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踏切  作者: サトウ
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 ※この話はノンフィクションです。

 すべて私が体験したことを綴っています。


 ※この話を読んで場所を特定してしまい、行ってみたいと思った方に言っておきます。

 くれぐれも行くのであれば自己責任でお願いします。

 もし何かが起きても私は一切の責任を負いませんというか負えません。

 私の場合は運が良かっただけなので、その後の対処法もわかりません。









 私が社会人になり、T県のKホテルに勤めだしてから3か月が経ったときに経験した話をさせて頂きます。





 当時の私は、高校生上がりの言ってみればクソガキと言われる部類の無知な青年でした。

 無知で世間知らずで自分勝手。


 そんな私が、慣れない【社会】という名の怪物に苦しめられたのは言うまでもありません。

 普段はしなかった挨拶の仕方、礼儀作法の勉強、お膳の配置、お客様を迎えるにあたっての心構えなどなど。

 上げだしたらきりがないくらいいっぺんに詰め込まれました。


 慣れない土地での慣れない仕事。

 案の定というかやはりというか、仕事に疲れ切った私はちょっとガラの悪い先輩とよくつるんで遊び歩くようになりました。

 ガラが悪いと言っても、口と見た目が怖いだけでとてもいい先輩達だったのを覚えています。



 社会人になって3か月過ぎたある夏の昼のこと。

 私は珍しくその日は休みを取っていました。(いつもは土日)

 理由は簡単。

 とあるゲームの発売日だったからです。


 楽しみで仕方ない私は朝一から電車に乗り、二駅先のホビーショップまで急いで向かいました。

 店はまだ開店しておらず、1時間は待ったでしょうか。

 そわそわしながら待つことしばらくしてからようやく開店し、予約した品を受け取り意気揚々と帰宅。


 社宅の自室までダッシュで帰り、部屋に着くなり急いでハードを起動。

 早く始めたくてパッケージを力任せにバリバリ引き裂き、中のディスクを取り出してセットしようとしたその時でした。


「お~い、サトウ。いるだろ?ミツシマだけど」


 いつもつるんでいたガラの悪い先輩が私の部屋の扉を叩いて呼ぶ声が聞こえました。

 私は、居留守を使おうか悩んだのですが、脱いだ靴が外に置いてあることに気が付いて、渋々セットしようとしたディスクをケースの中にしまい、ため息をつきながら鍵を開けて先輩の呼ぶ声にこたえました。


