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月京妖し語り~風説百魔草紙~  作者: 筑前助広
第二回 闇より生まる
14/31

その五(最終回)

タイトルを「月京妖し語り~風説百魔草紙~」に変更しました。

 身体が動いた。

 何故? と、それを考えるよりも先に、俺は背を向け、背後にいた藤九郎という男を人差し指で弾いた。

 柔かい人間の頭蓋が潰れ、脳漿のうしょうが飛び散った。


(逃げねば)


 それは、本能の囁きだった。

 藤九郎の死体を飛び越え、俺は廊下に出た。


「しゃらくせぇ」


 俺は、天井を突き破った。

 もう、姿を消す必要はない。兎に角。逃げなければならない。この場を離れ、態勢を立て直した後に、あの陰陽師を始末し、姫を喰ってやる。

 それにしてもだ。解せない。何故、俺が姫を襲う事が判っていたのか。

 俺は、天井を破り、板張りを、畳を弾き飛ばしながら考えた。

 糞。何故だ。何故、俺は騙された。


(いや、あいつ)


 座頭鳥の阿盲の顔が浮かんだ。

 そうだ。違いない。あいつが俺を陰陽師に売ったのだ。

 猛烈な腹立たしさを覚えた時、


「御名答」

 という、陰陽師の声が聞こえた。

「此処は」


 我が目を疑った。

 逃げていたはずだというのに、俺は姫の〔あの部屋〕にいたのだ。

 しかも五本の太い指は、動かぬよう荒縄できつく戒められている。


「畜生。幻術を見せられたのか」

「〔俺〕よ。私は、お前に一つ学んだ」

「なんだよ」

「それはな、妖鬼も『出る杭は打たれる』という事だ。お前は人を喰った。それも印西を荒らすような形でな。お前の仲間が忠告したらしいが、お前はそれを聞かなかった。それどころか、あれだけ止められた姫を喰おうとした。そこで、お前の仲間は私に協力を申し出たわけだ。姫はこの藩の宝。藩主の千葉内染正ちば ないせんのかみ胤綱たねつなは姫を溺愛しておる。その姫を喰われれば、人間は妖鬼を見境なく討ちかねんと、心配しての事らしい」

「つまり、俺は売られたのか?」

「まぁそうだが、お前は秩序を乱したからなぁ。この国には、『空気を読む』という事が重要でね。それが出来ない奴は制裁を受けるのが習わしだ。生まれたばかりのお前には、それが出来なかった。それ故に、お前は討たれる羽目になったわけだ」

「人も、妖鬼も同じか」


 俺は急に可笑しくなって、一笑した。


太兵衛たひょうえ


 陰陽師が呟いた。視界に、裸体に甲冑姿の男が現れた。手には、驚くほど穂先が長い、大身槍。


「くくく。俺は何の為に生まれたんだろうなぁ、陰陽師」

「それを人間の私に問うか」

「おっと。そいつはお角違いか」


 俺は鼻を鳴らし、目を閉じた。

 闇より生まれ、闇に帰る。何の為に、俺はあやかしになったのか。全く判らぬ一生だった。


「さらばだ」


 俺の身体に、ゆっくりと穂先が入ってきた。

 痛み。それと共に、記憶とある光景が鮮明に蘇った。

 それは人間として生まれ、飢え故に賊となり、磔刑となって死んだ俺が、最後に見た光景だった。

 俺の目の前には、嬉々として処刑を楽しむ、千葉内染正とあの姫が立っていた。

 そうだ。俺は、復讐したかったのだ。俺を飢えに、賊に押しやった、千葉一族に。

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