表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月京妖し語り~風説百魔草紙~  作者: 筑前助広
第三回 夜の山
15/31

その一

 人を斬る事など、容易たやすい事だ。

 そう思えるようになったのは、いつからであろう。

 血煙を上げ崩れゆく男を眺めながら、九里才十郎くり さいじゅうろうは思った。

 かつては上野と呼ばれた、諏訪すわ国の山中である。名前は赤城山あかぎやまと言ったが、そんな事はどうでもいい。

 斬った男は武士だった。襤褸の野袴と単衣姿の自分とは違い、折り目正しい旅装をしていた。おおよそ、何処かの家中なのだろう。少なくとも、自分のような浪人ではない。

 才十郎は男の懐に手を入れると、ずっしりと重みのある道中財布を見つけた。

(すまんな……)

 才十郎は片手拝みをして、道中財布を懐に仕舞った。

「そう恨めしそうに見なさんな。これも生きる為なのさ」

 と、骸と化した男の見開いた眼を閉じてやった。

「運命ってものは、どう転がるか判らんもんだ。お前さんも今日死ぬなんぞ、今の今まで判らんかったろう。俺もそうさ。こんな賊になるなんて、考えもしなかったよ」

 才十郎の生まれは九州の隈蘇くまそ国。百七十石取りの隈府わいふ藩士だった。父の孫一郎は勘定方の役人であったが、十七歳の時、母に横恋慕した同僚の国藤忠兵衛くにふじ ちゅうべえに、母共々斬られて死んだ。

 忠兵衛は脱藩したので、自分は藩命を受けて仇討ちの旅に出た。それが二十年前。最初は初志貫徹に燃えていたが、二年三年と経って懐具合が厳しくなると、居場所が判らぬ忠兵衛を求めるあてのない旅に倦み、気が付けば賊になり果てていた。

(華々しく故郷に帰るつもりではあったがな)

 忠兵衛が生きていれば、六十になる。運よく討ち取れても、隈府藩は歓迎しないであろう。この二十年で藩主は変わり、藩閣も様変わりしたと、風の噂で聞いた。

 こうなってしまった事に、怒りはあった。運命を恨んだ。しかし、それは過去のものになっている。既に諦めてしまったのだ。どうでもいいと。今では、〔人斬り才十郎〕だの〔諏訪すわの鬼〕などと渾名される事に、自尊心すら覚えるまで堕ちてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
筑前筑後の代表作!⇒念真流サーガ
時代小説短編集⇒巷説江戸演義 小噺
和風ダークファンタジーシリーズ⇒風説百魔草紙 小噺
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