「は~い、今開けるんでちょっと待ってくださいね」


 そもそものことの始まりが今だと気が付いていれば、無理やりにでも理由を作って無視したのに。

 後々この選択をしたことを後悔するのですが、そんなことは今の私は知る由もありませんでした。





 先輩は「わりぃな、ちょっと入れろや」と言いながら部屋に入ってきて、ごく自然な動作で煙草に火を付けた。

 目一杯肺に煙を吸い込んで、それを吐き出しながら持ち込んだ缶コーヒーを私に手渡しつつ話を切り出してきました。


「なぁサトウ、最近めっちゃ暑いよなぁ」


「? えぇ、まぁそうですね。俺は夏産まれなおかげか暑さに強いのであんまり気になりませんけど」


「でも暑いには暑いだろ?」


 なぜだか先輩はどうしても私に「暑い」と言って欲しそうにしている気がしたので面倒になった私は、


「そうですけど、なんかあるんですか?」


 と尋ね返しました。

 すると先輩はいつものなにかしでかす前の満面の笑みを見せて、にっこりと笑いながらこう言いました。


「もう外に何人か集めてるからさ、これから肝試しに行こうぜ!」


「えっ?今からですか?」


「もちろん今からだ」


 そう言い、私の答えなどろくに聞かないまま腕を引いて外まで引っ張っていきました。

 めんどうだなと思いながらも、ここまで来ておいて今更行きませんって言ったら怒るんだろうなとか思いながら、引かれる腕を振り払わずに素直に付いていきました。


 玄関を出てすぐ、そこには私の同期の男子4人が待っていました。

 その同期達の顔色というか機嫌は悪そうで、明らかに先輩に言われて渋々来たたのだろうということはすぐにわかりました。

 ガラが悪い先輩から頼まれて、断りきれなかったんだろうなぁと悠長に考えつつも、私はそこにいた同期達に軽く挨拶を交わしました。


「あ、おまえらも行くのか? もの好きだねぇ」


 軽く言った私のその言葉を聞いて、一人の同期(こいつを仮にセーイチとする)が喰ってかかってきました。


「おまえな、これからどこ行くのかわかってんのか?」


「え? 真っ昼間の肝試しだろ? 明るいからあんまり怖くないだろ?」


 私の言葉に何か言おうとしたセーイチは何かを言おうとしていましたが、その言葉を口には出さずに、


「まぁ俺も行くんだからいっしょか……」


 と何かを諦めた感じでふぅとため息を吐いていました。


 一体なんなんだ。


 そう思っているといつの間にか、先輩が用意していた車を私たちの横まで持ってきて、乗れよと促してきました。

 私と他の3人はすぐにその車に乗ったのですが、セーイチだけは少し躊躇いがちにゆっくりと車に乗り込んでいました。


 車の中では、今から行くところの話を少しだけ聞かせてもらいました。


 何でも、ここから車で数分のところに今は全く使われていない踏切があるという話だった。

 その踏切の向こうには、トンネルがあって、更にそこを抜けると展望台があるのだというのです。

 先輩も一度行ったことはあるが、一人で行ったせいか踏切の先にすらいけなかったのだと言って笑っていました。


 なにより、その異様さが怖すぎて無理だったんだ、と。


 そんな話をしつつもあっという間に目的の場所にたどり着き、車を少し離れた駐車場に停めて目的の踏切まで歩いていくことにしました。

 車から降りて、太陽がギラつく中を汗を流しながら一分ほど歩くと、例の踏切が見えてきました。


 その踏切の周りは草と木に覆われ、電飾もくすんでいて、黒と黄の縞の色あせたバーの部分も腐っているのか地面に垂れ下がっていました。

 見た目はもうすでに使われなくなった古い踏切といった感じだったのですが、何かおかしいというか異様な寒気というか。そんな感覚に襲われました。


「おいおいサトウ。ここまでみんなで来たのに一人だけ後ろで見てるとかやめろよな」


 そう言われて私は初めて気が付きました。

 知らないうちにズリズリと後ずさっていたのです。

 本能からそうしたのかわかりませんが、先輩に言われるまで全く気が付きませんでした。


 慌てた私は、危険すぎると今更ながらに思い知り、先輩に半分泣きつくように帰りましょうと縋り付きました。

 でも先輩は、せっかく来たんだからちょっとだけ先に行こうぜと言い、私の言葉を全く聞いてくれません。


 その先に進むことを拒む私は他の同期に必死に訴えました。


「頼むよ、もう帰ろう! ここはヤバすぎるって! この後みんなに飯でもなんでも奢るからさ、頼むよ!」


 全財産をなげうってでもここには入りたくない。

 そう思って必死に必死に何度も訴えたのですが、ダメでした。

 同期も、先ほどまでどんよりとしていたセーイチですらも、なぜかニコニコとした笑顔で「いいから一回行ってみようぜ」と繰り返すばかりでした。

