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邪神  作者: 霧島樹


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098「狼煙」

 聖衛騎士たちがナヴァル家に向かったと悟ったリオナンドは、即座に地面を蹴って加速し、通りを疾走しながら後を追い始めた。蹴り上げられた砂埃が、彼の焦燥を映すかのように舞い上がる。


『リオナンド、早まるな』


「早まるなって、何が!?」


『キミは聖衛騎士を止めようとしているだろう。しかし、敵の策がまだわからない。ここは慎重に……』


「敵の策なんて、そんなの人質に決まってるじゃないか!!」


 それは怒りとも恐怖ともつかない、混ざり合った感情の奔流だった。

 リオナンドの言葉を受け、俺は改めて考える。

 確かにリオナンドの言う通り、敵の策は彼が親しくしていた人間を人質に取ることである可能性は高い。だが……本当にそれだけだろうか?


『リオナンド、確かに敵の策は人質である可能性は高いが、それでは()()()()()()()()。前回失敗したことを、まったく同じ条件で繰り返す人間はそういない。今回は他に別の策があるはず……』


「策って、例えば!?」


『それは……まだわからないが』


「じゃあ意味ないね! 話は終わり!」


 語気荒くそう言い放ち、リオナンドは強引に対話を断ち切った。

 言葉を重ねる余地すらなく、彼は聖衛騎士たちとの距離をみるみるうちに詰めていく。


 そして聖衛騎士たちが魂の感知距離が入った、次の瞬間。

 リオナンドは一切の躊躇なく、最後尾にいた聖衛騎士に対してソウルスティールを発動した。


 ……結局、止められなかったか。

 しかし始めてしまったからには仕方がない。


『リオナンド、敵に姿を見せる必要はない。建物の陰に隠れながら最大射程距離を保つんだ』


 俺の言葉にリオナンドは舌打ちすると、近くの路地に入りながら二人目の聖衛騎士に対してソウルスティールを行った。考えなしに突っ込まないよう諭した助言に対して、煩わしいという態度を隠さない程度には焦ってはいるが、その内容を無視するほど暴走はしていないようだ。


 リオナンドの冷静な判断に、ひとまず安心する。何せ敵は三百人以上。街中で身を隠す場所があるとはいえ、数を活かして包囲されると非常に厄介だからな。


 こちらはソウルスティールで最大五十メートル近い障害物を無視した防御不能の即死攻撃ができる、という半ば反則的な優位性があるものの、使うのは最速で一秒あたり一回という制限がある。しかもこれは言わば理論値なのだ。


 リオナンドは類まれなる才能で動いている最中もソウルスティールが可能だが、それには非常に強い集中力が必要であり、連続でずっと最速を出し続けるなんてことはできない。三百人に囲まれたらまず間違いなく後半で息切れするだろう。


 帝国軍に奇襲した時だって一度に大人数から囲まれず、ソウルスティールを短時間で連続使用しなければならないような立ち回りをしなかったからこそ、大砲の直撃を食らって暴走するまでは戦い続けることができたのだ。

 そういった前提を考えると、この状況は決して油断できない。


「っ!? あれは……?」


 建物の陰に隠れつつ、三人目の聖衛騎士に対してソウルスティールをした時、それは起こった。辺りに銃声のようなものが鳴り響いたかと思うと、空に向かって一筋の赤い煙が立ち昇ったのだ。


『信号弾……仲間に情報を伝える狼煙みたいなものだろう。これで敵はほぼ全員がキミの存在を知ったと考えて間違いない』


 聖衛騎士が死神の襲撃を受けた場合は、あらかじめ仲間に報せる手はずが整えられていたのだ。

 ……やはり敵は対死神の準備をしてきている。聖女の時と同じような、ただ人質を取る策だけでリオナンドに対峙するとは思えない。


『敵がくるぞ、気を付けろ。包囲を警戒しつつ、下がりながら敵の数を……』


 そこまで言ってふと、違和感を覚えた。

 何かがおかしい。これは……?


