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邪神  作者: 霧島樹


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096「出獄」

 時は少し遡り、リオナンドがモントルイエの辺境伯家を壊滅させ、サウドラキアへと向かっていた頃。

 アポスオリ聖国の聖都ルヴァンシア、聖ラグナ・ケルム監獄にて。


「こちらです、聖騎士クロード」


「ご苦労」


 地下深く、大罪人が繋がれているその場所へクロードを案内した看守は、湿り気を帯びた暗い牢獄の前で立ち止まり、錆びたカギで重たい鉄格子の扉を開けた。


「しかし……本当によろしかったのですか? この者は、当時の聖女を……」


「この方は殺していないよ。殺させてもいない。ただ悪魔を仕留めるために、悪魔と通じていた聖女を囮にしただけだ。当時は陰謀により嘘だと断じられたが、間違いない。何せ私も当時の作戦に参加していたのだから。……覚えていますか、オベライ殿?」


 牢獄の中で跪き、壁に向かって祈る囚人――かつて、異端審問官オベライと呼ばれたその男は静かに立ち上がった。

 そしてゆっくりと後ろを振り向き、クロードに視線を合わせると、長年投獄された囚人とは思えない穏やかな表情で淡々と答える。


「ええ、もちろんです。覚えていますよ」


 薄汚れた灰色の囚人服に身を包んだオベライは、懐かしむように目を細めて言葉を続けた。


「お久し振りですね、騎士クロード。いえ、今は聖騎士でしたか」


「お久し振りです、オベライ殿。釈放が遅くなり申し訳ございません」


 約十年前。オベライは聖女を殺した罪で投獄された。

 それは当時、ベネボラ教の象徴的存在であった聖女を死なせ、悪魔を取り逃がしてしまった責任をすべてひとりで背負う形の処分である。


 だが、その処分は『聖女が悪魔と通じていた』という事実を知られると都合が悪い人間たち――具体的に言えば、聖女を教会に推薦した大司教たちによる隠蔽工作であった。


「構いませんよ。これも神が与えたもうた試練です。些か、長くはありましたが……お陰で、私の信仰はより強く、より清らかなものとなりました」


「……オベライ殿の信仰には敬服します」


 当時、領主の命令によりリオナンドを追っていたクロードは、オベライと共に当時の聖女を囮にした悪魔討伐作戦に参加した。そこでクロードはリオナンドと相対するも力及ばず、取り逃がしてしまったこと、また親愛なる弟分を悪魔から解放できなかったことを悔いて、プレマドラ騎士団を退団する。


 そして共に戦った結果、ひとりだけ理不尽にすべての責任を負わされたオベライを解放するため、またいつかリオナンドに取り憑いた悪魔を討伐する力を得るため、クロードは洗礼と試験を受け、聖都の聖衛養成所に入所した。

 そこから厳しい訓練を経て聖衛騎士から聖騎士候補、更に実績を上げて今や正式な、聖都ルヴァンシア聖騎士団の聖騎士となったのである。


 だが聖騎士になって聖都において発言力は増したとはいえ、オベライを陰謀により投獄した大司教たちの権力には到底、敵わず。

 しかも悪魔から死神と呼ばれるようになったリオナンドを恐れるようになった教会本部のせいで、力を得たのにもかかわらず聖騎士団としてはまったく動けなかった。


 オベライには悪いが、こうなってはもはや個人としてリオナンドを止めに行くしかないかと、クロードが覚悟を決めつつあったその時、事態は動いた。オベライを投獄した大司教たち、教会本部においては穏健派と呼ばれる者たちが次々と醜聞により失脚したのだ。


 中にはやや不自然だと思われる醜聞もあり、情報通の団員によると王国の王位簒奪を狙う勢力が教会本部の過激派と手を組み、死神の抹殺計画を進行するために仕組んだ策略だという話もあるが……クロードにとって、そんなことはどうでもよかった。