 あんなに行きたがらなかったのになんで……



 たぶんここが最後の選択ポイントだったのでしょう。

 このあと起こった事を考えれば、見捨ててでも逃げればよかったのだと、今でも思っています。

 そうすれば、あんなことにはならなかったのに……





 結局、なし崩しというか引きずられるというか、私はその踏切の先に入って行くことになっていました。


 先程まで少し離れたところから見ていた踏切は、近くまで行くとまた違った姿で私の目に映りました。

 大抵、こういった場所に行くと拒まれている感覚というのはあると思うのですが、その見た目の恐ろしさに反してそんな拒絶の感覚は一切感じられませんでした。

 むしろ、歓迎されているというか、手招きされているというか……


 ひとり、またひとりと同期がその踏切の先に入っていく姿を見て、火に吸い寄せられていく蛾の群れを思い出さずにはいられませんでした。

 そして吸い寄せられる蛾というのは、私も同じ。

 いつ踏み越えたのかも全く分からないまま、気が付いたときには踏切を背にして立っていました。

 恐怖は不思議となく、超えた踏切をちらりと一瞥して同期達とその先頭を歩く先輩に着いて行きました。


 時刻は午後12時20分。

 太陽も天高く上り、あたりを煌々と照らしている時間帯のはずなのですが、踏切の先は懐中電灯が無ければ見えないような暗さでした。

 あたりは草が生い茂り、更には落石の影響なのか岩と言っていいほどの大きな石がごろごろとそこかしこに転がっていました。

 足を取られながらも、私たちは黙々と先を目指して歩きます。

 誰も一言も発しないまま。



 歩くこと十分程度といったところでしょうか、いつの間にか道は少し綺麗になり、落石による岩も落ちていない開けた通りに出ました。


「ここでちょっと休むか。 飲み物持ってきてたろ?出せよ」


 先輩が休憩しようと言い出し、同期の連中に持たせた飲み物を催促してきました。

 同期は背中に背負ったリュックからごそごそとペットボトルのお茶を出すと、先輩に手渡し、その後に順に私たちに配ってくれました。


「はい」とお茶を手渡してくれた同期から、私は奪う様にそれを受けとると、ものの十秒ほどで一気に飲み干しました。

 神経をすり減らしてここまで来た所為かいきなり疲れが溢れ出してきて異常なほどの喉の渇きを訴えていたからです。

 ただ、それを飲み干すころには乾きもだいぶ癒え、話せるだけの余裕を取り戻すことができました。


「サンキュ」


「おぅ」


 短く言った礼に短く答える同期。


 と、その時でした。


「おい、あれなんだ?」


「? 家……か?」


「いや、にしたって小さすぎだろ。なんだ?」


「いやいや、その前にあんなのはじめからあったか?誰か気が付いてた奴いるか?」


 誰も気が付いていませんでした。

 始めからあったのか、それとも突然現れたのか。

 数十メートル先。

 そこには、小さな木製の建物がありました。


 私たちは少し近くまで行ってみました。

 近くまで行くとその建物は、大きさで言えば4畳くらいの大きさしかない古ぼけた和式のトイレだったのです。


 壁は板を簡単に打ち付けたような感じで、ところどころに隙間があり、屋根はトタンを被せただけ。

 私たちは、ただじっとそのトイレを観察する様に見ていました。


 見ているだけならよかった。

 案の定というか、当然の流れというか、ここでまた先輩が嫌な提案をしてきたのです。


「なぁ、じゃんけんで負けたやつがあの扉開けてこいよ」


「は? あれを開ける?マジで言ってるんですか?」


 私を含めた先輩以外の全員がほぼ全く同じタイミングで「正気ですか?!」と声をあげました。

 が、先輩は「当たり前だろ」と一言。


 そうして握った手をスッと前に突き出して、「さ! さっさとやるぞ!」とジャンケンを催促してきました。

 こうなったらもう後には絶対ひかないことくらいもう判り切っていたし、今更ここまで来ておいて駄々をこねても後が面倒になるだけだから、同期の奴らも半ばあきらめ半分で握った手を前に出してきました。

 その中にはもちろん私も。


「ジャン、ケン!ほいっ!」


 嫌な予感は良く当たるものです。


 偶然なのか、必然だったのか。

 あり得ないことに、全員パーで私だけがグーの一人負けという結果になりました。


「え……」


 血の気がサッと引いていきました。


「一人は無理です! 絶対に無理です! お願いします!あともう一人でいいですから、付いて来てくれるだけでいいですから!お願いします!!開けるのは俺がやりますから、本当にお願いします!!」


