その六
「この屋敷の連中は、どうして俺を驚かそうとしてやがるんだ?」
導かれたのは、板張りの一間だった。見慣れない祭壇がある。その前に座していたのは、十二歳ほどの少年だった。
狐目で、色が白い。それよりも白い浄衣を纏っている。櫛橋家は、元々が公家。少年の顔立ちを見ると、その血が濃いように思える。
帯刀がその対面にどかっと座ると、少年がしたたかに平伏した。
「おいおい、公儀陰陽方の奉行さんは、こんな小僧なのかい?」
すると、顔を上げた少年がニコリと微笑んだ。
「いえ。公儀陰陽方奉行は櫛橋月京、私はその長子・櫛橋清風知世と申します。栄生帯刀様でございますね?」
「おう。その通りだが、何故俺の名と、此処へ来る事を知っているんだい?」
「目敏い者が、報せに参りました。恐らく、父の所にも」
「目敏いねぇ。俺の兄貴が報せたのかと思ったが」
「いえ。夜須侯からは何も」
「じゃ、陰陽師の力ってやつかい?」
「そのようなものです」
「そいつが知りてぇ」
「申し訳ございませぬ。父の許しなく、それをお見せする事は出来ませぬ」
「そうかい。まぁ、それが躾ってなら仕方ねぇや。で、俺は親父さんに用事があるんだがな」
「生憎でございますが、父は外出しております。しかし、間もなく戻るでしょう」
「ほう。留守ってわけか。まぁ突然来たのだから無理もねぇが」
「では、お茶でも」
清風が手を叩いた。現れたのは、水干に平礼烏帽子の男だった。既に茶が用意されていた。先祖も公家なら、暮し振りも公家風なのか。だが、此処まで徹底すると、失笑物である。
「本当に驚かされらぁ」
「当家執事の藤九郎と申します」
清風が紹介し、藤九郎が頭を下げた。歳は三十過ぎ。自分と同じぐらいか。表情は硬かった。
「お殿様は、もう少しでご帰宅されるとの事でございます」
そう言って、藤九郎は部屋を出て行った。暫く無言で茶を啜った。上等なものだ。いつも飲んでいる、茶屑を漉した薄いものとは段違いである。
「あれ、何を作っているんだい?」
静寂に耐えかね、帯刀が訊いた。
祭壇がある一間では戸が開け放たれ、その先には菜園があった。ただ、そこで作られている野菜は、どうも見慣れぬものばかりだったのだ。
「薬草です」
「へぇ、陰陽師が薬草ね」
「櫛橋流には本草学もございます故」
「それは術の為にかい?」
「人を助ける為でもあります。長崎から取り寄せた、本邦のものではない薬草もありますよ」
「そりゃ珍しいな。阿芙蓉とかもあるんじゃねぇのかい?」
「まさか。御禁制のものはございませぬ」
清風が悪い冗談に動揺もせずに言った。それなりに肝があるようだ。親父の躾が良いのだろう。となると、親父もそこそこの男なのだというのが判る。
その薬草園では、二人の奉公人らしき者が作業に従事していた。ただ一人には左の肘から下が無く、もう一人は業病患者のように、顔に包帯を巻いていた。故に男か女か判らないが、身体つきは女のように見える。
「失礼だが、御当家には不具の者が多いように見えるが」
「ええ、その通りです。近郷の村々から、そうした者を雇い入れております」
「月京さんは慈善家なのかい?」
「いいえ。むしろ逆でございます。厄介者扱いされている者なので、安く雇えるし、名望も高まると」
「それを親父さんに聞いたのかい?」
「はい」
とんだ悪人。そう思っても、月京という男に、強い興味を覚えた。おそらく慈善でやっている事なのだろう。しかし、照れ隠しでそう言っているに違いない。月京について、知り合いの旗本数名に聞いたが、皆が口を揃えて、
「陰陽師にしておくには勿体ない気持ちのいい奴」
と、言うのだ。
不意に、表が騒がしくなった。
大きな声の後に、豪放な笑い声が続いた。どうやら馬の糞を踏んだとかで騒いでいるようだ。
「どうやら帰って来たようですね」
そう言うと、清風は一礼して立ち上がった。




