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邪神  作者: 霧島樹


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099「聖術」

 やがて、音が止んだ。

 剥がれた瓦が風に吹かれ、屋根の上から地面に落ち、砕けて割れる。


 通りに立つリオナンドは静かに息をつき、杖を下ろした。

 辺り一面には、倒れ伏す無数の敵ばかりが残されている。

 三百人近い聖衛騎士がいた。だが、今はもう誰ひとりとして立っていない。


 リオナンドは幾度となく追い詰められながらも、その超人的な動きによって致命傷を回避し、包囲網を突破して、敵を殲滅した。

 なぜか敵は最後まで、誰ひとりとして逃げずリオナンドに向かってきたのだ。


 敵の動きは追い詰められた末のものではなかった。

 つまり、『どうせ逃げてもやられるから』というような自暴自棄ではない。

 そこには確固たる意志が見えた。しかし、だからこそ引っかかる。


『策としては……甘いな』


「……え?」


 深呼吸をして息を整えていたリオナンドが首を傾げる。

 こちらに奇襲された後の信号弾、部隊の散開、死を恐れぬ聖衛騎士による数を活かした包囲網……どれもこれも、死神対策としては筋が通っている。


 だが、決定打がなかった。

 死神の弱点を把握していたのなら、もっと強い一手があって然るべきだった。


 敵は本当に、リオナンドを仕留めるつもりだったのか?

 それとも――


「ひ、ひぃ!?」


 民家の窓から顔を出した中年女性が、通りに倒れている大量の聖衛騎士を見て、悲鳴を上げながら再び窓を閉める。


 戦闘中は巻き込まれるのを恐れてか、騒ぎを察しても外に出てくる民家から出てくる住民は少なかったが、ここからは別だろう。今の女性は顔を引っ込めたが、戦闘が終わったとわかればまた、別の意味で騒ぎになるに違いない。


 息を整えたリオナンドは俺が言うまでもなく、走ってその場を後にした。

 向かう先は、貴族街……ナヴァル家の屋敷がある方向だ。


『ナヴァル家に行くのか?』


「うん。敵の残党がまだ、いるかもしれないから」


 貴族街へと続く石畳の道を、リオナンドはひた走る。

 先ほど相手にした聖衛騎士たちとの戦いで溜まった疲労は、決して軽いものではないだろう。それでも彼の足は速度を緩めることなく走り続けた。


 やがて、貴族街を抜けて視界が開ける。

 高い石塀に囲まれた、ナヴァル家の敷地。

 その周囲を、無数の聖衛騎士たちが何重にも取り囲んでいた。


 一側面をこれだけの人数が囲んでいて、仮に敷地を漏れなく包囲しているとしたら、おおよそ総数は七百……いや、それ以上かもしれない。

 その光景を見た瞬間、俺は先ほどの聖衛騎士たちから感じた『確固たる意志』の正体を理解した。


『さっきの連中は全員、リオナンドを足止めするために動いていたのかもしれないな』


 リオナンドが訝しげな声で呟く。


「最初から、ナヴァル家が狙いだった……?」


『その可能性は高い。もちろん、先ほどの連中も本気で死神を仕留める気はあっただろう。しかし、もし仮に仕留められなかったとしても、己の死は無駄ではない、という意識を持って動いていたに違いない。キミを足止めすれば、街の別方向から複数に分かれて接近していたであろう別部隊が、確実に人質を取れるだろうからな。そして、待ち構える準備もできる』


「待ち構える……」


 建物の陰を移動しつつ、リオナンドがナヴァル家の敷地に続く正面の門に視線を向ける。頑丈な鉄の両開き扉は静かに、まるで歓迎でもするかのように開かれていた。周囲の騎士たちはそこを避けるように配置されている。あきらかに意図的だ。