 一も二もなく土下座をする私。

 こんなの一人でやるなんて無理だ。

 怖いとかもはやそういうものではない。

 あれを開けて大丈夫だという保証なんてない。

 絶対に一人では嫌だ。


 お願いします、お願いしますと頭を下げ続ける俺に手を差し伸べたのはセーイチでした。


「サトウ、いい加減やめろ。俺が一緒に着いて行ってやるから」


「セーイチ……ありがとう。……本当にありがとう」


 この時のセーイチは仏か何かと思う程穏やかな表情をしていました。

 そんな私とセーイチを急かすように、先輩は早くしろと手を叩いて早く言ってこいと訴えてきました。


 重くなった体を何とか立ち上がらせ、セーイチと一緒にトイレの扉の前までゆっくりと移動しました。

 開けるか開けないか、ドアノブに手を出したりひっこめたりしていると、またしても先輩から「さっさと開けろよ!」と急かす声が。

 もうどうにでもなれとドアノブに手を掛けた瞬間でした。








 ……………いらっしゃい












「―――――!! えっ?!」


 耳元で、


 普段なら聞き逃すほどの小さな声で、


 女性の声が、


 はっきりと聞こえたのです。




 私は驚きのあまり、一瞬でパニックになっていました。

 空気をめいっぱい吸い込み、呼吸が荒くなり、ヒィヒィとそれでも息を吸おうとする肺。

 苦しさでどうしようもなくなり息を止めようと空いた手で口を押えたその時でした。



 ある音を聞いた瞬間――

 一気に正気に戻りました。



 朽ちた木がこすれる不快な音。





 トイレの扉が開いていたのです。



 私は身動きすることができなくなりました。

 扉は私が押していないにも関わらずゆっくりゆっくり開いていき、ついに完全に開ききってしまったのです。

 開ききった扉の向こう側には、ただただ真っ黒な空間が広がっていました。



 なんて綺麗な黒なんだ…



 本当に真っ黒でライトで照らされているはずの向こう側なんて全く見えなかったのですが、なぜか私はこの場が心霊スポットであることを忘れるくらいその暗闇が綺麗だと思ったのです。


 触れたい。


 そう思って真っ黒な空間に吸い込まれるように手を伸ばしていくと、後ろからグイっと引っ張られる感覚が。

 でも、それでもなお私はその暗闇を掴もうと手を伸ばしました。


 もう少しでその暗闇を掴むというところで、私はセーイチともう一人の同期の2人に取り押さえられました。


「離せ! 離せっ! 俺はあの黒に触るんだよ!! 一回だけでいいから触らせろ!!」


「やめろサトウ! 黒って何だよ、何にもないただの便所だろうが! それにあっち見てみろ、先輩と他の奴らなんか、なんかが出てきたって言ってもう逃げてんだよ!! おまえもさっさと立て!! 逃げるぞホラっ!!」


「うるさい、うるさい、うるさい!! 勝手に逃げてろよ! 俺はあの黒を触るんだよ!!」


 取り押さえる二人を無理やりに振りほどき、すぐさま起き上がってその黒い何かに再度手を伸ばす。


 どうしてもあの黒い綺麗な何かに触りたい。


 どうにかしてあれを掴みたい。


 あの奥に行きたい。


 あの黒になりたい。



「あぁ…………」



 中指のたった数ミリ。

 背骨から頭の先まで一気に走る快感。

 ようやく届いた。


 快感が弾けそうになる瞬間――


 皮の一枚分が触れたか触れないかというところで、私はセーイチに殴り倒されていました。


「すまん、いつものおまえじゃなかったから……戻ったか?」


 呆然とする私はセーイチを見上げ、触れようとしていた黒い何かに目を向けました。

 が、そこには、扉が開いた古びた和式トイレになっていました。


 ただただ呆然と座り込んでいた私を、セーイチともう一人が立ち上がらせてくれました。


 立ったことで少しだけ感覚が戻ってきたのか、急に傷みだした頬をさすりながら、私たち3人は何かから逃げるように出口に全力で走っていきました。

 元来た荒れた道を走り、岩を登り、泥だらけになりながらひたすら走る。

 息も切れ、動悸がは激しくなってきた時に、ようやく出口の踏切が見えてきました。



 あぁ……着いた……

 走る速度を緩め、安堵のため息を漏らしました。









「――あ……ま…………ょ………」



 また耳もとで声が聞こえたのです。

 振り返ってもあたりを見回しても誰もいません。


 先程よりもよくは聞こえなかったので、気のせいだと無理やり思い込み、早々にここから出ようと踏切方に走り出した瞬間でした。



 乾いたざらざらとした手の感触が、私の鎖骨から頬までをぞりぞりと撫でまわすように這った感覚に襲われたのです。

 私はパニックからか息ができなくなり、じたばたとその場でもがき苦しみました。

 コンクリートに放置された魚のようにビタンビタンとのたうちまわり、視界がどんどん狭くなっていきました。


 意識が遠のいていく中最後に見たのは、先輩と、同期の連中と、



 見たいこともないくらい全身赤黒い女性の姿でした。



 視界が暗転し、もうすべてが切れるほんの一瞬。

 最後の最後に、






「あそび……ましょ……」





 そう、聞こえました。





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