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邪神  作者: 霧島樹


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087「潜入」

『射程距離内だな』


「うん」


 館へと繋がる門に向かって真っ直ぐ歩いていくうちに、門番ふたりの魂が感知できる五十メートル圏内に入った。月明かりがあるためこの距離でも既に門番たちもリオナンドの姿は見えているだろうが、特に警戒している様子はない。


 この時間に単身で歩いてくるリオナンドのことを内心怪しんではいるかもしれないが、何せまだ距離がある。リオナンドはフードを目深に被っているし、そうでなくともこの距離だと顔はハッキリ見えないだろうから、館の関係者である可能性を考えているのかもしれない。


「まずはひとり」


 リオナンドが呟くと、ふたりいる門番の片方がソウルスティールによって倒れた。まだ生きている門番が驚いたように倒れた相方へと近寄る。


「ふたり」


 ほとんど間を置かず、もうひとりの門番もソウルスティールによって倒れる。門番たちはいったい何が起こったのか、理解しないまま死んだだろう。やはり何の準備もしていない相手に対して、ソウルスティールは無敵に近い。


 歩を進めたリオナンドは門を開けることなく、超人的な跳躍力で飛び越えて中に入ると、正面に見える広大な庭を見ながら言った。


「他には……誰もいない、か。すごく大きい館だけど、警備は手薄なんだね」


『戦時中ならともかく、平時ではこんなものだろう。むしろこんな時間に門番をふたり配置しているだけでも十分過ぎるという見方もある』


「平時……そっか。ナヴォル伯爵家と戦争しているつもりは、ないんだね」


 リオナンドは低く、暗い声で呟いた。これは街道で百を超える敵に襲われ、サージェスや領兵のほとんどが死んだ時のことを指して言っているのだろう。


『ナヴォル伯爵家との戦力差は圧倒的だという話だからな。きっと以前の襲撃や暗殺の失敗も、ナヴォル伯爵家が運よく致命傷を回避して延命しているだけだと思っているだろう。まさか反撃してくるとは思っていないはずだ』


 そして実際、それらの認識は正しい。今回リオナンドが動いているのも彼の個人的な動きであって、ナヴォル伯爵家自体の反撃ではないしな。

 まあオーウェルやレイモンの態度を見る限り、以前からリオナンドが動くことを期待していた感はあるが。


「襲撃の時、ソウルスティールを見られた敵の一部を逃がしちゃったから、死神が来ると思われてるかも、って考えてたけど」


『僅かながら可能性としてはあっただろうし、次回からは十中八九そう思われるだろうが、初回に限って言えば相手も予想外だろうな。今まで死神は戦場にしか現れなかったし、特定の勢力を贔屓するようなことは一度もなかった……だろう?』


「うん。ないよ。今回も、別にナヴォル伯爵家を贔屓しているつもりはないからね」


『だろうな』


 もし仮にリオナンドがここの辺境伯に拾われてナヴォル伯爵家への襲撃を察知したとしたら、彼はそれを止めようとするだろうし、どうしても止められないようであれば首謀者をソウルスティールしてでも止めるだろう。

 この十年間、帝国や王国などの勢力関係なしに戦争を止めて回った彼が、今さらその主義を一宿一飯の恩義ぐらいで曲げるはずがない。


『だからこそ、相手も死神が襲撃に来るとは思っていなかったんだろうな』


「そっか。……運が悪かったね」


『確かにな』


 かの有名な死神が襲撃に来るとわかっていたら、なりふり構わず逃げ出す人間は一定数いただろう。そういったタイプの人間とっては今回、運が悪かったとしか言いようがない。


 話している間に広大な庭を抜けて巨大な館に辿り着いたリオナンドは、思いのほかゴツくて丈夫な正面扉を迂回して周囲を探った。そして館の側面に普段使用人が使っていると思われる木製の扉を発見すると、それを蹴破って中に侵入する。


