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邪神  作者: 霧島樹


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088「正面」

「見つけた」


 本邸の館から出て、別邸へと走るリオナンドが早速、そこに成人男性の魂を発見しソウルスティールする。二階にいた男性の年齢は五十代ほどであり、すぐ横に二十代ぐらいの女性がいることを考えると、当主が別邸で側室と会い、そのまま寝ていたのかもしれない。


「別邸には、他に男の人はいなさそう……かな」


『ああ、いない』


 今は寝ているだろう使用人らしき女性が一階に三人ほど感知できるが、男は他にいない。リオナンドの目的は達成できたと言っていいだろう。


『本邸が騒がしくなってきたな』


 時折、そこかしこから女の悲鳴が聞こえてくる。魂の動きを見る限り、今はもう複数人の女使用人が起きてあちこち動き回り、男が全滅していることに気が付き始めているようだ。


『帰りは正面ではなく、裏側の丘を下って行くのが良いだろう。ソウルスティールできない人間の中をわざわざ突っ切る必要もない』


「うん」


 リオナンドはそのまま別邸の裏側に回ると、積み上がった石で出来た塀を飛び越え、丘を下って辺境伯の館を後にした。




 〇




 軍隊以外の襲撃は初回だったということもあり、無警戒な辺境伯の本拠地で男をほぼ何事もなく全滅させたリオナンドは、その足で南西のサウドラキアへと向かった。

 そして十六日後の夜。俺は例の如くリオナンドに起こされていた。


「ここはサウドラキア地方のグランタリオっていう街で、この辺り一帯を治めているガルザーク辺境伯の館が……って、そういえば説明はいらないんだったね」


 月明かりが照らす貴族街にて、歩を進めていたリオナンドは苦笑しながら呟いた。街に着くまではひとりだったから、会話に飢えているのかもしれない。


『いや、単に俺は覚えていられないし、不要な情報だから説明はなくとも大丈夫だと言っただけであって、キミが説明したいのならしても大丈夫だぞ』


「う、うーん……そう言われると、何だか説明しにくいかも。昔のボクだったら嬉々として説明したかもしれないけど」


『そうだな。少し寝ている間にリオナンドは随分と変わった』


「少しって……もしかして五年まとめて寝てた時のことを言ってる?」


『そうだが』


「五年が少しかぁ……」


 リオナンドは何処かしみじみと言いながら、貴族街を進んでいく。

 前回のモントルイエと違い、この辺りは空気が乾燥しているのか砂埃が多い。よく見ると建物も大部分が石造りだ。全体的な雰囲気も随分と違うし、ここは前世でいうと砂漠がすぐ近くにある中東に似ている土地なのかもしれない。


「ガルザーク辺境伯の館は……あれだね。門番が四人もいる」


『見えない塀の裏側にも四人いるな』


 モントルイエと違ってこちらのターゲットは館の周囲が建物に囲まれているおかげで、五十どころか三十メートル圏内まで近寄ることができた。

 建物の陰に隠れながらリオナンドが呟く。


「普通、あんなに門番っていないよね?」


『どう考えても普通じゃないな。モントルイエの領主が死神に襲われた情報が届いたんじゃないか?』


「一応、馬でほとんど休まず一直線に来たんだけど……」


『早馬を使ったんだろう。キミより速かったということは、複数の人間が複数の馬を乗り継いで情報を届けたのかもしれない』


 そうなると、ここへ辿り着くまで毎日二十四時間ずっと走り続けるわけにはいかないリオナンドは、いくら襲撃後に一直線で向かったとしても早馬の使者には勝てない。


『キミのソウルスティールは再使用のクールタイムがほぼ一秒で、殲滅速度もかなりのものだが……相手がこちらを死神だとわかっていた場合、あの人数だとほぼ間違いなく早い段階で騒ぎになるな。前回は正面から入って殲滅したほうが良いと言ったが、こうなるとメリットより対象に逃げられるデメリットのほうが大きくなる。裏側から回るか?』