『随分と歓迎されているな』


「……そうだね」


『言うまでもないが、罠だぞ。しかも敷地内に入れば中は広い庭だ。先ほどまでのように民家や路地で入り組んでいない分、囲まれた時の危険度は比べものにならない』


「わかってる」


『身も蓋もない言い方をするが、何をどうやっても人質は犠牲になる可能性が高い。それでも行くのか?』


 リオナンドはしばらく沈黙したまま視線を彷徨わせていたが、やがて覚悟を決めたように頷き、低く呟いた。


「……行くよ」


『そうか。キミがそう決めたのなら、もう止めはしない。言っても聞かないだろうからな』


「ごめんね、フェイスさん……役に立たない宿主で」


『そんなことはない。これまでも十分に得るものはあった』


 特にリオナンドが聖国で会った聖女の能力は、今までにないものだった。

 邪神の呪いを知覚し、僅かではあるが俺にも影響を及ぼすなど、そんな前例はこの千年を越える時の中で一度もなかったのだ。


 あの聖女は残念ながらもう命を落としてしまったが、聖術というものに希望を見出すことができたのは、決して少なくない成果だ。何せ前回、今回と宿主が優秀だから忘れがちだが、普通の宿主はそのほとんどが何かしらの要因で、ロクな情報すら得られずに死ぬのだから。


『だが、得るものがあったとはいえ、まだ足りないのは否めない。だから死ぬなよ、リオナンド』


「この状況で? ムチャ言うなぁ……」


『誰もキミを殺せない。キミが自分で死んでもいいと思わない限り。……だろう?』


「はは……そういえば、そうだったね」


 リオナンドは小さく息を吸い、聖衛騎士が唯一いない正面の門へと向かって歩き始めた。人質のことを考えてか、奇襲や側面からの侵入は選ばないらしい。堂々と、まるで客人のような足取りで進んでいく。


 その姿に、石塀の周囲を取り囲んでいた聖衛騎士たちは一瞬、警戒の色を強める。だが、誰一人として武器を抜こうとはしなかった。それどころかリオナンドの歩みを阻む者はなく、彼がナヴァル家の敷地内に入っていくのを見守っている。


 ゆっくりと、しかし確かな歩幅で門をくぐったリオナンドの背を、少し遅れてざわめくような気配が追いかけてきた。


 ナヴァル家の石塀を囲むように外周を守っていたはずの聖衛騎士たちが、背後の門から続々と敷地内へと侵入してくる。そして、今度は内側からナヴァル家を取り囲むように、広い庭の中で展開を始めた。


 それを横目で把握しつつ、リオナンドはナヴァル家に向かって進んでいく。それから広い庭をしばらく歩くと、屋敷の近くにある大樹の下、紅く染まった芝生の上に倒れる見知った姿があった。


「レイモンさん……!」


 執事レイモンの魂は既に消えており、長剣を片手に握ったまま絶命していた。そのすぐ傍らには、聖衛騎士とは意匠の異なる重厚な鎧に身を包んだ男が、血に濡れた長剣を片手に立っていた。


「来たか、リオナンド」


「クロードさん……どうして……」


「言うまでもないだろう。十年前と同じだ。……今度こそオレは、お前に取り憑いた悪魔を討伐してみせる」


 クロードが長剣を地面に振って血を払い、その切っ先をリオナンドの方へ向ける。


「ここで決着をつけるぞ、リオナンド」


「クロードさん……ボクは、十年前とは違うんですよ」


 リオナンドは悲しげにそう言うと、目を細めて意識を集中し、クロードの魂を補足した。これでいざとなったら、いつでも瞬時にソウルスティールを発動できる。


「それはオレも同じだ。変わったのはお前だけじゃない」


「……ナヴァル家の人たちはどちらにいるんですか?」


「こちらですよ、悪魔リオナンド」


 クロードの向こう、大樹の陰から現れたのは、黒と赤を基調にしたローブを着た細身の男――異端審問官オベライだった。


「オベライ……ッ!」


 その姿を認めた瞬間、リオナンドは最速でソウルスティールを発動した。

 ただでさえ十メートルにも満たないその距離を、不可視の力が一瞬で迸る。


 しかし魂を引き寄せ、吸い取るはずだった不可視の力は――オベライに届く直前、眩い光に阻まれ霧散した。

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