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邪神  作者: 霧島樹


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083「疾走」

 リオナンドが森の中を疾走し、無数の弓矢を避ける。

 それとほぼ同時にソウルスティールを発動させ、十数人の敵兵が次々と倒れていく。


『おい、どうした!? やられたのか!?』

『なんだ……何なんだよこれ!?』

『アイツ矢が当たらねえ! どうなってるんだ!?』

『こっちも死んでるぞ!』

『ふざけんな! 聞いてねえぞこんなの!!』

『手を触れずに人が死ぬ……まさか……まさか死神!?』


 エマニュエルを乗せた馬車と護衛団が踵を返したあと。

 百人以上いる敵兵のうち、こちらに向かって数十人が矢を射掛け、数十人が周囲を取り囲み、残りは走り去る馬車を追い始めた。

 しかしリオナンドが馬車を追う敵兵を次々とソウルスティールで片付けると、敵の集団はいとも容易く大混乱に陥った。


 追手が何もしていないのに倒れる。

 矢を射掛けても動きが速すぎて当たらない。

 背後から剣を振り下ろした者は当たり前のようにそれを躱され、次の瞬間、足の骨があらぬ方向へ曲がっている。


 敵からしてみれば何が起こっているのか、理解さえ追いつかないに違いない。

 なにせ接敵してからほんの数分足らずで、たったひとりの人物を相手に百人を超える兵が半分以上やられているのだ。


 指示を出していた敵のリーダー格は早々にソウルスティールの標的となり死亡。

 代わりに指示を出し始めた数人も、その数秒後にソウルスティールで死亡。


 部隊が半壊した上に統制が取れなくなった敵の集団は、その大多数が散り散りになって逃げ始めた。

 それを見たリオナンドはまだ自分に向かって来る何人かの敵をソウルスティールしたあと、逃げる兵士を置いて街道を逆走し始めた。


『何をしているんだリオナンド。敵が逃げるぞ』


「敵の諦めが妙に早い。嫌な予感がする」


『む……なるほど、別働隊か。その場合、確かにエマニュエルが危ない。だがこのまま敵を逃せばキミが……』


「逃げるんだったら別にいい」


 その言葉を聞いて、俺はリオナンドの覚悟を悟った。

 自分の能力を見られた敵を逃せばどうなるか。

 そんな簡単なことを、リオナンドがわからないはずがないのだ。


『……そうか。あくまで護衛を優先するのか。それでいいんだな?』


「うん」


 街道を風のように駆け抜けながら、リオナンドは短く答えた。




 ○




 リオナンドが護衛隊と馬車に追いついた時。

 既にそこは戦場となっていた。


「一番隊は森にいる弓兵を潰せ! 真っ直ぐ突っ込むな罠がある! 二番隊は前を突破して道を作れ! 三番隊は続けて馬車を死守! お嬢を守れ!!」


 ケインが馬車の前で声を張り上げ、指示を出す。

 護衛隊は矢を射掛けられたのか、当初の半分以下に数を減らしていた。


 その状況を見たリオナンドは名乗りを上げず近くの木陰に身を隠し、大きく深呼吸した。そして精神を集中し、森の中から護衛隊を狙う弓兵を次々とソウルスティールしていく。


「隊長! 敵が……敵の弓兵が勝手に倒れていきます!」


「あぁ!?」


 ケインは周囲を見回すと、明らかに減りつつある弓兵を確認して叫んだ。


「……よくわからんが今がチャンスだ! 一番隊! 横から二番隊を援護! 三番隊も合わせて突っ込め! 突破だ!」


 集まった護衛隊が街道を封鎖していた敵兵を蹴散らしていく。


「よーし今だ! 突破……!」


「た、隊長! 馬車が!!」


「今度はなん……何!?」


 ケインが後ろを見て驚愕する。それもそのはずだ。

 なぜかエマニュエルを乗せた馬車が街道を外れ、森のほうへと向かって走っているのだから。


「っ!? なんで……!」


 リオナンドが木の陰から飛び出し、馬車を追いかける。

 護衛隊も後を追いかけようとするが、まだ数多く残っている敵兵が行く手を遮る。


「邪魔だ!」


 リオナンドがソウルスティールを駆使して立ちはだかる敵兵を倒し、躱し、全速力で馬車を追いかけていく。

 みるみるうちに馬車との距離が縮まっていく中でふと、俺はあることに気がついた。


『……リオナンド、御者だ! 御者が敵だ! 殺意を抱いている!』


「っ! そういうことか!」


 リオナンドが意識を集中して御者に向け、ソウルスティールを発動する。

 直後、馬車を引いて暴走していた馬がゆっくりと走り始め、やがて止まった。


「お嬢ー!! って、リオ!?」