「そうだね……」


 リオナンドは何かを考えるように俯くと、少ししてから顔を上げた。

 それから深呼吸をして目をつぶると、意を決したように頬を両手で軽く叩いてから答える。


「いや、正面から行くよ」


『ん? なぜ……』


 疑問に思い、リオナンドに理由を聞こうとしたところで、やめた。

 俺の予想が正しければ、これは追及するべきことじゃない。


「……フェイスさんは、反対?」


『いや、そういうわけじゃない。あくまで俺の提案は選択肢のひとつだからな。キミなら騒ぎになっても不覚を取ることはないだろうし、ここのガル……なんたら辺境伯を逃がさず仕留められるなら、大きな問題はないだろう』


「ガルザーク辺境伯だよ」


 リオナンドは苦笑しながら言うと、再び深呼吸をしてから意識を館の庭に繋がる門へと集中した。それから門番のひとりを凝視すると、速やかにソウルスティールでその命を奪う。


 他の門番は仲間のひとりが倒れたのを見た瞬間、駆け寄ることもせずに大声で死神が来たことを叫んだ。反応があまりにも早い。やはりモントルイエの領主が死神に襲われた情報はこちらに届いていたらしい。


『リオナンド』


「わかってる」


 リオナンドは門に向かって走り出した。門番たちはもはや門を守るつもりは毛頭ないようで、死神が来たことを叫びながら全員が広い庭を駆けて館に向かっている。

 だが彼らの足よりもリオナンドの全力疾走のほうが速かった。館へ辿り着く前にひとり、またひとりとソウルスティールで倒れていく。


 しかし元から距離があったせいか全滅はしなかった。八人いた門番のうち、三人は館へと辿り着き中に入り、死神が来たことを力の限り叫ぶ。当然のように、館は蜂の巣を突ついたような大騒ぎとなった。


 リオナンドは開いた窓から矢を射ってくる弓兵をソウルスティールしながら館に入ると、天井を見上げながら呟いた。


「あれ……かな」


 館の三階から二階へ、多くの人間と共に階段を降りてくる四十代ほどの男性が魂の感知に引っ掛かっている。リオナンドがその魂に狙いをつけてソウルスティールすると、周囲を囲んでいる魂たちが絶望に染まった。


『どうやら当たりだったようだな』


「そうだね」


 リオナンドはその後も、自分に向かってくる男を中心にソウルスティールをしながら館の中を進んで行く。だが、かの有名な死神に敵うわけがないと思っているのだろう、むしろ向かってくる男は感知できる人数に比べて少数派だ。辺境伯が死んだことが知れ渡ったのか、今や大多数の男は館の外へと逃げ出している。


 ただ、リオナンドは逃げ出す男たちを追わなかった。敵を逃がしてしまい焦っている様子もない。それも当然だろう。彼は最初からこうなるとわかっていて、門番をソウルスティールしたのだ。

 前回、女子供を生かし男だけは殲滅するという方針でリオナンドは納得していたと思っていたが、それでも徹底し続けるのは大きな抵抗があるらしい。


 俺はもう随分と長い時間を生きているか死んでいるかわからない人外として存在してしまっているから時折、忘れてしまうが……人間はやはり感情と理性の折り合いがつかない生き物なのだと、つくづく実感する。

 とはいえ既に相当な人数をソウルスティールしているし、辺境伯だと思われる人間は仕留めているから、大きな問題はないだろうとは思うが。


「……おかしいな」


『ん? 何がだ?』


「女の人の逃げる数が少ない。いや……むしろ逃げずに、二階に上がってる……?」


『二階に? ……本当だな』


 もうやるべきことは終わったと思いまったく意識していなかったが、確かに大多数の女がリオナンドの言った通りに動いている。

 興味を引かれ、女たちが妙に集まっている二階の部屋に意識を集中すると、なるほど、何となく理由がわかった。


『ひとりの男を多数の女が囲んで、死神から守ろうとしているようだな』


「え……?」


 リオナンドが天井に視線を向け、多数の女が集まっているところに意識を集中する。


「……男の人、いる?」


『いるぞ。あれだけ密集していると確かに判別はしづらいが、いる』


「フェイスさんがそう言うなら……間違いないね」


『多くの女が守ろうとする、上の階にいる男か。十中八九、辺境伯の血縁か何かだろうな』


「……そうだね」


 リオナンドは暗い声で同意しながら、二階へ向かうべく人の少なくなった館の中を歩き出した。

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