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邪神  作者: 霧島樹


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093「覚悟」

 リオナンドに手のひらを向けられたオーウェルは、ビクリと身体を震わせて後ずさりした。


「なっ……な、何をするつもりだ!?」


「ボクは何もしませんよ。ただ……あなたは神など信じていないそうですね。それを慈悲深くない神が聞いたら、どうされると思います?」


「あっ……あぁ……や、やめっ……!」


 オーウェルは震える両手で顔を隠しながら、今にも倒れそうな覚束ない足取りで後ずさりを続けた。しかしすぐ壁に当たってその後退は止まる。


「あっ、ああっ! や、やめてくれ……信じる! 信じるから! わ、私はまだ死ぬわけには……!」


 無言で右手のひらを向け続けるリオナンドから逃れるように、オーウェルは呻き声を上げながら壁に沿ってよろめき歩いて、執務机を横切り部屋の側面にあった本棚にぶつかった。その衝撃で何冊かの本がオーウェルの頭に落ちてくるのを、まるで彼は天罰を受けたかのように怯えながらしゃがみ込む。


「ひいぃ!? ゆ、許して!!」


「おや……神に許しを請うのですか? 神など信じていないのに?」


「し、信じます! か、神よ……どうか、どうか愚かな私を、お許しください……!」


 リオナンドはオーウェルに向かって右手のひらを向けたまま、何も答えない。オーウェルはそれを見て、まだ自分が許されていないと思ったのか、リオナンドに対し跪いた。そして呼吸を整えてから、両手を合わせて震える声で祈りの言葉を唱え始める。


「か、神よ――私はいかに愚かであったか。お、御身の御名を口にせず、恩寵に気づかず、日々の糧を当然のごとく享け、災いにこそ不平を鳴らし、試練に背を向けました。私は祈らず、あなたを求めず、ただ己が歩む道を、自らの力と信じた。されど今、ようやく知ったのです。人の歩みは、御手の内にあり。人の声は、御耳に届いていたのだと。……どうか、この遅れた懺悔をお受けください。わ、私の魂は塵に等しく、私の心は愚かさに染まっていた。けれど、今ここに跪き、御前にて誓いを立てます。残されたすべての日々を、御身への捧げ物といたしましょう。どうか、見放さず、見捨てず、この悔い改めの心をお受け入れください――」


「…………フッ」


 オーウェルが懺悔する姿を見て、ようやく溜飲が下がったのだろうか。リオナンドは小さく笑うと、オーウェルに向けていた右手のひらを下げた。それからおもむろに天井を見上げると、両手を広げて声を上げた。


「お聞きになられましたか? 神よ、どう思われます?」


『…………』


「おお……神よ、答えてくださらないのですか? もしかしてお休み中です?」


『……ん? もしかして、それは俺に言っているのか?』


「ええ、もちろんです。ボクにとって、神はあなたしかいないのですから」


 リオナンドは何処か芝居がかったような素振りで、自分の胸に手を当てた。怒りは薄れたようだが、オーウェルに対しての意地悪はまだ続行するらしい。


『神は神でも、俺は邪神なんだが。さて……どう思うかと言われてもな。正直に言うと、何も思わん』


「何も……それは、祈りが届かなかったということですか?」


 リオナンドの言葉を受けて、視界の端で跪いているオーウェルが驚愕に目を見開いた。それからオーウェルは悲痛な顔で目をギュッとつぶり、頭を垂れてブルブルと震え始める。相当怖がっているようだ。しかし、俺がそれを見てどうこう思うことはない。


