いてるんです! どうしたらいいですか!? 先輩!!」


 いくら揺さぶっても、叩いても全く起きる気配がない。

 どうしたら、どうしたら……


 パニックになった私は、ドアを抑えてやめろと叫ぶ。


「やめろ! 頼むからやめてくれ!!」


 ドン、ドン……


「お願いです! どうかお願いですから!!」


 ドンドン、ドンドン、ドンドン……


「イシイ先輩!! 助けてください!! もうやめてください!!」


 ドンドンドンドンドン、ドンドンドンドンドン……


「あぁ……あぁ……お願いします、お願いします、お願いします」


 ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドン!!


「誰か、助けて……」


 ドンっ!!


「………」


 もう駄目だ……

 そう思った瞬間でした。

 ドアを叩く音は消え去り、夜の静寂が戻りました


 涙を流して呆然とドアの前に立ちつくす私。

 何分くらいだったでしょうか、そのままなにも考えられずに動けずにいました。


 が、ふとイシイ先輩のことを思い出し、ようやく思考が追いついてきました。

 そうだ、急に収まるはずがないじゃないか、まさかイシイ先輩がやったんだ。

 そう思ってベッドまで駆け寄ってみても、イシイ先輩は眠ったまま。


「なら、なんで……」







 コッ…………キン…………






「えっ………」


 どこから鳴る音なのか。

 すぐにわかりました。

 動けない私は、視線だけを出入り口のドアに向けます。


 ドアの……施錠したはずの……鍵が……閉から開に回っていたのです。


 ギ ギギ ギギギ…… ギギ ギ……


 ゆっくりと、ゆっくりと入り口のドアが開いていき、ビタンと赤黒い足がむこうから現れました。


 もう駄目だ、もう駄目だ、もう駄目だ、もう駄目だ、もう駄目だ。


 何度も何度も駄目だと心の中で叫びましたが、赤黒い女は少しずつ部屋に入ってきます。

 顔がのぞく瞬間、とっさに近くにあるタオルケットを掴んで羽織り、部屋の隅に急いで蹲りました。




 ギシッ ギシッ ギシッ……


「あぁ、そぉ、び……」


 ギシッ ギシッ ギシッ……


「まぁぁしょぉぉぉ……ねぇぇ……」


 ギシッ ギシッ ギシッ ギッ………


 タオルケット越しの気配でわかりました。

 今目の前に立ってる。


「あ゛ぁぁぁぁ、み゛ぃつけたぁぁ……」


 もう、駄目だ。

 泣きながら祈るように両手を握りしめた瞬間でした。



「おぃ! サトウ! タオルケットなんかかぶって何やってんだ?」


「えっ?」


 被っているタオルケットを急いで剥ぎ取ると、開きっぱなしになっていたドアの前にセーイチが立っていました。

 私が、アレっ? えっ?とキョロキョロしていると、セーイチはズカズカと部屋に入ってきて、


「おまえ暇だろ? ならさ、ラーメン食いにいくべ!」


 と言ってきました。

 いまだに頭の中身が整理できていない私は、


「今はイシイ先輩も一緒に居るから無理だし、そもそも今は何にも食う気になれねぇ」


 とそっけなく返しました。

 が、セーイチはものすごく嫌そうな顔をしながら、


「いやいや、おまえさ、この部屋はおまえの部屋だろ? イシイ先輩なんかいるわけないだろ? どこにいんだよ。 そんなに行きたくねぇってんならそう言えよな」


 耳を疑いました。

 嘘だ。


 とっさにベッドの布団をめくってみました。

 が、やはりセーイチの言うとおりそこには誰も居ませんでいした。


 おかしい。

 さっきまでのアレはなんだったのか、4日過ごしたあの時間はなんだったのか。


 あたりを見回しても、イシイ先輩の荷物もないし、壁一面に書かれたはずの結界文字もない。

 何が何だかまったくわかりませんでした。

 頭を抱えまた蹲る私に、セーイチは「ま、まぁ疲れてんだな。ゆっくり休めよ」と一言言って出ていきました。


 何なんだ、いったい……


 俺がなにしたってんだ……


 俺がなに……したってんだ……


 俺、が……



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