線路で動く街
人々はラインを越えない。無駄な諍いを避ける為だし、自分達の領域ではないから。
だからこうしてここへ来たのは初めてだし、もし見つかれば非難を受けるかも知れない。
でも訪れてみて分かった。自分は責められない。自分は見つからない。自分とここの人々に違いはないからだ。
日の出へと棒が伸びている。地面を這うようにして。
大きな物が空に煙を吐いている。足元ではベルトが二つの滑車を跨いで忙しなく回っている。あれは家だ、歯車が家を載せて走ってる。
凄い! こんな物は見た事がない!
賢い人々は、家そのもの動かしている。それなら何一つ諦める必要はない。全部持ってゆける。
いずれは滅びに飲まれるからと、あちらでは簡素に暮らして来た。でもこれなら!
人々の口から出る「モトレール」という言葉に、強い憧れを抱く。
人はこれ程の進歩を遂げていたのか
一際大きな歯車に一際大きな家が載せられてゆく。それは大勢による手作業。だが引っ張っていた幾多ものロープが次々と切れた。
人々がひっくり返ると、家が大きな音を立てて倒れた。人々は口々に積み過ぎだと口にする。背後では、同じレールに並んだ家から罵声が飛ぶ。
よく見れば、そんな光景が先々でも見て取れる。
手伝おうかと声を掛け加わるが、手応えとして、それはもう無理に思えた。
それでも諦めきれない家の主人は、遂には怪我をした。でも諦めない。
やがて人々は減り始め、気付けば皆去っていった。後続の人々は悲嘆に暮れると、主人を罵倒し、鞄一つで去った。
もう日没の方からは誰も来ない。置いていこう。
主人は首を振った。
私はここで滅ぶ!
全てを持って行く事なんて出来ないんだ。
安心から詰め込み過ぎた荷物は、どうしても捨て切れなくなって、やがて自分の命より重くなった。
馬に跨り進み出す。遠くに主人が項垂れている。
間違っているとは思わない。大事なものは人によって違う。
でも、勿体ないとは思う。悔やまれるのは、それを上手く伝えられなかった事だろう。