その七
大きな男だった。
自分も大きな方だが、おそらく頭一つ分ほど大きい。
元公家の陰陽師。そして、息子の顔立ちから、巌のような武骨な男が現れるとは思いもしなかった。
「お待たせしたようで」
道服姿の月京は、挨拶もせずに言った。
「なんの」
「急遽、千代田のお城に呼ばれておりましてな」
「ほう。何かあったのでしょうか?」
少し間をおいて、帯刀は訊いた。どうやら挨拶は抜きという事らしい。
「まぁ、少し。いや、少しじゃないな。幕閣の連中にとっては一大事か」
「あの連中は、箸ご転がっても慌てふためきますからな」
「ふふ。言いますな」
「お嫌いか?」
「いや、むしろ好きですね」
と、月京は一笑した。
「話の前に、堅苦しい言葉遣いは無しにしましょう、深川の帯刀さん」
「いいぜ」
「良かった。深川界隈では帯刀さんの名前は有名だ。かく言う私も、飲む・打つ・買うの横道者でね。同じ穴の狢と畏まった物言いはしたくはない」
「そいつは楽でいいや。俺もいつも通りで行かせてもらう」
「ふふ。で、私に何やら相談に来たとか」
「そうだが、その事は誰にも漏らしちゃいない。しかも、八仙花という女は、俺の名も来訪の事も知っていやがった。清風は〔目敏い者〕が報せたと言っていたが」
「ああ、その通りだ」
「まず、それが聞きてぇな」
「何の事もないですがね」
月京は、すうっと右手を差し出した。その上には何と、能面を被った狩衣・立烏帽子姿の小人が立っていたのだ。
帯刀は、その小人を前につんのめって凝視した。
「おい。冗談だろう」
「なるほど。どうやら見えるようだな」
「最近、何故か見えるようになっちまった。これが陰陽術というものかい?」
「いいや。こやつは低級の妖鬼で、この屋敷に棲んでいる者だ。こやつが、意図的に姿を見せているようだな」
「ほう」
「驚かないとは」
「いや、驚いているさ」
「そうは見えぬが」
「こいつが俺の頭の中を覗いたってわけかい?」
すると、この小人が甲高い笑い声を挙げた。
「帯刀よう。そいつは違うわえ。おぬし、寛永寺の前で、こう言ったろう。『月京は相談を聞いてくれるかな』と。儂はそれをたまたま聞いただけわえ」
「貴様は、盗み聞きしたわけか」
「くくく。そうわえ、そうわえ……」
と、小人はスッと姿を霧散させた。
「そういう事だ。で、その相談ってのを聞かせてもらおうか」
帯刀は、夜須藩上屋敷の蔵に現れる、女の霊の話をかいつまんで説明した。その女が、銀漢の天女か菩薩様が着るような着物を纏い、わけもわからぬ言葉を発していたという事を含め。
「ふむ。それは興味深いな」
「女は『く、さらむ』なんちゃらって言ってたが、こちとら驚いて覚える余裕はねぇ」
「まぁ、この国の霊ではなさそうだな」
「やはり、そう思うかい?」
「まぁね」
月京は清風を呼び、ある本を持って来させた。そこには諸外国の装束が絵図にして記されていた。
「よくこんなもんを持っているな」
「陰陽師たる者、古今東西の知識を身につける必要があってね。さぁ、この中でお前さんが見た着物はあるだろうか? それが判れば、言葉の意味も判明しよう」
「なるほど」
帯刀は暫く項を進め、あの女が着ていた装飾の項で手を止めた。
「こいつか」
「間違いないね?」
そこには、〔朝鮮〕と記されていた。そして月京の顔が、心なしか嗤ったように見えた。
「報酬は二十両。びた一文負けんがいいかね?
」
「ああ。二十両、ちゃんと預かってきている。それと、手土産に聚楽酒」
「そいつは上等。では明後日、屋敷へ伺おう」
「今からじゃねぇのか?」
「話を聞くに、急を要する話ではない。それに相手が朝鮮女とあっちゃ、色々と準備が必要でね」