『これなら窓を割って入ったほうが、まだ静かだったかもしれないな』


「そうだね……」


 扉を蹴破って割と派手に音が鳴ったからか、複数の人間がこちらに向かってやってくるのがわかった。


『ただ不幸中の幸いというか、こちらに向かってくるのは全員男だな』


「うん。……全部で五人だね」


 住み込みで雇われている警備兵か従者かはわからないが、随分と反応がいい。仕事熱心と言えるだろう。そのせいで真っ先にソウルスティールの対象となってしまうわけだが。

 リオナンドの洗練された素早いソウルスティールにより、悲鳴を上げることもできず彼らは次々と倒れ伏していく。


 こうして一度も姿を見られることなく館に入り、リオナンドは中を進んで行った。途中、成人男性の魂を見つけるたびにソウルスティールで吸い取りながら、まずは館の一階部分をくまなく探索する。


「門の警備はふたりだったけど……中にいる人数は、かなり多いね」


『そうだな』


 今現在、一階部分を探索しながらソウルスティールした成人男性の数だけでも、既に四十人近くになっている。もし館に詰めている男女の比率が半々だとしたら、単純計算で八十人はいることになるだろう。


 館の外観からして規模が大きいだろうとは思っていたが、中々どうして豊富な人揃えだ。深刻な人材不足で男女合わせ十数人しか屋敷に仕える人間がおらず、苦しんでいたナヴォル伯爵家とは比べ物にならない。


 もちろん住み込みで仕える人間と領兵は別だったが、にしたって屋敷の規模を考えるとナヴォル伯爵家は少なすぎた。力仕事や書類仕事、果ては護衛任務や交渉事までこなすリオナンドが重宝されたわけである。


「こんなに人がいて、何の仕事をしてるのかな……」


『何だろうな。護衛兵、厨房係、厩舎係、文官、庭師、清掃や雑務の使用人……これだけ規模が大きいと医師や薬師、大工なんかも住み込みで働いていてもおかしくはないな。あくまで予想だが』


 そんな何気ない会話をしつつ、リオナンドは魂の感知とソウルスティールを続けていく。一見して自然体のような態度だが、リオナンドの魂は戦闘時と同じく極度の緊張とストレスを感じているようだった。


 これまでリオナンドは夥しい数の人間をソウルスティールしてきたはずなのだが、根本的な部分で抵抗があるのか、魂の奥底では十年前と変わらず未だに拒否反応があるようだ。大量のソウルスティールを気にしていないような何気ない会話も、ひょっとするとそれらを少しでも誤魔化すために無意識でおこなっているのかもしれない。

 そして追加で十二人ほどの魂を吸った後。


「この館にいる男の人はこれで、大体はソウルスティールしたかな」


『ああ。俺の感知でも、漏れはなかったように思う』


 リオナンドは天井越しであろうと五十メートル圏内であれば感知できるので、一階と合わせて二階、三階もソウルスティールを進めていた。

 就寝場所が男女ともに分かれているからだろうか、それとも夜遅くで誰しも寝静まっているからだろうか。今のところ最初にドアを蹴破った際に五名が駆けつけてきたこと以外、騒ぎらしい騒ぎは起きていない。


「それなら、次は別邸……って言うのかな。この館の向こう側に見えた建物に行ってみるよ」


『そうだな。……ん、これは』


 五十メートル圏内の端で動いている魂を感知した。その魂は疑問、驚愕、やがて恐怖と波動を変えていったかと思うと、慌ただしく移動を始めた。


『ドアを蹴破った際にソウルスティールした男たちが見つかったらしいな』


 移動していった魂の持ち主は四十代ほどの女性。今回リオナンドは女子供をソウルスティールしないと決めているので、見られたからといって始末するわけにはいかない。


『すぐ他の人間にも知らされて騒ぎになるだろう。あとは時間との勝負だぞ』


「うん、わかってる」


 リオナンドは短く返事をしつつ、外に繋がる扉を見つけてカギを内側から外し、館から飛び出した。

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