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邪神  作者: 霧島樹


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091「帰還」

 サウドラキアの辺境伯家を襲ってから、十日後。

 リオナンドはナヴァル伯爵家が治める街へと帰ってきた。


 その街で馬貸屋に借りていた馬を返し、貴族街を抜けナヴァル伯爵家へ向かうと、屋敷の前にはまるでリオナンドを待っていたかのように、執事のレイモンが立っていた。


「お疲れさまでした」


「……ボクはただ、休暇をもらっただけです」


「左様ですか。ただ、モントルイエとサウドラキアに潜ませていた我が家の『目』が、それぞれを治めるモルグレーヴ辺境伯家とガルザーク辺境伯家に、死神が訪れた……と報告してきましてね。お目覚めになられた旦那さまは大変、お喜びになられておりました」


「…………そうですか」


 リオナンドは熱を感じさせない淡々とした口調で言うと、目を伏せて言葉を続けた。


「でも……それはたまたまだと思いますよ。死神はいつまでもこの辺りに留まるわけじゃないと思います。戦争の火種を見つけたら、すぐそちらに向かうでしょう」


「戦争の火種、ですか。確かに、ついこの間までは死神が暴れ続けたことで教会の権威が地に落ちた結果、それが原因となり王国内でキナ臭い動きすらあったようですな。噂では、王位簒奪すら起こりうるのではないかと」


 レイモンはため息をつきながら、「けしからんことです」と首を振った。

 彼が言う内容の詳細は不明だが、この世界の教会が前世と同じように王家の正統性を担保していた場合、その権威が揺らぐことで下克上が起きやすくなることは確かに考えられる。

 大抵の場合いつの世も野心や対立は存在するが、それは主に何かしらの力で抑えられてるだけなのだ。抑えていた力が失われれば、当然それらは一気に噴き出す。


「しかしながら……そのキナ臭い動きはモルグレーヴ辺境伯家とガルザーク辺境伯家の件で、ピタリと止まりました。大きな土地を治める辺境伯とはいえ、今まで戦場にしか現れなかった死神がいち貴族家に出向いたものだから、王国内は騒然としております。一応、死神が出向かれたそれらの家は表向きどちらも王国貴族ですからな。強引に王位簒奪なぞした日には、よもや自分が次に目を付けられるのではないかと、野心を抱えた方々は震え上がったことでしょう」


「……でも、またすぐに争いは起こると思いますよ」


「そうですな。人は愚かです。今は死神への恐怖で抑えられていますが、すぐにまた火種は出てくるでしょう。人の欲望は常に燃え続けておりますから。表には出ずとも、灰の底で燻る炭火のように。ですがそれは、人が人である以上避けられないもの。人の業と言えるでしょう」


「あなたが何を言いたいのか、ボクにはよくわかりません」


「つまりはこう言いたいのです。大陸は広く、愚かな人々はすぐに過去を忘れる。死神の活動には終わりがなく、安息もない。……虚しいとは、思いませんか?」


「さぁ……どうなんでしょうか。ボクは死神ではないので、わかりません」


「……左様ですか」


「では、ボクは旦那さまに報告へ向かいますから、これで」


「お待ちを」


 レイモンを横切り、屋敷へと向かって歩くリオナンドが制止の声に足を止める。


「我々は……ナヴァル伯爵家は、死神のお陰で生きながらえることができました。死神が大陸中を飛び回った後、羽を休める場所はいつでも用意しております。それをお忘れなく」


「…………」


 リオナンドはレイモンの言葉に何も言わず再び歩き始めると、使用人服には着替えず旅人服のまま、一直線にナヴァル伯爵家の当主であるオーウェルの執務室へ向かった。




 〇




 リオナンドから帰還した旨を報告されたオーウェルは、レイモンと同じく……いや、レイモン以上に迂遠に、かつ過剰に、大興奮で死神について褒め称えた。

 そしてリオナンドに何か褒美を取らせなければと息巻いた結果。


「ところでウチの娘なんだが……」


 何を思ったのか、リオナンドにエマニュエルをアピールし始めた。

 親の贔屓目を除いても器量よしだの、娘はどう見てもリオナンドに惚れてるだの、自分としては娘の自由意志を尊重したいだの、謎の猛プッシュである。


 嘘は言っていないようだが、何かしらの下心があることはあまりにもバレバレで、この人間は本当に伯爵家の当主として大丈夫なのか……と心配になるほどだった。


 ただオーウェルは魂の波動からして、リオナンド……というより死神に対して凄まじい畏れを抱いているようだから、それを考えるとある程度まともに話せているだけ、及第点なのかもしれない。まあ、腹芸をやる余裕はまったくないようだが。


 傍から見ていてあまりにも不自然だっただけあって、当然リオナンドもオーウェルの態度には途中で突っ込みを入れた。


「いったい、何を考えているんです?」


「へ? な、何をって……何がだい?」


「とぼけないでください。いくらナヴァル伯爵家が落ちぶれていて貧乏で、家臣がほとんどいなくて人手が壊滅的で、伯爵家とは名ばかりの沈みゆく船だったとしても、何処の馬の骨とも知れない男に『本人が惚れているから』なんて理由で大事な娘をくれてやる親なんて、いるわけないがない」


「り、リオ君……? それはちょっと、言い過ぎじゃ……」


「言い過ぎですか? では、先月分のお給料をください」


「うっ……!」


 オーウェルが痛いところを突かれた、とばかりに顔を伏せる。

 俺は特にリオナンドから話を聞いたわけではなかったので知らなかったが、どうやらナヴァル伯爵家、家臣に先月分の給料が未払いであるらしい。


「い、今は、ほら……この前の襲撃事件で大勢、領兵を亡くしたから……遺族に対する弔慰金とかが、大変でね……」


「それだけじゃないでしょう。モルグレーヴ辺境伯とガルザーク辺境伯から即座に攻められないよう、あちらこちらに飛ばした密偵と裏工作の費用、豪商を引き止めるための大幅な免税、金貸しに借りた金の利子払い……」


「なっ……ま、待ちたまえ! なぜリオ君が裏帳簿のことまで!?」


「サージェスさんに泣きつかれまして。その頃はまだ旦那さまも今各方面への働きかけで非常にお忙しく、帳簿関係はお嬢さま、サージェスさん、ボクの三人でほとんど対応していました」


「あっ……そ、そういえば、そうだったな……もう他に誰もいないしどうしようもないから言われて、私も許可を出した気がする……」


 オーウェルは頭を抱えながら大きくため息をついた。

 いくら当時は仕方がなかったとはいえ、娘をあてがってまで取り込もうとしている相手には知られたくなかった情報なのだろう。


「ご理解いただけたようですね。では、先ほどの話に戻します。いったい、あなたは何を考えているんです? いえ……何が、目的ですか?」


「目的……目的、か」


 オーウェルは執務室の椅子から立ち上がると、後ろにある窓から外を見ながら、自ら思案した言葉を反芻するように呟いた。


「そう……そうだな。ここまできたなら、もう隠す意味もないか」


「旦那さま?」


「フッ……私も、兄……先代当主の補佐として、それなりに経験を積んできたつもりなのだが、どうにもキミを相手にすると調子が狂う。腹の内を探り合うようなやりとりができない。キミも、そういうのは嫌いみたいだしな」


 オーウェルはそう言ってこちらを振り向くと、机の上に両手をついてリオナンドに向き合った。


「いいだろう。ここから先は直球で話させてもらおうか、リオ君。……いや」


 そこでオーウェルは一息ついて、溜めを作ってから『その名』を告げた。


「――リオナンド・フォン・ディーツ・ヴァルトレイス」

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