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邪神  作者: 霧島樹


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081「頑固」

 リオナンドがエマニュエルに自分の正体を示唆してから一ヶ月後。

 エマニュエルは時々、リオナンドを見て考え込むような素振りを見せたものの、それ以外は特に変わった様子は見受けられなかった。


 エマニュエルは相変わらず、わかりやすい好意をリオナンドに向けている。

 そしてリオナンドはクッキーを振る舞われたあの日以来、ほんの僅かではあるが彼女との会話で笑うことが増えていた。


 そんな彼は今、ナヴァル伯爵家領主、オーウェルの執務室に呼ばれていた。


「娘の護衛任務に、交渉役としての活躍……どちらも目覚ましい成果を上げているようだな。しかも前回の襲撃では五十人近くの山賊をほとんどひとりで返り討ちにしたとか。ケインが大興奮で報告してきたよ。武神の生まれ変わりか何かじゃないか、とね」


「運に恵まれました」


 リオナンドは事も無げに言った。

 この一ヶ月、エマニュエルの護衛任務中に山賊を装った襲撃が三回ほどあったが、そのいずれもリオナンドは問題なく退けている。

 ちなみにこの一ヶ月に何度も名前を聞いたせいか、とうとう俺もゴロツキがケイン、文官がサージェス、農夫がダムという情報を覚えてしまった。


「しかしながら、襲撃のたびに敵の数は増えています。お嬢さまの護衛はボクを含めて十人。これ以上となると、護衛の人数を増やさなければ対処が難しいかと」


「それは、キミが()()を出しても?」


「はい。ボクの()()()()にも限界がありますので。攻めるのはともかく、守るのはボクひとりではどうにもなりません」


「……なるほど」


 オーウェルはしばらく考え込むように黙ったあと、自分の隣に立つ執事に視線を向けた。執事はそれを受けてコクリと頷く。


「…………わかった。来週の出張では、娘の護衛を五十人にしよう」


「ありがとうございます。ですが……よろしいのですか? この時期に四十人の増員はかなりの負担では?」


「娘の出張を中止するわけにはいかないからな、仕方がない。……それに実は、先方がいよいよ痺れを切らしてきてね。今まではそれとなくだったが、もうほとんど直接的に脅しをかけてきた。多分これからの襲撃は本格的になるだろう。キミは北西のモントルイエと、南西のサウドラキアが五十年ほど前まで帝国領だったというのは知ってるかな」


「はい。聞いたことがある程度ですが」


「なら話は早い。結論から言うと今、我が領は板挟みになってるんだ」


 オーウェルいわく。

 北西と南西の辺境伯領は、未だに帝国思想と深く結びついているミクバ教が根付いているらしい。

 そして今まで幾度となく王国に対し反乱の兆しはあったが、ここにきてそれが表層化し始めているとのこと。


「今我が領は水面下で帝国への寝返りを要求されている。その結果、私がヤツらに屈すれば、我が領は対王国との最前線にさせられる。屈せず、交渉も上手くいかなければモントルイエとサウドラキアが反乱を起こした際、力づくで攻め落とされる」


 そうならないよう、オーウェルは今各方面に働きかけているらしい。

 商人を領地に留めようとしているのも、その働きかけの一環だそうだ。


「実のところ、私が各方面に向けてやるべきことは終わりつつある。あとはどれだけ協力者、支援者を獲得できるかで大勢が決まる段階なのだが……それに関しては先月の実績を見る限り、娘とキミに任せたほうが成功率は高いと私は判断した」


 ゆえに襲撃の危険があっても今、この時期にエマニュエルの出張を中止するわけにはいかないという。


「キミたちの護衛を増員する分、私は屋敷に籠もって守りを固める。屋敷の周囲には街があるし、一応は今もヤツらと同じ話し合いのテーブルについている最中だ。こちらに関してはまだ多勢によるあからさまな襲撃はないだろう。……しかし私という頑固な『頭』をすげ替えるため、私に暗殺者が仕向けられる可能性は十分にあり得る。そこでキミにはこれを渡したい」


 オーウェルは一通の手紙を取り出し、机の上を滑らせてリオナンドのほうに移動させた。


「私が死んだらこれを読んでほしい。今後のことが書いてある」


「そういうことでしたら、受け取れません」


 リオナンドは同じように机の上を滑らせて、手紙をオーウェルのほうへと戻した。


「いや、私も並の暗殺者にレイモンが遅れを取るとは思っていないが、念のためだよ。何事も保険は必要だ」


「でしたらボクなどに渡さず、他の者に渡してください」


「幹部にはもう全員渡してある。キミが最後なんだ」


「ボクは幹部ではありませんので」


 リオナンドとオーウェルが手紙を机の上で滑らせ、行ったり来たりさせる。

 どうやってもリオナンドが受け取らないので、最終的にはオーウェルが音を上げた。


「参った。キミは頑固だな」


「お褒めに与り光栄です」


「褒めてない。……仕方がないな、受け取れないというならもう、口頭で伝えておく」


「お断りします」


「私が死んだら、ナヴァル家を頼む」


 オーウェルはリオナンドの目を見つめ、真剣な表情で言った。


「ナヴァル家がどうしようもなくなったら最悪、他の地に逃げ延びて家を再興してほしい。詳細は他の幹部が知っている」


「……正気の沙汰とは思えませんね。ボクのような危険人物に託す言葉ではないと思いますが」


「そうだな……私も最初はキミをただの危険人物だと思っていた。どうせ滅びるならば、『死神』でも何でも、利用できるものは利用しようとね。しかし今は違う。今はキミに希望を見出している」

 

「ボクは一箇所に留まり続けるつもりはありません。やがてこの地を去るでしょう。希望を見出されても無意味ですよ」


「それは……娘に頑張ってもらうしかないな」


「ちょっと意味がよくわかりませんが、お話がこれだけなら退出させていただきます。出張の件でサージェスさんと打ち合わせがありますので」


「ああ、それは今一番大事なことだ。わかった、退出していい。よろしく頼むよ」


「それでは失礼します」


 リオナンドがそう言って部屋を出ようとしたその時、オーウェルが声を上げた。


「リオ君。私がキミに希望を見出しているのは、キミの人格や能力が大きな理由ではあるが、それだけじゃない。キミは……」


 オーウェルは逡巡するように言い淀み、首を小さく振った。


「……いや、これは私が生き延びたら直接言おう」


「ぜひ、そうしてください」


「ああ。さっきは保険として万が一の話をしたが、実のところ私は死ぬつもりなどまったくない。必ず生き延びてナヴァル家を守り抜く。その時にはリオ君、キミの活躍を期待しているぞ」


「承知いたしました。その頃ここにボクがいるかはわかりませんが」


「……キミは本当に頑固だな」


「お褒めに与り光栄です。それでは、失礼します」


 リオナンドがそう言って執務室から退出すると、閉めたドアの向こう側から微かに「褒めてない……」とオーウェルの声が聞こえてきた。

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