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邪神  作者: 霧島樹


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085「帰還」

 次に俺が目を覚ました時、リオナンドは屋敷内の廊下で執事のレイモンと会話をしていた。どうやらあれから無事、生き残った領兵たちと共にナヴァル伯爵家へと帰還できたようだ。


「……ケインさんの姿が見えませんが、どこに行ったんですか?」


「彼はナヴァル家の減った戦力を補充するため、傭兵に声を掛けにいきました」


「傭兵……」


「彼自身が以前は傭兵だったことから、昔の仲間に声を掛けているようです。とはいえ、今のナヴァル家に金銭的余裕はまったくないので、仮に雇えるとしても有事の際だけ戦ってもらう契約になりますが」


 リオナンドはレイモンの言葉に目を伏せた。


「……ただでさえ余裕がないこの状況で、傭兵にお金を払ったら即、破産ですね」


「無抵抗で蹂躙されるよりはマシでしょう。致し方ありません。それと、これは旦那さまからの手紙となります」


 レイモンが差し出した封書は、ナヴァル伯爵家の封蝋が施された重々しいものだった。差し出された手紙を見て、リオナンドは僅かに唇を引き結んだ。


「以前ご本人にも直接お伝えしましたが、それは受け取れません」


「では伝言を。『ナヴァル家を頼む』、とのことです。もう既に聞いているとは思いますが」


「……旦那さまの意識が戻る兆候はないのですか?」


「今のところはまったく。一度に大量の血を失ってしまった影響でしょう」


「…………そうですか」


 リオナンドはそう言うと、踵を返してレイモンに背を向けた。


「どちらへ向かうのですか?」


「しばらくお暇をいただきます」


「わかりました。お嬢さまには私から伝えておきましょう」


「…………」


 リオナンドはレイモンの言葉に無言で一度足を止めたが、後ろを振り向くことはせずその場を後にした。

 そして使用人服を簡素な私服に着替えて身支度をすると、ナヴァル伯爵家の屋敷を出て街の中を進んでいく。


『リオナンド』


「フェイスさん……起きたんだ」


『少し前にな。何があったんだ?』


「実はね……」


 話を聞くところによると、リオナンドたちが街道で襲撃を受けている頃、ほぼ同時刻にナヴァル伯爵家でも敵の間者による暗殺未遂が起きていたらしい。


 暗殺自体は未然に防げたものの、それによって当主であるオーウェルが瀕死の重傷を負い、治癒聖術によって外傷が治った今でも意識が目覚めないのだという。


『意識が目覚めない、か』


「うん。顔色は悪くなかったんだけどね。寝た振りでもしてるんじゃないかって思うぐらい」


『そうか。実際、寝た振りをしていたんだろうな』


「そっか、寝た振り…………え?」


『昏睡状態にある人間の魂には特有の波動がある。今さっきの話ではあるが、オーウェルの魂にはそれがなかったからな』


 俺はリオナンドとレイモンが話している廊下の近くにある部屋からオーウェルの魂を感知していたが、昏睡状態のような波動は感じられなかった。


「え……え? ど、どういうこと? ボクとレイモンさんが話している最中に意識が戻ったってこと?」


『違うぞ。寝た振りをしていたんだろうな、と言っただろう? おそらくキミが見た時から意識は戻っていたはずだ。レイモンの言葉には嘘が感じられたし、オーウェルの魂は意識が覚醒してすぐとは思えないほど安定していた』


「そんな……何のために?」


『これは推測だが、領兵にすらあれだけ敵の間者がいたことを考えると、暗殺に失敗した人間以外にもまだ屋敷内に潜んでいる間者はいるだろう。だとすれば、オーウェルやレイモンは偽の噂を身内に流して反応を見ることで、間者の炙り出しをしようとしているのかもしれない』


 ナヴァル伯爵家は現状、敵の襲撃でただでさえ少ない領兵が壊滅状態なうえに、屋敷の人材も少ない。正攻法で間者を探すのは至難の業だろう。だからこそ、敵の暗殺未遂を利用した搦め手を使っているのだと思われる。

