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邪神  作者: 霧島樹


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092「正統」

「……リオナンド? ヴァルトレイス? 聞き覚えがありませんね。人違いではないですか?」


 オーウェルにおそらく本名であろうフルネームを呼ばれたリオナンドは、平然とした態度ですっとぼけた。


「とぼけないでくれ。調べはついているんだ。死神のことを調べれば、誰でも当時の教会が必死になって真相を隠した聖国の聖女、セラフィーナ・ノクトリエル病死事件に行き当たる。あれが死神の始まりだと。だが、本当のところは違う。もっと遡れば聖国から遥か西、ヴァルトレイス地方のプレマドラという町に悪魔が現れたという情報があった。その悪魔が、百人以上もの村人を殺戮したのだという情報がね」


「そうですか。それで?」


「そこまでいくと、当然その悪魔はプレマドラ領主の息子であったという情報までいきつく。地元民の口は堅かったようだが、我が家の密偵がその悪魔を悪しざまに言ってみたら誰もが反論したそうだよ。『リオナンドは無実だ』、と。随分と慕われていたようだね、そのプレマドラ領主の息子は」


「……その息子は、父親を斬り殺して身分を剥奪されたらしいですよ」


「もちろん知っているとも。賊と間違えて父親を斬り殺してしまい、身分剥奪のうえ教会に身を寄せることになった悲劇の少年だと」


「自業自得だとは思いますが……そこまで知っているならば、お聞きしましょう。仮にボクがその悪魔だとしたら、あなたはその悪魔……いえ、今は死神とさえ呼ばれている存在に、ご自身の大切な娘を差し出そうとしている。その自覚はおありですか?」


「私も娘と同じで、人を見る目はあるつもりでね。キミは人間だよ。悪魔でも死神でもない。特別な力を持ち、青く強すぎる正義感はあるが、私たちと同じ隣人を慈しむ心を持つ血の通う人間だ。それにキミもさっき言っただろう? 我が家は、伯爵家とは名ばかりの沈みゆく船だと。どうせ沈むなら、娘の初恋を成就させてやるぐらいのことはしたいじゃないか……というのは、さっきまでの建前でね。まるっきりの嘘ではないが、本心はそれだけじゃない。……私はね、リオナンド君。キミにこの家を継いでもらって、王国から独立してほしいんだよ」


「独立?」


 リオナンドは唐突に出てきた独立という言葉を訝しげな声で繰り返すと、大きくため息をつきながら肩を竦めた。


「はぁ……大変失礼を承知で言いますが、正気ですか? 没落寸前で何もかもどうでもよくなっちゃいました? 気が触れてしまわれましたか?」


「いや本当に失礼だなキミは……平時であればそう思われても仕方がないがね。いくら王国に援助を要請して断られたからといって、独立なんてバカな真似はしないさ」


「援助、断られたんですね……」


「それだけじゃない。ナヴァル家はもはや統治能力がないと、王家に断言されてね」


「事実じゃないですか」


 リオナンドの辛辣なツッコミに、オーウェルは大きく咳をして誤魔化すようにしながら続けた。


「……だがね。私は納得がいかんのだよ。さんざん帝国との緩衝材にナヴァル家を使って、壊滅状態になったら消耗品のように他の貴族家と交換など、許されるはずがない」


「それは……」


「言いたいことはわかっている。もちろん先代がモルグレーヴ家とガルザーク家を怒らせたのは悪手だった。しかし、それも先代がこの難しい地を治めるためできる限りの手を尽くしていた結果だ。それを考慮せず、一方的に統治権を剥奪するなど……現王家はナヴァル家の歴史と今までの貢献をあまりにも軽く見ている」


「……その辺りに関してはボクから言えることはありませんが、だからといってなぜ独立なんて話になるんです?」


「どうせ潰されるなら、ヴァルトレイスの血を引くキミに大公を名乗ってもらい大公国と称すれば、直近で致命的な打撃を受けている帝国はもちろん、王国も安易に手出しできないと思ってね」


