その三
目が覚めると、辺りはすっかり暗くなっていた。
上屋敷にある、殆ど使っていない居室である。
大名屋敷の上品な菜で丼飯を二杯平らげた帯刀は、そのまま大の字になって一眠りしていたのだ。
慌てて起きると、それを見越したように、与板が顔を出した。
「さては、寝坊されましたな」
「気付いていたら起こすってのが、家臣の道ってもんじゃねぇのかい?」
「生憎、私は御舎弟様の家臣ではございませんので」
「へん。俺が藩主になったら、てめぇを必ず切腹の上、一族郎党取り潰してやらぁ」
「残念ながら、御舎弟様が夜須をお継ぎになる芽は……」
「ええい、うるせぃや、糞小役人。それより、今は何刻になる?」
「およそ、夜五つかと」
「ちょうどいいじゃねぇか」
帯刀は立ち上がると、着流しに佩刀をぶち込んだ。
銘は、軍荼利左文字。実家の蔵から拝借した業物である。確か二代藩主に由来があるそうだが、そんな事は知らない。
これまでに幾人もの悪党を斬ってきたが、脂を巻く事も、刃が毀れる事も無い。まさに銘刀。こいつはそう呼べるもので、生き血を浴びていると、嬉々としているように思えてしまう。少なくとも、蔵の中で埃を被っていていいものではない。
「御舎弟様。何か秘策はあるのでしょうか?」
「ねぇな、そんなもん。出て来た所を斬る、それだけさ」
「一応、手の者を潜ませておりますが」
「おいおい。万が一気付かれてみろ。内気で初心な娘が、怖がって出て来やしねぇぞ」
「しかし」
「なぁに、俺にゃ神田明神に成田不動、それと軍荼利左文字の明王様がついてんだ。遅れは取るまいよ」
と、帯刀は居室を出て、件の蔵へ向かった。




