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月京妖し語り~風説百魔草紙~  作者: 筑前助広
第三回 夜の山
16/31

その二

「終わりやしたか?」

 繁みの中から声がして振り向くと、襤褸の野良着を着た男が現れた。弟分の又助である。

「脅かすなよ」

「へへ。兄貴、すまねぇ」

 又助は見張りから獲物の選別まで色々とこなす器用な男で、賊働きには欠かせない相棒である。この武士も又助が見つけたものだった。

 今年で二十三歳になる又助を、才十郎は唯一信頼していた。元は水呑み百姓。食うに困って遁走し、無宿人となった。出会ったのは、四年前。とある宿場の居酒屋だった。又助が男五人を向こうに回し、派手な喧嘩をしていた。何度も殴り倒されては起きてくる又助を、柄にもなく才十郎が助けた。結局それが縁で、行動を共にするようになったのだ。

「今回も上手くいきやしたね」

「大した腕ではなかった」

「懐の方は?」

「お前の見立て通り、上々だ」

 と、才十郎は又助に道中財布を投げ渡した。

「ほう、これはこれは。予想以上な額だ」

「天恵というものだな」

「へぇ。本当に」

 喜色を見せた又助は、その銭から少しだけ抜き、残りを才十郎に渡した。取り分は、全体の二割。それ以上は働きに応じてと決めている。

「天恵といえば、兄貴。これまたお恵みがございやすぜ」

 又助が薄ら笑みを浮かべて言った。

「ほう」

「この下の沢の方に、山人やまうどがおりやした。父娘おやこ連れなんですがね、この娘が何とも」

「歳は?」

「十五か十六か。兄貴好みの若い娘でさぁ」

「山人の女は、目鼻立ちが整った美人が多いという。これは楽しみだ」

 山人とは人別帳に名前を載せず、狩猟や山菜を採取しながら山野を渡り歩く漂泊の民である。独自の風俗と信仰、そして〔カガン〕と呼ばれる厳しい掟を持ち、里人さとびとと交わる事は少ない。

 その山人には、二つの系統がある。山中に幾つかの拠点を置き、季節によって棲家を変える岩山人イワオと、棲家を持たず山々を渡り歩く風山人カザオ。才十郎が知っている事はこれぐらいなもので、今まで彼らと関わった経験は少ない。

「へぇ。しかも顔に似合わず胸も大きく、何とも食べ甲斐がありやすぜ」

 才十郎は、天を仰いだ。陽は既に傾いている。今から急げば明るい内に根城へ辿り着けるが、女を襲えば間違いなく夕暮れには間に合わない。

 夜の山は危険である。獣だけでなく、滑落の危険もあるのだ。

 そうは思ったが、女体の誘惑には抗えるものではい。特に最近は女を抱いていないのだ。血は既に滾っている。

「山人の連中は人別帳に記載がないんで、俺達が殺した所で誰も騒ぎませんぜ」

「だが奴らは仲間意識が強い。復讐されると面倒だぞ」

「それは大丈夫。あの父娘は流浪の風山人カザオですから」

「やけに詳しいな」

「俺の生国の築城ついきは、山人が多い土地でしてねぇ。よく獣肉や毛皮、あと竹細工なんかを村まで売りに来てたもんです」

 結局、才十郎は又助に従い沢へと降りた。

 山人の父娘は、すぐに見つかった。沢の側で釣りをしていたのだ。

 父親はなめし革の手甲脚絆に、藍色の貫頭衣に帯を締めた物を着ている。娘も似たようなもので、紛れもなく山人やまうどだ。

 父親は自分と変わらぬ歳だろうか。娘は十五を幾つか過ぎた年頃だった。

 賊の存在に気付いた父親は、咄嗟に竿を投げ捨てると、〔マヤタチ〕と呼ばれる幅広の両刃剣を抜き払った。

「何者だ」

 父親が、マヤタチを突き付けて言った。他には狩猟用の弓矢を脇に置いているが、それに手を伸ばす隙を与えるつもりはない。

「いきなり抜くなんざ、礼儀知らずな奴だ。山人はやはり猿か」

「お前には禍々しい氣を感じる」

 ほう。という顔を、才十郎は浮かべた。それなりに腕は立つようだ。

「抵抗すれば殺しはしない」

「銭か? 俺達は山人だ。銭など無いぞ」

 すると、才十郎の横で控えていた又助が、何とも下卑た笑みを見せた。

「何が可笑しい?」

「山人に銭があるとは思わねぇよ。俺らの目的は、そこの女だ」

「ひっ」

 又助が指さすと、女は恐怖におののいた声を挙げた。

紀芽裳きめも、大丈夫だ」

 紀芽裳と呼ばれた娘も、恐る恐る腰の短剣に手を伸ばした。山人の女の気性はこわいという噂は本当なようだ。

(しかし、こいつは上玉だ)

 才十郎は、紀芽裳の身体を上から下へと舐め回すように見た。幼い顔に似合わず、貫頭衣の胸元は大きく隆起している。肌は日に焼けているが、見ているだけで弾力を感じさせるほどの張りがある。程よいししが何とも堪らない。抱き心地が善さそうだ。

「もうすぐ日が暮れる。抵抗するのなら、やむえんな」

 と、才十郎は腰の段平だんびらを抜き払った。

 剣は得意だ。隈府藩では、武光流ぶこうりゅうを学んだ。が、それ以上に自分を成長させたのは、賊として人を斬った経験だった。

 父親がマヤタチを突き出す。山野を駆け筋骨逞しい男から繰り出される斬撃ははやいが、〔人斬り才十郎〕の前には、歯牙にも掛けなかった。

 無銘が斬光を発して一閃されると、父親は肩口から割け、血飛沫と共にどっと倒れた。

「あなた」

 紀芽裳が叫ぶとほぼ同時に、又助が組み付き、短剣を奪い取って押し倒した。

「こいつは驚いた。あんた、この男の娘ではなく、嫁なんだねぇ。いい歳して、若い女を捕まえたもんだな、お前の旦那は」

「やっ、やめて下さい」

 怯えた女の細い声の懇願に、又助は顔を歪めた。

「へへ。愉しませて貰うぜ」

 貫頭衣を手荒に裂くと、想像通りの豊満な乳房が露わになった。

「まずは俺からだ」

 才十郎は、又助を蹴り倒した。

「傷つけちゃいけませんぜ。あっしも愉しむんですからね、兄貴」

 背後でそう言う又助を無視し、才十郎は紀芽裳の乳房に手を伸ばした。

「極楽を味わわせてくれよ」

 薄暗くなる山々に、哀れな女の悲鳴がこだました。

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