その十(最終回)
二人になった。
上屋敷の自室である。縁側に出て、二人で酒を飲んでいる。肴は干した鯵。鈴木は既に帰っていた。
「もう女は出ないな」
帯刀が言った。
「ほう、判るか?」
「穏やかな顔で消えたんだ。今頃は朝鮮の極楽だろうさ」
「ふむ」
月京は、猪口の酒を飲み干した。
「しかし、判んねぇな」
「何が?」
「あの骸骨は、あの女だろう? 何故あんな目に」
「聞きたいか?」
「此処まで来て、聞かねぇという選択肢はねぇさ」
「だな」
「だが、名は伏せさせてもろうぞ。当事者の家名はまだ残っているからな」
そうして月京は、ぽつりぽつりと語り出した。
夜須藩上屋敷。かつては豊臣恩顧の西国大名の屋敷だった。他の大名と同じく、関ケ原で神君に靡き、それから家臣となったわけだが、二代藩主の時に藩主自身の狂乱と御家騒動から改易され、今は細々と旗本として家名が残っている。
「某家としようか」
「いいぜ」
某家は、太閤の命令に従い朝鮮へ出兵した。某家の当主は猛将で、朝鮮では存分に暴れ回ったらしい。その当主がある邑城を攻め落とした際に美しい姫を捕らえ、そのまま日本に連れ帰った。当主は姫を寵愛し、玉のように大切にしたが、それに嫉妬したのが、当主の正室だった。正室は神君の養女で、朝鮮女に負けたという事が誇りを傷つけたのだろうよ。その当主が間もなく急死すると、正室は姫を鎖で繋ぎ閉じ込めたというわけだ。しかも法術師に頼み、たとえ死んでも魂を閉じ込めるよう封印をし、かつそれを解く者が現れぬよう、鬼を捕らえて罠として仕掛けるほどの徹底ぶりだ。
「だが、どうして女は夜な夜な蔵に現れたんだ? 封印されていのだろう?」
「経年劣化だろうな」
「へぇ、劣化ねぇ」
「封印は徐々に効力を失う。一方、無念の情は年々積り強くなる。女は蔵の中に現れるまでは出来るようになったんだろうな。しかし、朝鮮に帰るまで封印は弱くならない。だから、化けて出て訴えたんだろう」
「そうか」
「そうさ」
帯刀は、銚子を月京に差し出した。既に二本は空になっている。
「話を聞くだけで終わった。お前が言った通りになったな」
「女とは、往々にしてそんなもんだろうよ。話を聞けば、満足する。相談しにきても、答えを求めているわけではない。話を聞いてもらいたいのさ。まぁ私からみた女だがね」
「ほう。そう言えるほど女を知っていると見た」
「どうだろうな」
「隠すなよ」
「深川で浮き名を流す、〔たらし〕のお前さんには敵わんさ」
「お前、嫁さんは?」
「死んだよ」
月京が猪口を置いた。表情は変わらない。
「すまん」
「いい、もう遠い記憶さ」
帯刀は話題を変えようと、身体を横たえた。そして、大きく息を吸う。冷たく澄んだ夜気が、鼻腔を突いた。
「何故、名前を訊いた?」
月京が訊いた。手酌で銚子を傾けている。
「ソヨンか」
「ああ」
「いい女だった。それだけさ」
すると月京は、鼻を鳴らして苦笑を浮かべた。
「生きている女にしておけ。女は怖い。死んだらなお怖い」
遅くなりましたが、「第四回 開かずの魔」完結です。連載中に入院しまして、大変なご心配をお掛けしました。温かいお見舞いの御言葉、ありがとうございました。




