その二
「終わりやしたか?」
繁みの中から声がして振り向くと、襤褸の野良着を着た男が現れた。弟分の又助である。
「脅かすなよ」
「へへ。兄貴、すまねぇ」
又助は見張りから獲物の選別まで色々とこなす器用な男で、賊働きには欠かせない相棒である。この武士も又助が見つけたものだった。
今年で二十三歳になる又助を、才十郎は唯一信頼していた。元は水呑み百姓。食うに困って遁走し、無宿人となった。出会ったのは、四年前。とある宿場の居酒屋だった。又助が男五人を向こうに回し、派手な喧嘩をしていた。何度も殴り倒されては起きてくる又助を、柄にもなく才十郎が助けた。結局それが縁で、行動を共にするようになったのだ。
「今回も上手くいきやしたね」
「大した腕ではなかった」
「懐の方は?」
「お前の見立て通り、上々だ」
と、才十郎は又助に道中財布を投げ渡した。
「ほう、これはこれは。予想以上な額だ」
「天恵というものだな」
「へぇ。本当に」
喜色を見せた又助は、その銭から少しだけ抜き、残りを才十郎に渡した。取り分は、全体の二割。それ以上は働きに応じてと決めている。
「天恵といえば、兄貴。これまたお恵みがございやすぜ」
又助が薄ら笑みを浮かべて言った。
「ほう」
「この下の沢の方に、山人がおりやした。父娘連れなんですがね、この娘が何とも」
「歳は?」
「十五か十六か。兄貴好みの若い娘でさぁ」
「山人の女は、目鼻立ちが整った美人が多いという。これは楽しみだ」
山人とは人別帳に名前を載せず、狩猟や山菜を採取しながら山野を渡り歩く漂泊の民である。独自の風俗と信仰、そして〔カガン〕と呼ばれる厳しい掟を持ち、里人と交わる事は少ない。
その山人には、二つの系統がある。山中に幾つかの拠点を置き、季節によって棲家を変える岩山人と、棲家を持たず山々を渡り歩く風山人。才十郎が知っている事はこれぐらいなもので、今まで彼らと関わった経験は少ない。
「へぇ。しかも顔に似合わず胸も大きく、何とも食べ甲斐がありやすぜ」
才十郎は、天を仰いだ。陽は既に傾いている。今から急げば明るい内に根城へ辿り着けるが、女を襲えば間違いなく夕暮れには間に合わない。
夜の山は危険である。獣だけでなく、滑落の危険もあるのだ。
そうは思ったが、女体の誘惑には抗えるものではい。特に最近は女を抱いていないのだ。血は既に滾っている。
「山人の連中は人別帳に記載がないんで、俺達が殺した所で誰も騒ぎませんぜ」
「だが奴らは仲間意識が強い。復讐されると面倒だぞ」
「それは大丈夫。あの父娘は流浪の風山人ですから」
「やけに詳しいな」
「俺の生国の築城は、山人が多い土地でしてねぇ。よく獣肉や毛皮、あと竹細工なんかを村まで売りに来てたもんです」
結局、才十郎は又助に従い沢へと降りた。
山人の父娘は、すぐに見つかった。沢の側で釣りをしていたのだ。
父親は鞣し革の手甲脚絆に、藍色の貫頭衣に帯を締めた物を着ている。娘も似たようなもので、紛れもなく山人だ。
父親は自分と変わらぬ歳だろうか。娘は十五を幾つか過ぎた年頃だった。
賊の存在に気付いた父親は、咄嗟に竿を投げ捨てると、〔マヤタチ〕と呼ばれる幅広の両刃剣を抜き払った。
「何者だ」
父親が、剣を突き付けて言った。他には狩猟用の弓矢を脇に置いているが、それに手を伸ばす隙を与えるつもりはない。
「いきなり抜くなんざ、礼儀知らずな奴だ。山人はやはり猿か」
「お前には禍々しい氣を感じる」
ほう。という顔を、才十郎は浮かべた。それなりに腕は立つようだ。
「抵抗すれば殺しはしない」
「銭か? 俺達は山人だ。銭など無いぞ」
すると、才十郎の横で控えていた又助が、何とも下卑た笑みを見せた。
「何が可笑しい?」
「山人に銭があるとは思わねぇよ。俺らの目的は、そこの女だ」
「ひっ」
又助が指さすと、女は恐怖に慄いた声を挙げた。
「紀芽裳、大丈夫だ」
紀芽裳と呼ばれた娘も、恐る恐る腰の短剣に手を伸ばした。山人の女の気性は強いという噂は本当なようだ。
(しかし、こいつは上玉だ)
才十郎は、紀芽裳の身体を上から下へと舐め回すように見た。幼い顔に似合わず、貫頭衣の胸元は大きく隆起している。肌は日に焼けているが、見ているだけで弾力を感じさせるほどの張りがある。程よい肉が何とも堪らない。抱き心地が善さそうだ。
「もうすぐ日が暮れる。抵抗するのなら、やむえんな」
と、才十郎は腰の段平を抜き払った。
剣は得意だ。隈府藩では、武光流を学んだ。が、それ以上に自分を成長させたのは、賊として人を斬った経験だった。
父親が剣を突き出す。山野を駆け筋骨逞しい男から繰り出される斬撃は疾いが、〔人斬り才十郎〕の前には、歯牙にも掛けなかった。
無銘が斬光を発して一閃されると、父親は肩口から割け、血飛沫と共にどっと倒れた。
「あなた」
紀芽裳が叫ぶとほぼ同時に、又助が組み付き、短剣を奪い取って押し倒した。
「こいつは驚いた。あんた、この男の娘ではなく、嫁なんだねぇ。いい歳して、若い女を捕まえたもんだな、お前の旦那は」
「やっ、やめて下さい」
怯えた女の細い声の懇願に、又助は顔を歪めた。
「へへ。愉しませて貰うぜ」
貫頭衣を手荒に裂くと、想像通りの豊満な乳房が露わになった。
「まずは俺からだ」
才十郎は、又助を蹴り倒した。
「傷つけちゃいけませんぜ。あっしも愉しむんですからね、兄貴」
背後でそう言う又助を無視し、才十郎は紀芽裳の乳房に手を伸ばした。
「極楽を味わわせてくれよ」
薄暗くなる山々に、哀れな女の悲鳴がこだました。