 まともな手段で間者を探し出せるなら、そもそも先日に暗殺の恐れがあると言っていた時点で捜査して見つかっているはずだ。


『あとは、キミが動くことも期待しているのかもしれないな』


「ボクが?」


『ああ。キミはさっき、レイモンにしばらく休むと伝えただろう。その返答に違和感を覚えなかったか?』


「違和感は……あったよ。こんな大変な時期に戦える人間のボクが休むって言って、それをまったく引き止めないんだから」


『オーウェルやレイモンはこのような事態になれば、キミが動くと予想していたのかもしれないな。いや、予想というよりは期待、願望に近いか』


「そんなの……本当にボクが動くかなんて、わからないのに。博打じゃないか」


『博打に頼らざるを得ないほど、今がどうしようもない状況なんだろうな。何せ当主が遺書をしたためるぐらいだ。暗殺は未然に防がれ結果的にまだ死んでいないとはいえ、敵勢力と比べナヴァル伯爵家はあまりに弱く脆い。キミ以外は』


「ボク以外は……か」


 リオナンドはそう呟いた後、自嘲するように小さく笑って、再び街の中を歩き始めた。


『それで、どうするんだ? さっきまでは動こうとしていたように見えるが』


「動くよ。どっちにしろ、お金がある程度貯まったら動こうと思ってたんだ。ナヴァル伯爵家がどうこう関係なくね」


『そうか』


「……フェイスさんは、ボクがこれからどう動くかわかるの?」


『ある程度の予想はしている』


 以前リオナンドがナヴァル伯爵家で働くことを『次の段階に移るための準備』だと言っていたからな。あの時は何の話だろうかと思ったが、今になって考えるとあれは『死神』として次の段階に移る、ということなのだろう。


「はは……そっか。そうだよね。そもそも、フェイスさんは昔から言ってたもんね。狙うなら()()()()って」


『まあ、そうだな』


 聖女が死に、リオナンドが『死神』として活動し始めた頃。

 当時の俺は事あるごとに『死神』活動はやめたほうが良いと彼に忠告していたが、どうせ()()なら敵の頭を狙ったほうが良いと助言していた。


『最初キミは末端の兵士ばかりにソウルスティールしていたからな。戦争を止めるなら指揮官レベルでないとほぼ意味がない。俺としては戦争の現場に赴くよりも、安全地帯にいる戦争の指導者クラスを狙ってほしかったが』


「あの頃はとにかく、目の前で起きる戦争を止めたかったからね。それに、戦争をするたびに『死神』が現れるなら、戦争は起こらなくなるって……誰も戦いたくなくなるって、信じてたから」


『今は信じていないのか?』


「どうかな……もっともっと長い間、『死神』をやり続けたら違うのかもしれない。いくら国や指導者が戦えって言っても、戦わなくなるのかもしれない。けど……もう十年もやったからね。昔よりは大分減ったけど、これ以上戦争を減らすならやっぱりフェイスさんの言う通り、指導者クラスを直接狙わないとダメだと思う」


 ――人の痛みが想像できない人って、沢山いるから。

 リオナンドはそう小さく呟いてから苦笑した。


「フェイスさんからしてみれば、『最初から指導者クラスを狙え』って話なんだろうけどね」


『それはそうだが、ここまで活動したならば長期的に見た場合、むしろ良かったかもしれないぞ』


 リオナンドの十年にも及ぶ活動により、もはやこの大陸に『死神』を知らない人間はいない。各国の軍隊と相対して生き延びるどころか撤退させるほどの超常的な力を、非現実なおとぎ話ではなく現実として、誰もが恐れ、信じているのだ。市民の厭戦感は過去最高になっている。

 そんな『死神』の力が今度は軍隊ではなく、指導者に。集団ではなく個人に向かうとしたら――いったい、誰が止められると思うだろうか。


 最初から指導者クラスを狙っていれば単に凄腕の暗殺者と認識されて、暗殺が成功するたびに守りは固められ、警備の人間は必死になって指導者を守ろうとしただろう。

 しかし、『死神』の力と恐怖が広く知れ渡った今であれば。遠距離から何の前触れもなく、即座に人を殺すことができる能力が実在するとわかっている今であれば。警備の人間はすぐに察するはずだ。その力が本来は暗殺にこそ向いているものであり、どうやっても自分たちの指導者を守ることなどできないということを。


『いずれにせよ、キミの好きに動くといい。それで最初はどちらに行くんだ?』


「最初は北西のモントルイエに行こうと思ってる」


『そうか。であればモントルイエに着いたら起こしてくれ。それまで俺は寝る』


「え……起こしていいの?」


『ああ。キミなら問題ないとは思うが、念のため見ておきたくてな。煩わしいようであれば起こさなくてもいいが』


「そんなことないよ。フェイスさんのことは頼りにしてるから。それじゃ、着いたら起こすね。おやすみなさい」


『おやすみ、リオナンド』


 俺は恒例……と言うには随分と久々な気がする寝る前の挨拶をしてから、意識を深い闇の中へと沈めていった。

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