009「忠告」
「フェイス、十五時だぞ。起きろー」
『……ん、もうそんな時間か』
目を覚ますと、そこはタイチの自室と思わしき部屋の中だった。
タイチ自身は机に向かって英語の教科書を開いている。
『どうやらちゃんと勉強しているようだな。偉いぞタイチ』
「まあ、一応な。でもさすがに全科目で高得点に近い点数が取れるほど地力をつけるのは難しいぜ。今やオレなんか下から数えた方が早いぐらい落ちぶれてるし」
『大丈夫だ。キミは頭が良い。本気になればきっと今からでも自力で高得点を取れるぐらいに学力を身に付けられるだろう』
「簡単に言ってくれるよなー。ま、頑張るけどさ」
『頼むぞ。当たり前だが、俺にとってはキミだけが頼りだからな。さて、ではさっそく今日伝えるべきことを伝えるぞ』
「おー、なになに?」
『キミは今日から周囲の人間に『期末テストで全科目満点を取る』、と自信満々に公言してくれ』
「お……おお、そりゃまた香ばしいな。なんで?」
『おもに勉強しているアピールの為だな。何も言わずにいきなり満点近い点数を取ったら間違いなくカンニングを疑われるが、今から『満点を取る』と宣言して満点近い点数を取ったならばそこまで不自然ではないだろう』
「えぇー、『満点近い』点数かよ。そこは宣言通り満点取りたいんだけど」
『そこまでやったら注目されすぎるからな。それに海外の大学に留学するとはいえ、別にトップクラスの大学を狙うわけじゃないんだ。あちら側では中程度レベルの大学に特待生扱いで入学できればいい。いわゆる返さなくてもいい奨学金狙いだな』
「え、なんでだよ。どうせお前が支援してくれんならもっとレベルの高い大学に入りたいんだけど。うちの親だったら学費は普通に出してくれるぜ多分」
『ダメだ。奨学金狙いという『表向きの理由』が無くなるし、何より立地的な問題でレベルの高い大学は条件に合わない場合が多い』
「条件?」
『通える範囲に大きなスラム街があることだ』
「え……ってことは、まさか『例の活動』をホームレス相手にするってこと?」
『そういうことだな。死にそうなホームレスが一番理想的だ』
「はぁ……日本では高齢者、外国じゃ死にそうなホームレスを相手にソウルスティールか。なんだかなぁ……」
タイチはガックリと肩を落とした。
『不満なのか?』
「そりゃそうだよ。もっとこうさ、麻薬の売人とか、消したらスカッとするような犯罪者を相手にしたいんだけど」
『タイチ。俺たちが人の魂を必要とするのはあくまで自分たちの命を生き長らえるため、そして世界を滅亡させないためだ。決して正義の味方ゴッコをするためじゃない』
「わかってるよ。言ってみただけだって。別に世界の滅亡うんぬんはどうだっていいけど、自分の命は大事だからな」
『そうか。わかっているならいいんだが。……ああ、そうだ、タイチ』
「んー?」
『昨日は言い忘れていたが、元カノには気をつけるんだぞ』
「気をつけるって?」
『尾行だ。可能性としては低いだろうが、ソウルスティールをする日にあとをつけられるのは非常にリスクが高い。元カノとは少なくとも次の渇望までに決着をつけておいてくれ』
「尾行って……いや、まあ確かに今のアイツならやりかねないか。了解、気をつけるよ」
『よし。それじゃあ……』
「寝る、とか言うなよ。今さっき起きたばっかだぞ。お前『休みの日はもうちょっとがんばる』って言ってたじゃん」
『……タイチ、この世に変わらないものがないように、人の意志というのもまた日々うつろいゆくものだ。が、しかし、さすがにたった二日で前言撤回するのは俺も心苦しい』
「…………」
『だからこそ俺はこの言葉をキミに贈ろう。――ごめんなさい』
「つまり結局寝るのかよ!?」
『本当にすまないと思っている』
「それ絶対に思ってないだろ!」
『いや、思っているとも。なにせ今の状況だと、次の渇望まで俺が眠らなければマズいからな。予想以上に時間を取れなくて本当にすまないと思っている』
