その五(最終回)
目が覚めると、眩い陽の光に思わず目を細めた。
山の中だ。視界には、生い茂る木々の葉があった。
あの長い夜が明けていた。酷く頭が重いが、生きている事に才十郎は安堵した。
(あれは夢だったのか……)
異変に気付いたのは、身を起こそうとしたした時だった。
身体が荒縄で戒められている。隣りでまだ眠り呆けている又助も同じだった。
「おい、又助」
と、起こそうとした時、
「もう少し寝かせておいてやれ」
と、いう呑気な声が聞こえた。
「まぁそう言っても、簡単には起きんがなぁ」
首を動かすと、男が歩み寄ってきていた。
五芒星の擦文が施された純白の褐衣に、括袴。そして癖毛を結った頭には、立烏帽子。歳は三十過ぎだろうか。珍妙な恰好をしている。
「誰だお前は?」
「通りすがりの陰陽師さ」
「陰陽師だと? ふざけているのか」
すると、陰陽師は苦笑して、才十郎の側にしゃがみ込んだ。
「おいおい。陰陽師はふざけた商売じゃないぞ。こうして人助けをしておる」
「俺達をこうしたのはお前か?」
「ふふ。そうさ。お前達が悪さをしていると、妖鬼どもが噂していたのでね。ちょっと調べると、お尋ね者だそうじゃないか。お前を捕らえて役所へ連れて行くと銭を貰えるというので、こんな山の中まで出張ったわけさ。あの山人は助けられず悪い事をしたが」
「すると、昨日の妖鬼はお前の……」
その質問に、陰陽師は首を横に振った。
「私が手を下したのは、あの老夫婦と呻き声だけだな。なぁ?」
すると陰陽師の背後から、二つの足で立ち、白い毛並みを持つ山犬が現れた。
「紹介しよう、犬童丸だ」
犬童丸は、無言で才十郎を見つめている。
「だから他は知らぬよ」
では、あの手は、あの女は何だったのか?
いや、この人間のように佇立している化け物はなんなのだ。だが、そのような疑問はどうでもよくなってきた。どうせ、このまま自分は磔にされるのだ。
「〔諏訪の鬼〕と恐れられた俺が、鬼に祟られるとは笑わせるぜ」
「生きている人間は、鬼になれぬよ」
陰陽師は背を向け、
「藤九郎」
と、呟いた。
すると、どこからか現れた水干姿の男に、才十郎は抱え上げられていた。
次回から、舞台を穢土ならぬ江戸に移します。
乞うご期待!!