「あのですね、ボクは身分剥奪されているんですよ? いや、仮に剥奪されていなくたってそもそもの正統性が……」


「まあ、聞き給え」


 オーウェルは執務机の引き出しから複数の書類を出すと、机の上に広げていく。そしてそれらの書類に視線を落としながら、口元を僅かに吊り上げた。


「プレマドラの領主を務めるのはヴァルトレイス公爵家……いや、()()()十年ほど前に王家から家名を変えさせられたので、今はもう違う名だが……そのヴァルトレイス公爵家は、現王家の初代国王アルセリオの弟にあたる第二王子グラディウス公を祖とする王族の分家だ」


 そこから続くオーウェルの話は非常に長く、途中で襲い来る睡魔を撃退するのに必死で全部の情報は入ってこなかったが……要するに、リオナンドの実家は王都から相当離れた田舎だが、重要な土地を任された五百年を超える名家であり、王家の血筋が入っているということを言いたいらしい。


「更に特筆すべきは、グラディウス公の正妃が聖女リセリア――すなわち、ベネボラ教を興した始祖の末裔であったという事実だ。これは王家の血筋に加え、信仰の正統たる系譜をも継ぐことを意味する。ヴァルトレイス家をして、王と神の両方に連なる家門たらしめているのだよ!」


「……旦那さま。大演説に水を差すようで申し訳ありませんが、だから何です? そんな話、五百年も前に遡ったらこの大陸には割とあるでしょう。ありふれたとまでは言いませんが、大して珍しい話ではない」


「それはそうだ。しかし、そこに死神が入ってきたら話は別になる。リオナンド君、死神はモルグレーヴ家とガルザーク家で女子供を見逃しているそうだね?」


 オーウェルは報告書らしき紙の一枚をトントンと指で叩いた。


「しかもガルザーク家に至っては、治癒聖術まで使っている。民衆の間では大騒ぎになっているそうだよ。ただでさえ数多の戦場を潰して現代の神話となっている死神が、とうとう戦争指導者に目を向けた。目には見えない超常の力を使って争いを起こす人間の命を奪い、神の奇跡である治癒聖術まで使って見せ、女子供や歯向かわない者は殺さない慈悲もある。巷では死神を、罪なき人々を救うため神が遣わした使者……または、神の化身そのものであるという噂まで立っているらしい」


「バカげた話ですね……」


「そうかな? 神など信じておらず、死神が普通の人間だと知っている私ですら、キミを前にすると気が気でないぐらいなんだよ」


 オーウェルはその言葉通り、落ち着かない様子で執務机の前を行ったり来たりしながら、机上の書類にチラチラと視線を向けている。


「もしかしたらキミは、本当に神が人間を正すために遣わした超常の存在なのではないかと。もしくは人間を正すため、神がキミを選びその力を与えたのではないかと。……キミが神の声を聞いて、愚かな人間を裁いているのではないかと」


「っ……」


 リオナンドの魂が憤怒に染まり、拳が強く握られる。だが、その拳はすぐに開かれ弛緩した。以前のリオナンドであれば、神などいないことを叫びながらその拳を机の上に叩きつけて激怒したであろうことを考えると、昔と比べ随分と感情を制御できるようになったものだと思う。


 しかし理性によって感情を制御できたとしても、魂の憤怒はそう簡単には消えない。リオナンドは不敵な笑みを浮かべながら、怒りと悪意を持ってオーウェルに言葉を投げた。


「もし……そうだとしたら、どうするんです?」


「っ!? ま、まさか……」


 オーウェルは自分の背後にあった椅子を倒すほど狼狽えながら、ゴクリと大きく喉を鳴らしてリオナンドに問い掛けた。


「レイモンから、キミがたまに誰もいない場所で、誰かと話しているような素振りを見せているという話は聞いていたが……まさか、本当に神の声を?」


「……そうですね。あなた方が想像するような慈悲深い神ではありませんが、確かにボクは神の声を聞いています」


 リオナンドはそう言うと、ゆっくりオーウェルに向かって右腕を上げ、その手のひらを向けた。

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