その二
陽が高いというのに、翌日まで月京は眠った。妻のさちや義妹のおりくは、
「よほど疲れていたのですねぇ」
と、好意的に解釈したが、それに頷くほど自分は無垢ではない。
昼前に目を覚ました月京は、行水の後に煮魚を菜に大飯を二杯食らうと、吉蔵の部屋に顔を出した。
(ほほう、これは)
月京の装飾に目が行った。
五芒星の擦文が施された純白の褐衣に、括袴。そして、頭には立烏帽子。腰には太刀を佩いている。 以前、村を訪れた旅の陰陽師は浄衣を纏っていたが、それとは聊か趣が違う。言うなれば、猛々しさがあるのだ。
「これは一合戦に行くという恰好でございますね」
「御名答。私はこれから山へ合戦しに行くつもりだ」
「山?」
「黒毛山だ」
「最初におゆきが姿を消した山でございますね」
「そこに下手人はいる」
「へ?」
吉蔵は目を丸くした。それに、月京は得意気に頷いた。
「何故、それをお判りに?」
「調べたからに決まっているだろう」
「それは」
「寝ている間にね。まぁ私は陰陽師だから、調べる手段は色々あるのよ」
式鬼を使ったのだろう。櫛橋流の陰陽道は、式鬼の使役と妖鬼退治に長けていると、代官所で聞いた。
「下手人の名は犬童丸という妖鬼だ。この犬童丸を退治しに行くわけだが、それに吉蔵殿に御同行してもらおうと思う」
「それは勿論。道案内が必要でしょう」
「おっと、案内は不要。ただ証人は必要なのだ」
「証人でございますか?」
「如何にも。娘達は恐らく喰われて戻りはせぬ。かと言って、妖鬼の首など持ち帰られぬもの。つまり私が退治したと言った所で、証人がいなければ報酬が得られぬのだ」
「報酬ですと」
「陰陽奉行と言っても、知行は僅か。それ以上を望むなら、妖鬼退治の出来高払いになっていてね。御公儀も存外吝嗇なのだよ」
そう言って豪快に笑う月京に、吉蔵は溜息を吐いた。凄い男なのだろうが、どうも胡散臭い山師に思えるのだ。しかも、娘が喰われて戻らぬ事もさらっと言ってのける。やはり、真面な神経をした人間ではない。
「なるほど。そういう理由であれば」
庄屋屋敷を出ると、そこには牛車が待っていた。牛の側には、水干を纏った男が一人立っている。
「これは?」
「用意した。黒毛山まで歩くのは面倒だからのう」
「まさか、これが式鬼というものですかな?」
「ふふふ」
「では、あのお方は?」
牛の側で佇立する男に目をやった。水干に平礼烏帽子。歳は三十歳過ぎだろう。佇まいに武士らしさを感じるが、宝暦も十年も過ぎたこの時代に、このような恰好の武士などいない。
「あれは私の側近で、藤九郎という」
藤九郎が吉蔵の方を向き、軽く黙礼した。
「はて、あのようなお人を連れていたのですか?」
揚野村に現れた時、月京は一人だった。そして、本人もそう言っていた。
「人であって、人ではない」
「まさか、あのお方も式鬼だと?」
「式鬼だが人でもある」
禅問答のような口ぶりに、些か腹立たしさを覚えたが、月京の清々しい表情を見ると、真面目に考える自分が馬鹿に思えてくる。
「全く意味が判りませぬ。私は狐に化かされている気分です」
「まぁ、そう難しく考える事もない。この世には人知では測れぬものもあるのだ」




