その三
やはり駄目だ。
満たされない。腹は膨れるが、満足感が無い。心が満たされないのだ。
やはり、あの匂いだ。
(嗚呼、喰いてぇ。あの姫と呼ばれる娘が喰いてぇなぁ)
俺は、橋の下で攫ってきた女の二の腕を齧りながら思った。
夜。城下の西を流れる川である。
俺は骨ごと噛み砕きながら、あの姫に想いを馳せた。
昨日も天守閣に腰掛け、日がな一日眺めていた。
姫は、白く雪のような肌を持ち、子供ながら色気を感じさせる、切れ長の目をしていた。歳は十五ほどだろうか。幼さの中に垣間見える、女の部分が何とも言えない。
全身を、穴という穴を舐り、匂いと肌の感触を味わい尽くして、喰ってやる。
その妄想をするだけで、俺の胸は高鳴る。
(これが恋という奴かねぇ)
柄にもねぇな。
俺は三口で右腕を喰い終えると、次は胴体から左腕をちぎり取って、頬張った。
これはこれで旨い。十七ぐらいの娘。肉も柔らかいし、匂いもいい。太腿から染み出した脂が甘かった。
しかし何かが足りない。ただ、旨いだけなのだ。
座頭鳥の阿盲は、姫を喰うなと言った。それは、人間が怖いからだと。
とんだ腰抜けだ。そんな奴の妄言など、聞くに値しない。
(いや、本当は自分が喰いたいだけじゃねぇのか)
俺は腹立たしさを覚えた。もっともらしい事を言って、俺を騙そうとしていたのか。
許さぬ。許さぬぞ。
(姫を喰らうのは、俺だ)
俺は、残った胴体と頭を掻き込むと、宙を飛び、城へと向かった。
城の何処に姫がいるのか、それは判らない。ただ、匂いで判る。もし見つけられずとも、じっくり調べればいい。どうせ人間には俺の姿が見えないのだ。
容易に忍び込んだ俺は、城内の長い廊下を進んだ。途中、宿直の武士とすれ違ったが、無用な争いは避け、やり過ごした。人間など恐れる事も無いが、下手に騒ぎを起こして、姫を喰い損ねたら元も子もない。
(おっと、この匂いが)
姫の匂いを、発見した。何とも運がある。
俺は鼻で息を思いっ切り吸ってみた。
(間違いねぇ。これが、姫が近くにいる)
あの甘く、それでいて肌の温もりを感じさせる匂いを忘れる事はない。
その匂いが、次第に濃くなる。俺は静かにに進み、姫が寝ているであろう部屋の前に到着した。
(此処だ。此処に違いない)
俺は、太い薬指で襖を開けた。