「オベライ殿。私は、あの悪魔を討伐しに向かいます。今度こそ、リオナンドの魂を救うために。……お手伝い、いただけますか?」


 宿命の重みを背負い、揺らぐことのない決意が示される。

 クロードの問いにオベライは少しだけ目を細め、穏やかな笑みを浮かべた。


「ええ、もちろんです。異端審問とは罰するためのものではなく、救いを見出す最後の問い。その本義を、今こそ果たしに行きましょう」


 決して軽くない問いかけに、迷いのない答えが返ってくる。

 悪魔に敗れ封じられた剣が今――再び、解き放たれようとしていた。




 〇




 リオナンドがナヴァル家を出てから一か月後近く立った頃。

 街から少し離れた平原にて、リオナンドは太陽が照りつける中、木製の杖を地面に両手で突きながら佇んでいた。


「おお~い! あんちゃん、そっち行ったぞ!」


 遠くから聞こえてきた男の声に、リオナンドが頭のフードを取ってゆっくりと目を開ける。

 すると前方から巨大な赤いダチョウを思わせる魔物、通称ラースモアが六匹ほど、凄まじい勢いで走ってくるのが見えた。


 頭の先から足の先まで、平均して四メートル以上はあるだろうか。

 小規模な群れの先頭を行く一際大きいラースモアは、リオナンドの姿を見つけても特に進路を変えることなく、街外れにある畑を目指して走り続けている。


 リオナンドはそれを見てラースモアの進行方向へと駆け出した。

 それから途中でラースモアの進行方向に割り込むと、まったく止まる様子のない群れを前にして、ぐっと両足を曲げて力を溜める。


「――ハッ!」


 そして次の瞬間、リオナンドは跳躍すると、先頭を走るラースモアの背中に乗っていた。凄まじい速度で走るラースモアの毛を掴み、強引に跨ったのだ。

 ラースモアは自分の背中に乗ったリオナンドを嫌がるように身震いするが、すぐその存在を忘れてしまったかのように走り続ける。


「はい、あっちには行かないでね」


 リオナンドは手に持った杖をラースモアの前に出し、視界の右半分を隠した。それを嫌がった結果なのか、ラースモアは首をやや左に曲げながら、なぜか進行方向も左に曲がっていく。

 そんなことを続けてぐるりと半円を描くように進路を変え、元来た方向へ進むようになった段階でリオナンドが杖の目隠しをやめる。


 その後は進行方向がずれるたびに杖の目隠しで進路を微調整し、街から遠く離れた森まで群れを誘導すると、リオナンドはやっと先頭を走っていたラースモアから飛び降りて帰路へ着くのであった。




 〇




「いや~、しかし何度見ても信じられないぐらいの神業だな、まったく」


 街外れの畑前に戻ると、そこで待っていた髭面の中年男性が開口一番、リオナンドを半ば呆れたように褒めてくる。


「ラースモアに跨って群れを誘導するとか……同じ人間とは思えねえよ。色んな意味で」


「あはは……でも、ボクは教えてもらったことをやっただけなので」


 リオナンド曰く、髭面中年が『群れのリーダーに跨って誘導すれば良い』と助言したのが発端だという。


「冗談で言ったに決まってるだろ。あんな爆速で走るラースモアに乗れるやつなんて普通はいないからな。俺が昔乗った時も、瀕死だと思って止めを刺そうと思ったらまだ元気があって、たまたま跨っただけだし……と、ほれ、今日分の給料」


 髭面中年が懐から銀貨を一枚取り出し、こちらに向かって指で弾く。

 リオナンドはそれを片手で受け止め礼を言うと、不思議そうに首を傾げた。


「あれ……大銀貨だ。いつもは小銀貨ですよね。間違えてませんか?」


「間違えてねえよ。ボーナスだ。前までこの時期はラースモアが来たら畑と人、どっちも被害が出てたのに、あんちゃんが来てから被害が皆無だからな」


「あ……ありがとうございます」


「なぁ、短期と言わず、長期で働かねえか? ラースモアの件だけじゃねえ、あんちゃんは畑仕事も筋が良いし……」


 髭面中年がそう言って誘うと、リオナンドは困ったように笑いながら遠慮した。


「ありがたいですが、ボクはこの街を出ると決めていますので……」


「ああ、そういやそんなこと言ってたな。勿体ねえ。この街は死神さまの加護があるのに」


「……え?」


「なんだ、知らねえのか?」


 髭面中年が言うには、この街はモントルイエとサウドラキアから攻められそうだったところを、死神がそれぞれを統治する辺境伯家を潰したことにより、救われたのだという。


「街中で噂になってるぞ。聞く話によると、モントルイエとかサウドラキアから来た商人に直接聞いたやつもいるらしい」


「そう……ですか」


「なんだ、顔色悪いぞ? 今日はもう仕事終わりだし、家で休んでいくか?」


「いえ、大丈夫です。……ありがとうございます」


 リオナンドは髭面中年に別れの挨拶をすると、畑を囲う柵に沿って街へ戻り始めた。

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