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邪神  作者: 霧島樹


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089「同罪」

 リオナンドは途中で階段を見つけて上がり、廊下を進んで目的の部屋へと着実に歩みを進めていく。


『この部屋の中にいるな。しかしドアの脇にふたり、殺意を持った女が待ち構えている』


「うん」


 短く返事をしたかと思うと、リオナンドは何も気負った様子なくドアを開けて部屋の中に入った。ドアの右脇に潜んでいた若いメイドが、リオナンド目掛けて逆手に持った包丁を振り下ろしてくる。

 だがリオナンドは若いメイドの手首を掴んで、その包丁を止めた。


 右側にいた若いメイドが失敗したと同時に、ドアの裏にいた左側の中年メイドが長剣を振り下ろしてくる。リオナンドはそれが振り下ろされる前に自分の左腕を前に出して受け止めた。


 はて、リオナンドは鎖帷子か防刃服でも着ていたのだろうかと疑問に思ったが、彼の腕が血で滲み始めたのを見る限り、どうやら普通の服だったらしい。であれば、なぜ腕で受け止めたのだろうか。


 確かに振り下ろされる前に腕を出して受け止めたから大きな傷にはなっていないが、リオナンドであればそんなことをせずとも避けるなり弾くなり真剣白刃取りするなり、どうとでもできたはず。

 そんなことを考えていると、リオナンドの腕が淡く光り始めた。


「う、嘘……まさか、治癒聖術……!?」


 長剣を止められた中年メイドが驚愕に目を見開くと、それが伝染するように部屋の奥で固まっていた無数のメイドたちも驚きの声を上げ、やがて魂が絶望に染まっていった。そこで俺はリオナンドの狙いを悟る。


 治癒聖術はこの世界で一般的に、神から祝福された人間しか使えない奇跡の業とされている。それは複数ある違う宗教同士でも共通認識らしい。

 リオナンドは何の因果か、それとも父親を斬り殺してしまった罪の意識からか片田舎の教会で貧乏暮らしをしていたようだが、本来であれば治癒聖術が使えるというだけで、出自に関係なく高位聖職者へ道が開けるほど貴重な人材とみなされるらしい。


 高位聖職者は下手な貴族よりもよほど権力があり、金が稼げて地位や名声も得られる。そのため治癒聖術を使える人間はそのほとんどが聖職者になるし、ゆくゆくは高位聖職者になることから、平民にとって治癒聖術を使える人間は神に選ばれた特別な聖職者、という認識なのだ。


 そんな人間が、かの有名な死神だったとしたら?

 十年近く戦争を潰し続け、直近で尋常じゃない数の帝国軍を滅ぼして圧倒的な力を改めて示した死神が、神に選ばれた存在だとしたら。


 絶望しかないだろう。何せただでさえ自分たちは戦争を積極的に起こそうとしている間違った『悪』の組織に属しているのだ。正当性はない。恐怖から戦意喪失するものが続出するだろうと簡単に予想できる。神の教えは争いを禁じているというのに、相手は神に祝福されているのだから。勝てるわけがない。


 まあ、末端の使用人であるメイドが自分たちの仕えている家が戦争を起こそうとしているなんて知らない可能性はあるし、そもそも善悪なんて立場やモノの見方でどうとでも変わるが、それでもかの有名な死神が戦争を潰して回っていることは誰でも知っていることだ。死神に狙われた時点で自分たちが『悪』だと見做されていることには気が付くだろう。いずれにせよ絶望だ。


 そんなことをリオナンドが治癒聖術を発動した一秒にも満たない時間で考えていると、彼が手首を掴んでいた若いメイドが包丁を落とし、そのまま膝から崩れ落ちた。


「メアリー!?」


 それを見て中年メイドが叫ぶように声を上げる。相手はかの有名な死神だ。前回の襲撃では女子供は生かしていたようだが、歯向かってきたとなれば話は別で、若いメイドは命を奪われたのだ……と、十中八九そう考えているだろう。実際はエナジードレインによる精気吸収で意識を失っただけなのだが。


 リオナンドは中年メイドが動揺した隙にその手から長剣を奪い取った。

 そして空いている左手で中年メイドの顔面を掴むと、暴れる彼女を床に引きずりながら、部屋の中央へ歩を進める。


 部屋の中央で固まっている、およそ三十人以上はいるであろうメイドたちは各々ざわめき身を寄せ合うも、逃げようとはしない。直接的に歯向かわなければ殺されないと思っているのか、もしくは逃げられないと思っているのかはわからないが。