「……敵が、こっちに向かってこない?」


 魂を感知しながらリオナンドも不自然に思ったのだろう。

 聖衛騎士たちはこちらに向かってくるどころか、まるでリオナンドから散り散りになって逃げるように離れ始めた。


 いや、事実として逃げている形なのは間違いない。実際ソウルスティールには射程距離がある関係で、こうしてバラバラになって逃げるのは非常に効果的だ。

 いくらリオナンドの足が速いとはいえ、それぞれ反対方向に全力で逃げた人間を両方とも仕留めるのは難しいし、仮にできたとしても時間と労力が掛かり過ぎる。


『いまいち敵の考えが読めないな……人質を優先しているのか?』


「っ! だとしたら急がなきゃ!」


 リオナンドは言うが早いか、すぐさま路地から出て通りを駆け出した。

 途中、進行方向に聖衛騎士の魂を見つけるたび、ソウルスティールで吸い取り着実に敵の数を減らしながら、ナヴァル家へと向かって走り続ける。


 聖衛騎士たちはリオナンドから逃げているように見えるが、妙に恐怖の色が薄い。ベネボラ教の教えが色濃い聖国の精兵だからだ、と言ってしまえばそれまでだが、それ以上に彼らは明確な目的を持ってリオナンドから離れているように見えた。


『人質を優先しているにしては、敵の動きが妙だ。罠かもしれない』


 そう言ったとほぼ同時に、前方から銃声のようなものが鳴り響いたかと思うと、空に向かって今度は黄色い煙が立ち昇った。


 直後、前方でリオナンドから離れていた聖衛騎士たちが急に立ち止まり、今まで散り散りになっていたのが逆再生するかの如く集束しながら、こちらへと向かって走り始める。


『やはり罠だ! 下がれ!』


 この動き……やはり敵はリオナンドの弱点である、『一度に大量の相手を倒すことはできない』ことを知っている。

 先ほどまで散り散りになって逃げていたように見えたのは、リオナンドを包囲して一気に接近するための陣形を作っていたのだ。


 リオナンドは前方から迫りくる聖衛騎士たちを先頭からソウルスティールしつつ、今までとは逆方向に走っていく。だが、すぐにその足を止めた。


「後ろからも、敵……!」


 どうやら聖衛騎士たちのうち、左右に逃げたように見えた連中の一部がリオナンドの後ろへと回っていたらしい。


 敵の総数は三百以上。

 魂の感知で把握できる数はおおよそ前方に二百、後方に百程度。

 その数の差に、俺は一瞬で判断を下した。


『いや、後ろを突破で良い! 前じゃ多すぎる!』


 リオナンドは即座に反応した。振り返りざま、最も近くにいた聖衛騎士の魂を吸い上げ、そのまま勢いを殺さずに駆け出す。


 当然、背後から迫っていた聖衛騎士たちもそのままこちらに向けて接近してくる。モントルイエやサウドラキアの士気が低かった兵士とは違い、彼らは聖国の精鋭だ。信仰に身を捧げているだけあって、ひとりやふたり仲間がやられたところでその動きに陰りはまったく見えなかった。


 正面突破はリスクが高いと判断したのだろう、リオナンドは近くの路地に入った。そこから路地にあった木箱に乗って、更に民家の低いひさしを足場に跳ね上がり、屋根から隣の屋根へと飛び越え、加速する。この間、約五秒。

 その一連の動作の中で、彼は止まることなく次々とソウルスティールを繰り返していた。それにより倒れた敵は五人。


 一秒に一度のソウルスティール発動。今のところは理論値を発揮している。

 だが重要なのはここから先だ。敵の包囲はもう間近に迫っていた。

 時間をかければ、取り囲まれ数で押されて終わる。

 だからこそ今ここを抜けるしかない。


 前方では、複数の敵が民家の屋根に登り始めていた。それを確認したリオナンドは、通りから放たれる矢を杖で弾きながら、敵の少ない屋根へと跳躍する。そして屋根上の敵を優先して倒しつつも、一度も足を止めることなく、包囲網の突破を試みていった。

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