 背後からケインが複数の騎兵と共に駆け寄ってくる。


「おまえいつの間に……いや、それよりもお嬢! 無事か!」


「え、ええ!」


 騎乗したまま近づいてきたケインを見て、エマニュエルが馬車の窓を開けて返事をする。ケインはホッとしたようにため息をつくと、周囲を見回しながら言った。


「無事で何よりだ。クソッ、まさか従者が敵の間者だったなんてな……面目ない。あと少しで崖から落とされるところだった」


「こっちは大丈夫よ。でも……」


「ああ、そうだな。まだ戦いは終わっちゃいねぇ。リオ! 悪いが残ってる弓兵を……リオ?」


「…………」


 リオナンドは街道のほうからこちらに向かって来る敵をソウルスティールで倒しつつ、周囲を見回していた。


「……敵が」


「敵?」


「まだ敵が……いる?」


 リオナンドがそう呟いた瞬間。

 彼の背後に立っていた騎兵から殺意が迸った。


 次の瞬間リオナンドが横に飛ぶと、さっきまで彼がいた場所に槍が突き刺さった。間髪入れず、リオナンドが反旗を翻した護衛騎兵の腰を、模造剣でしたたかに強打する。


「ぐっ!?」


 くぐもった声を出しながら騎兵が馬から倒れ落ちた瞬間、背後からケインの呻き声が聞こえた。リオナンドが振り返ると、そこには胸から槍を生やしているケインの姿があった。

 味方を装った敵はひとりじゃなかったのだ。


『馬車のそばにいる騎兵も敵だ!』


「っ!」


 リオナンドの位置は馬車の左後ろ斜めで、もうひとりの敵は馬車の右側面。

 馬車を挟んで距離が離れており、ケインを刺した敵を倒してから向かうのではどうやっても間に合わない。


 だがそれは通常の手段であれば、の話だ。


 リオナンドが意識を集中し、ソウルスティールを発動する。

 それだけでケインを刺した騎兵と、馬車の向こう側にいた騎兵は一秒後、崩れるように倒れ落ちた。


「――ケインさん!!」


 敵を秒殺したリオナンドが即座にケインに駆け寄り、胸に刺さった槍を抜いて治癒聖術を掛ける。

 素早い行動が功を成したのだろう、致命傷だと思われた胸の傷がみるみるうちに塞がっていく。


「お、お嬢さま!?」


 急な展開に動けていなかった味方の騎兵のうち、一騎が慌てて馬車に駆け寄ると、その直後に不穏な声を上げた。最悪の可能性が脳裏をよぎる。


 リオナンドが背後から攻撃してきた騎兵を倒した時。

 ほぼ同時に馬車のそばにいた敵騎兵も行動を起こしていたとしたら。


 その可能性にリオナンドも気がついたのだろう。

 彼は馬車に向かって駆け出した。


「うっ!?」


 だがその直後、リオナンドは足をもつれさせて転んでしまった。

 リオナンド自身はなぜ転んだのか理解できず、混乱しているようだ。

 しかし俺にはその原因がわかった。


『リオナンド! 今キミの魂は渇望が急激に進んでいる! まずは誰かの魂を取り込め!』


「っ!? なん、で……」


『疑問に思うより今は行動だ! 早く……』


 突如、ヒュンヒュンヒュン、と風を切る音がいくつも聞こえてきた。


「ぐあ!?」


「くっそぉ!!」


「た、隊長ぉ!」


 リオナンドや味方の騎兵に向けて、街道側から矢が飛んでくる。

 残存していた敵の弓兵がこちらに向かって矢を放っているようだ。


 普通であれば窮地だが、リオナンドにとっては救いでもある。

 あれらの弓兵をソウルスティールすれば渇望は解消されるからだ。


 それを理解しているリオナンドが意識を敵兵に集中させようとした、その時。

 馬の嘶きと共に馬車が走り始めた。


「っ!?」


 リオナンドは驚愕に目を見開き、一瞬固まり――直後、馬車を追って駆け出していた。


『待てリオナンド! まずは魂を……!』


「間に、合わない!!」


 馬車が走るその先には、何もない開けた空間があった。

 それを見て、ケインがエマニュエルとの会話で漏らしたある言葉が脳裏に浮かんだ。


『止まれリオナンド! その先は――!』


 リオナンドの魂が渇望に軋む。

 ここまで渇望が進むと、ただ立っているだけでも尋常じゃない精神力が必要なはずだ。


 そんな状況下において、彼は怒涛の追い上げで馬車に追いつき、素早くその中に乗り込んだ。

 するとほぼ同時に馬車がフワリと宙に浮き――次の瞬間、崖の下へ向かって落ち始めた。

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[一言] 次回、お嬢死す。デュエルスタンバイ!!
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