『いや、祈りの言葉は聞こえていた。そういう意味では届いたのだろうが、そのうえで何も思わなかった、ということだ』


「なるほど……つまり?」


『キミの好きなようにしたらいい』


「……御心のままに」


 リオナンドがそう呟くと、オーウェルは情緒が皆無と言っていい俺ですら、気の毒に……という感情を抱きそうなほど震え出した。

 まあもちろん抱きそうな、という比喩表現であって、俺自身は特に何の感情も抱いてはいないのだが。


 リオナンドはそんなオーウェルをたっぷり数十秒は黙って見下ろし、無言の圧力で散々いじめた後、満足したように明るく声を掛けた。


「良かったですね。神はあなたに、何も思わなかったようです」


「ぁ……え?」


「まあ、先ほども言ったように、ボクが声を聞いている神はあなた方の言う慈悲深い神とはまったく異なる存在ですが……」


 リオアンドは静かに距離を詰め、オーウェルの額に人差し指で触れた。


「もし仮に、慈悲深い神がいたとしても……ボクらに何かしてくれるわけではないですからね。何の価値もないですよ。気休めになると言う人もいますが、気休めでパンが食べられますか? 戦争がなくなりますか?」


 オーウェルの額に触れている人差し指から、徐々に精気がリオナンドへと吸収されていく。以前、リオナンドは触れただけで花を枯らして見せた。それを見ていたオーウェルは、リオナンドの手を払い除けたいと思っているに違いない。だが彼はまるで蛇に睨まれた蛙のように、動けない様子だった。


「さぁ、答えてください」


「ぅ……ぁ……」


「そこまでにしてください」


 後方から聞こえた声に反応して、リオナンドが後ろを振り向く。

 そこには執事であり、この屋敷内でもっとも高い戦闘能力を持つであろう護衛でもあるレイモンがいた。


 彼はオーウェルの元にリオナンドが訪れたその時から部屋の外で待機していたのだが、中の様子を何らかの方法で把握していたのだろうか、どうやら主人の危機を察して介入してきたようだ。


「そこまでって……いったい、何をです?」


「旦那さまの何があなたをそこまで怒らせたのかは存じませんが、旦那さまは我々にとって替えが利かない、大切なお方です。どうか命を奪うならば、この老骨を代わりにしてください」


「代わりに……ですか」


 リオナンドはオーウェルの額に触れていた人差し指を下げ、今度はレイモンに向けて右手のひらを向けた。

 ここで俺はリオナンドが単に怒りを発散する目的で、オーウェルを脅していたわけではないことを悟る。彼はまったく関係ない第三者に自分の怒りをぶつけるような真似はしないタイプだからだ。


 レイモンはリオナンドに手のひらを向けられても、殺気どころか敵意ひとつ出さなかった。リオナンドが自分を殺さないと思っているからではない。なぜならレイモンの魂は恐ろしく静かにもかかわらず、激しく燃え盛るようなエネルギーに満ち溢れており、その輝きは死ぬ覚悟ができている人間特有の光に見えたからだ。

 リオナンドはレイモンには脅しが通じないことを悟ったのか、右手を下してオーウェルに笑いかけた。


「ひっ、ひぃ!?」


「我が神は、ボクの好きなようにしたらいいと仰っていたので、好きにしようかと思っていましたが……良かったですね。レイモンさんの覚悟に免じて、これ以上はやめておきましょう」


 リオナンドはそう言って、レイモンを横切り執務室から出ていった。

 レイモンの『命を奪うならばこの老骨に』という言葉もあり、傍から見るとオーウェルの命がギリギリ助かったように見える。


 だがリオナンドの行動からしておそらく、レイモンが入ってこなければオーウェルが気絶するまでエナジードレインするだけで終わりだっただろう。もしかしたらレイモンもリオナンドが命までは奪わない可能性が高いと予測はしていたのかもしれない。ただ確信は持てず、可能性だけに主人の命を懸ける訳にはいかないから、リオナンドを止めようとしたのだ。


『リオナンド、ナヴァル家から出ていくのか?」


「……やっぱり、わかった?」


『ああ。途中からどうもキミらしくないと思ったからな』


 リオナンドがオーウェルの『神』発言に怒りを覚えたのは間違いないが、それを解消する目的だけであれば、あそこまで()()()()必要はなかった。

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