「男を出せ」


 暴れる中年メイドの顔面を片手だけで掴み、床に引きずったまま。

 リオナンドは低い声で、呟くように言った。


「出さなければ――」


 中年メイドを掴む手に力を込める。するとエナジードレインが一気に進み、中年メイドは意識を失って動かなくなった。


「――こうなる」


 リオナンドが手を離すと、中年メイドは白目を剥いて状態で床に落ちた。

 部屋の中央で固まっているメイドたちから悲鳴が上がる。


「……わかりました」


「アルヴィンさま!?」


 固まっているメイドたちの中央から男の声が聞こえた。メイドたちはそれを制止するように次々と声を掛けていく。


「いけません! アルヴィンさま!」


「おやめください!」


「貴方さまがいなくなったら、ガルザーク家は終わりです!」


「私が父上を止められなかった時点で、遅かれ早かれガルザーク家は終わりに向かうとは思っていた。これは私の罪だ。……まさか、死神さまの手に掛かることになるとは、思ってもみなかったけれど」


 アルヴィンと呼ばれた茶髪碧眼の男はメイドたちを宥めながら前に出てくると、リオナンドの前に跪いた。


「死神さま。この者たちに罪はありません。父に続き私の命を捧げますので、どうか……」


「お待ちください!」


 男の前にひとりのメイドが出て、土下座するような形でリオナンドの前に這いつくばる。


「死神さま! アルヴィンさまは幾度となく王国と争おうとする旦那さまを止めようとしておりました! もしアルヴィンさまに罪があるとするならば、それは旦那さまを止められなかった私たちも同罪です!」


 唐突な『私たちも同罪』発言に、結構な人数のメイドたちがギョッとした様子でそのメイドを見た。


「もしアルヴィンさまの罪を裁こうというのであれば、私たち全員を裁いてください!」


「――そうです! もしアルヴィンさまがいなくなれば、私たちはもう生きていけません! 裁いてください!」


 リオナンドにひれ伏したメイドに続いて、もうひとりメイドが勢いよく前に出てきて土下座するように頭を下げる。そんなふたりの発言や行動に触発されたのか、恐らく忠誠心が高いのであろうメイドたちが数人、次々と似たようなことを言いながら前に出て、リオナンドにひれ伏していく。


 こうなると同調圧力とでもいうのだろうか、恐らく忠誠心はそこまで高くないのだろうが、空気を読んでひれ伏すメイドが続けてひれ伏していき、とうとうリオナンドに頭を垂れる人間が過半数になった。


 ここまできたら、後は個人の意思など関係ない。真っ先にひれ伏す度胸はなく、冷静に空気を読んで機敏にひれ伏すこともできなかった後方の人間が、ここにきてただ直立していられるはずもない。まさにドミノ倒しの如くメイドたちがひれ伏していく。


 そうしてあっという間に三十人以上はいるメイドたちが全員ひれ伏すと、リオナンドは右手の剣を床に強く突き刺し、口々に命乞いをする彼女たちの嘆願を黙らせた。


「わかった。では望み通り全員、裁く」


 リオナンドがそう言うと、彼以外の全員が絶望に染まった。

 そしてリオナンドがゆっくり腕を上げ始めると、瞬く間に絶望は恐怖に変わっていく。


「い、いや……いや……」


 前の方にいた若いメイドのひとりが小さく首を左右に振って、その琥珀色の瞳から大粒の涙をポロポロと流し始める。そんな彼女を隣にいる同じく若いメイドが窘めようとするものの、一度泣き始めた彼女は止まるどころか、「いや……いや!」とまるで駄々っ子のように大声で嫌がり始めた。


「ちょ、ちょっとニナ……」


「いや! わたし……わたし、死にたくない! 死にたくないぃ!!」


 ニナと呼ばれたメイドはそう叫ぶと急に立ち上がり、リオナンドの横を抜けて部屋から走りながら出ていった。女を殺したくないリオナンドは当然、それを追いかけない。どころか見向きもしない。


 そんな同僚による逃亡の成功例を見て勇気が出たのか、メイドの何人かが同じように声を上げながらリオナンドの横を走って逃げ始めた。

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