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月京妖し語り~風説百魔草紙~  作者: 筑前助広
第四回 開かずの魔
23/31

その三

 目が覚めると、辺りはすっかり暗くなっていた。

 上屋敷にある、殆ど使っていない居室である。

 大名屋敷の上品な菜で丼飯を二杯平らげた帯刀は、そのまま大の字になって一眠りしていたのだ。

 慌てて起きると、それを見越したように、与板が顔を出した。


「さては、寝坊されましたな」

「気付いていたら起こすってのが、家臣の道ってもんじゃねぇのかい?」

「生憎、私は御舎弟様の家臣ではございませんので」

「へん。俺が藩主になったら、てめぇを必ず切腹の上、一族郎党取り潰してやらぁ」

「残念ながら、御舎弟様が夜須をお継ぎになる芽は……」

「ええい、うるせぃや、糞小役人。それより、今は何刻になる?」

「およそ、夜五つかと」

「ちょうどいいじゃねぇか」


 帯刀は立ち上がると、着流しに佩刀をぶち込んだ。

 銘は、軍荼利左文字ぐんだりさもんじ。実家の蔵から拝借した業物である。確か二代藩主に由来があるそうだが、そんな事は知らない。

 これまでに幾人もの悪党を斬ってきたが、脂を巻く事も、刃がこぼれる事も無い。まさに銘刀。こいつはそう呼べるもので、生き血を浴びていると、嬉々としているように思えてしまう。少なくとも、蔵の中で埃を被っていていいものではない。


「御舎弟様。何か秘策はあるのでしょうか?」

「ねぇな、そんなもん。出て来た所を斬る、それだけさ」

「一応、手の者を潜ませておりますが」

「おいおい。万が一気付かれてみろ。内気で初心うぶな娘が、怖がって出て来やしねぇぞ」

「しかし」

「なぁに、俺にゃ神田明神に成田不動、それと軍荼利左文字の明王様がついてんだ。遅れは取るまいよ」


 と、帯刀は居室を出て、くだんの蔵へ向かった。

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