「……は? 次の渇望まで眠らなければマズい?」
『そうだ。気がついているか? 初日から今日にかけて、どんどん俺の起きていられる時間が短くなっている。つまり俺は初めに想定していた以上に睡眠不足なんだ。このままだと期末テスト当日に最高のパフォーマンスを発揮できない可能性が高い』
「おっふ……マジか、そういう感じ?」
『そういう感じだ。申し訳ないが、俺が寝ている間は頼んだぞ。元カノへの対処、カモフラージュのサイクリング、勉強、テスト満点宣言……おもにこの辺りか』
「マジかよ……次の渇望までって、どのくらい寝るんだよ?」
『そうだな。厳密に言うと渇望の少し前だから、今からちょうど四週間後の日曜日、十五時以降に起こしてくれ』
「四週間後って、もう期末テスト直前じゃん。そんな日にソウルスティールしに行くのか?」
『しょうがないだろう。本格的に渇望を感じ始めてからでは遅い』
「遅いって……本格的に渇望を感じるとどうなんの?」
『宿主が胸の奥底に耐え難い『渇き』を覚え、周囲の魂を手当たり次第にソウルスティールするようになる。自分の意思とは無関係にな。これに人の身で抗うことは不可能だ』
「うわぁ、そりゃ怖いな。近くに家族とかいたら悲劇じゃん」
『そうだ。だから魂の摂取は渇望を感じる一歩手前でしておかねばならない。そして警察機関等には絶対に捕まってはならない。もしソウルスティールによる殺人が立証されなくとも、ソウルスティールをできない環境に一定期間置かれただけで俺たちはアウトなんだ。それを忘れないでくれ』
「わかったよ。……どう考えても捕まりようがないと思うけどなー」
『最初は皆そう言うんだ。だが捕まる時は捕まる。油断するな。慎重になれ』
「いやー、でもさー、ちょっとこっち側の難易度が低すぎるっつーか、フェアじゃなくね? ただでさえ物的証拠が一切残らない、目撃されても他人には何がなんだかわからないって能力なのに、その上こっちがまったくもって油断しないってのは……警察側にとっちゃ難易度おかしいクソゲーじゃん」
『タイチ……キミの人生はゲームじゃないだろう?』
「オレはゲームみたいなもんだと思ってるけど? リアルタイムで時間が流れる、セーブもロードも使えないクソゲーだよ人生なんて」
『…………』
「あぁ、でもフェイス、お前がオレに取り憑いてからはちょっとは面白くなってきたぜ?」
『……それは光栄だな。だが、そんな面白さも『生きてこそ』だぞ?』
「ははっ、わかってるっての。さっきのは言ってみただけだから気にすんなって。慎重にやるよ、慎重に。オレだってつまんねーミスで警察に捕まったらそれこそ面白くねーからな。お前の言う通りにするさ。今のところはな」
『今のところは……か』
「なんだよ、気に入らないってか?」
『いや……タイチ。キミは歴代の宿主に比べて比較的、俺の言うことを聞いてくれている方だからな。感謝こそすれど、その程度で気に入らないなんてことはない。だが……』
「だが?」
『俺の忠告を無視する人間は、大抵が自滅する。それを忘れないでくれ』
「ヒュー、かっこいい。さすが千年以上を生きる邪神。言葉の重みが違うね。親切にどうも。覚えとくよ」
『…………』
「あ、もしかしてオレ今、死亡フラグ立った?」
『……そうだな、もしこれが小説だったら、キミは間違いなくロクな死に方はしないな』
「ははっ、そっかそっか。んじゃまぁ、せいぜい抗うとしますかね、運命に」
『…………そうだな』
「おーい、そう気を落とすなって。ちゃんとハッピーエンド目指すから。な?」
『……ああ。わかった。俺はもう寝るぞ。起こすタイミングは覚えてるな?』
「四週間後の日曜日、十五時以降に起こしてくれ……だろ? 覚えてるよ」
『ならいい。……おやすみ、タイチ』
「おー、おやすみフェイス。また四週間後な」
そして例のごとく、俺はタイチの声を聞きながら深い闇の中へと沈んでいった。